止まなく響け。『switch 』

 10月3日。20時、Meteoでのライブが始まった。命は控え室で自分の番が来るまで、ステージでは熱い演奏が響いているにも関わらず、ただ黙って精神統一をはかっていた。

「おいおいどうしたんだMEIのやつ?」

「あ?知らねえの?アイツ今日ソロなんだぜ。緊張してるんだろうよ」

「しかも自作の新曲だとよ。上手くいくかわ知らんけど、心臓バクバクだろうよ」

「へぇ〜、あのMEIがねー」

 控え室で大人しい命を珍しがる他のミュージシャン達は彼女の新曲について話題を膨らませていた。

 ミュージシャンの盛り上がる声がうるさい中、命は1人頭の中でずっと自分に話しかけていた。

「私はこの3週間、大きく変わった。違う曲調の歌も学んだし、自分の歌いたい事を歌詞にした。でも、これは命。笹中命の変化。これを、1人のミュージシャンであるMEIの変化にするためには、今日のライブが大きな鍵なんだ。だから…、絶対に成功させる!」

 命が目を開けると、女性スタッフが控え室の扉を開けた。

「MEIさん、出番です」

「はい!」

 MEIは立ち上がり、ギターを掛けてステージに向かって扉から控え室を後にした。その堂々とした後ろ姿にずっと話していたミュージシャン達は固唾を飲むものだった。

 Meteo内の空気は先ほどまでのバンドの演奏で既に温まっていてしくじればすぐ冷めるため、いい演奏をするという単純で困難な空気感が出来上がっていた。

『ああ、いいね。この空気…。燃えるよ』

 MEIはスタンドマイクにしっかり拾わせるように息を吸った。

「みんな、きてくれてありがとう。みんな多分既にビックリしてるだろうけど、そうなの。私今日はねソロで歌う。ごめんね、本当は何曲も歌いたいんだけど、1曲だけ。その代わり私はこの1曲に魂をこめる。絶対下げないからね!」 「おぉー」と観客は期待を煽る。それに負けじとMEIも煽った。

「じゃあいくよ!私の初ソロ曲『switch 』みんな応援よろしく!」

 MEIは右手に持ったピックを大きく振り下ろす。

チャーンチャチャチャーン

 MEIの弾いた音は水の泡のような儚い音だった。音を鳴らせば同じ音が反響するようにまた鳴り響く。会場の空気は困惑気味だった。

「え、どういうこと?」

「盛り上がるんじゃ…ないの?」

 するとスピーカーからはまた、聞き覚えのあるブレス音が聞こえた。


静かな、夜の道。

私は何を、想っている。

街灯照らす、坂道は、

誰が何を、想っている。


ジャーンジャーン…

 MEIは足元にあるエフェクターのうちのオーバードライブのスイッチをオンにした。

 元々ついていたリバーブと重なって、ギターらしい派手な音が反響しあって、幻想的な音を奏でている。


今日は素晴らしい、1日だったかい?

明日は誇らしい、記念日にできるかい?

誰しもそんなことは、出来やしないの。

だから、せめてさ自分を魅せてよ。

そんな空間があるなら、

変える『Switch』を押せーー!


ジャジャジャジャジャジャジャン

スゥー…


今!この場所は!

わたしの、Oh my stage!

ギラギラに、輝くのは、

照明の反射や酒のグラスなんかじゃないわ!

今!この歌は!

わたしを、輝かせる化粧メイク

この歌さえあれば、どんなアイドルよりも、

この瞬間ときだけスターになれるの!

「みんな!いいね!熱いよ!もっと盛り上がろうよ!!」


ジャーン

ジャジャジャジャラジャジャラジャ…

ジャラジャジャーン

 MEIは恐ろしく速いフレーズを楽しそうに弾いている。観客達も、みているミュージシャン達もいつの間にか曲そのものに溶け込むように魅入っていた。

 するとMEIは左足で大きく地面を踏んだ。


ドン  ドン  ドン  


 この一定のリズムに観客も同調して近くの物を叩いたり、手拍子をしだす。


ドン  ドン  ドン






スゥー…


今!この場所で!

このステージで!

ギラギラと輝くのは!

イカついあんたのグラサンなんかじゃないの!

今!この場所の!

月の!ひかりは…

このわたしだわ!

誰にも、譲らないわ、この位置ポジション

だってそうでしょ?

これがわたしの、

『Switch』だからーー!


ギュイーーーーーン

ジャーン!!


「イエーーーーイ!!!」

「サイコーーーーーーー!!!」

「MEIーーーーーー!」

 MEI自身、歌っている最中に気付いてはいなかった観客の熱狂ぶりには思わず自分でも面を食らったようだった。

「え…あ、ありがとう!!今日、みんなの前で新曲を歌えて、私も最高だったよ!!本当にありがとう!!」

 熱いくらいの熱を帯びたステージを後にして命は控え室に昂ったままもどる。

 すると控えていたミュージシャン達が全員口を揃えて「お疲れ様!」とねぎらいを口にしてくれた。

 当たり前の光景のはずだが、命はにとってすごく熱く、今までのとは比べものにならないような気持ちの高まりになった。

 そして次のバンドが始まると同時に命は気持ちを落ち着かせるための水を飲もうとすると、Meteoのオーナーが話しかけてきた。

「MEI、お疲れさん。言葉に表すには過小評価すぎるかもしんねぇが、凄かったぜ。」

「ありがとうございます」

「1つ提案があるんだが、いいか?」

 急に改まったオーナーに命も「はい」と改まってみせた。

「MEIさえ良ければ、正式にプロのオーディション受けてみないか?」

「オーディション!!?」

「ああ。俺の知り合いの事務所が期待の新星を探しててさ、今日のライブで1番よかったやつを推薦しようと思ってたんだ。ま、今回はアンタしかないんだが…やってみないか?」

「プロ…」

 MEIは微笑んだ。

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響け! 大和滝 @Yamato75

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