6

 僕は夕海が好きだった。

 引っ越してきたばかりで友達もいなかった僕に最初に話しかけてくれたのも夕海だ。


「ねえ、何してるの」


 僕が1人で砂遊びをしていた時に、夕海はそう話しかけてきた。

 顔を上げると、夕海が僕の前にしゃがみこんでいて、少し後ろから晴美がそんな僕と夕海の様子を恐る恐る見守っていた。


「山をつくってる」


 僕がそう答えると、「一緒にやってもいい?」と夕海が訊く。

 頷くと、夕海は晴海を手招きで誘って、僕らは3人で山を作り始めた。


 僕らが3人で遊び始めたのはそれからだ。

 夕海と晴海は双子で、容姿は瓜二つだったが、性格はまるで違っていた。

 夕海は明るく、物怖じしない性格。晴海は逆で、大人しく、夕海の後をいつもついて歩いていた。

 遊びは夕海がいつも提案して、僕と晴海はいつも夕海の発案に乗っかった。


 その日も僕らはいつものように3人でうさぎ公園に集まっていた。

 天気は曇りで辺りは既に暗くなり始めていた。

「今日は天気も良くないし、家でゲームでもしない?」

 夕海がそう言った。


 いつもなら僕と晴海は頷いて夕海と晴海の家で一緒にゲームをしていたはずだった。

 でも、僕はそのとき、近くの小さな丘の方で野いちごが生っているのを知り、夕海にもその野いちごを食べて欲しかった。

 夕海はいちごが好きだったし、その日は台風が近づいていて、台風が過ぎると野いちごは全て落ちてしまうんじゃないかと思った。

 だから、僕は「野いちごを食べに行こうよ」と2人を誘ってしまった。

 夕海はそのとき、少し渋った様子だったが、僕が強く誘ったので夕海はとうとう頷き、僕らは野いちごが生る丘に向かった。


 丘に着いても、僕らはなかなか野いちごを見つけることが出来なかった。僕が野いちごが生っていた場所を曖昧に覚えていたからだ。

 雨がとうとうぽつぽつと降り始め、「もう帰ろうよ」と晴海が言った時、僕はようやく野いちごを見つけた。

 それは急斜面にぽつんと生っていて、「危ないよ」と止める2人を無視して、僕は野いちごを取りに行った。

 手を地面から飛び出た木の根にかけ、足を慎重に下ろしていく。

 左手を木の根にかけたまま、右手をのばし、なんとか野いちごを取ろうとしたがあと数ミリ届かない。

 だから、僕は木の根から手を離した。

 野いちごに手が届いた。


「危ない!」


 足場にしていた石がごろりと崩れた。

 夕海が僕のもとへ手を伸ばす。

 僕はとっさに、差し出された夕海の手を掴み、バランスを崩した。


 僕だけが助かった。

 僕と夕海は2人で斜面を転げ落ち、夕海は斜面の途中にあった岩に頭を強く打った。

 晴海が後から降りてきて、頭から血を流している夕海を見て泣いた。

 ただ喜んで欲しかった。それだけだった。

 僕は僕の好きな人を殺してしまった。そう思った。

 僕の右手で潰れた野いちごの甘酸っぱい香りはいつまでも消えなかった。

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