5
特効薬は申請用紙を提出した2日後に自宅に届いた。
小さなダンボールの中には特効薬摂取方法と書かれた紙と、太い筒状の注射器が入っていた。
注射器はインフルエンザのワクチン接種や献血の際に使う様なものではなく、太い鉛筆のような形をしていて針は出ていなかった。
摂取方法を読むと、注射器の先端を手首に押し当てスイッチを押すだけらしい。
これを打つと、僕はもう水咲朝海のことは好きではなくなる。
注射器を手に持ち、少し息を吐く。
彼女の顔を思い出す。
注射器のスイッチを押すと、ピシュっという小さな針が飛び出す音がした。
手首にはチクッとした感触が残った。
※
学校に行き、いつものように授業を受ける。
休み時間にはタムラとエロセンとともに馬鹿話に花を咲かせる。
何も変わらない。
何も。
授業が終わり、帰り支度をしていると水咲が僕の席に来た。
「ちょっと話せる?」
僕は頷く。
彼女は立ち入り禁止と書かれた屋上に繋がる扉まで行くと、躊躇なくその扉を開ける。
冷たい風が吹き込み、その風は彼女と僕の髪を舞いあげた。
彼女はフェンスの傍まで歩く。太陽は既に沈み始めていて、オレンジ色の光が彼女の顔を照らした。
「なんか細工しただろ」
僕はそう言う。
「あの髪の毛に」
彼女は寂しげに微笑んだ。
「ううん。ケントも見てたでしょ。私が頭から抜いたとこ。正真正銘、私の髪の毛だよ」
「じゃあどうして」
どうして僕の胸に穴が空いたままなのか。
「やっぱり、治らなかったんだ。らいくきる」
彼女は泣いているようにも見えた。
「私はさ」
明るい声で水咲は言う。息を吐き、ぐっと僕の顔を見る。
「ケントのことが好きなんだよ。昔から今まで。ずっと」
「……え?」
意味がわからない。一度僕は彼女にフラれている。
「でも、ケントは私の事、好きじゃないんだよ」
ますます混乱する。意味がわからない。僕は水咲のことが好きだし、僕は水咲にフラれたかららいくきるを発症した時に水咲の名前を申請用紙に書いた。
簡単に言えば失恋のショックを忘れるために。
「俺は……お前が好きだよ」
水咲は首を振り、寂しげに笑った。
「ケントが好きなのは、私じゃなくて、夕海でしょ」
「……え?」
途端に頭の中にあの子の笑顔が浮かぶ。
鮮やかにあの時の光景が浮かび上がる。
あれ、どうしてだろう。
どうして、僕は。
視界が明滅する。
「お姉ちゃん!」
朝海の声だ。
僕は傍でただ立ちつくしている。
雨が降っていて濡れた髪が肌に張り付いていた。
僕の前には頭から血を流して倒れている栗色の髪の女の子がいた。
そうか、あの時夕海は。
朝海は夕海の体に縋りついて泣いていた。
僕の手は真っ赤に染まっていて、甘酸っぱい匂いがした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます