4

 次の日の学校で、僕は水咲に話しかけるタイミングを探っていた。

 しかし、彼女の周りにはいつでも人がいたし、髪の毛や爪を下さい、なんて気持ち悪いお願いをするのも勇気が必要だった。


 朝のうちにさりげなく話しかけようと思っていたのが、すぐに予鈴が鳴ってしまい、じゃあ昼休みに、と思っていたが、彼女は友達と教室を出て昼飯を食べに行ってしまった。


 昔はもっと気楽に話せたはずだ。幼なじみだし、水咲とはよく一緒に遊んだ。


 いつからだろう。話さなくなったのは。


 いつからだろう。彼女への恋心を抱くようになったのは。


 そうこうしているうちに、いつの間にか今日の授業は全て終わっていた。


「ねえ、朝海ー。今日、パルコ行かない? ちょっと欲しい服があってさあ」


 瀧がそう話しかけている。

 瀧の横にはいつものように近藤がいて、2人で水咲を僕から守っているように思えた。


 このままだと話しかけるタイミングはもう無い。

 そう諦めて帰ろうとすると、「ごめんっ」と彼女の声が聞こえた。


「今日、お姉ちゃんの―――」

「あっ、そっか」


 近藤が少し声を落として言う。


「命日だもんね」


 水咲は頷く。


「また今度行こ」


 そう言って瀧と近藤が水咲から離れていく。

 水咲も「うん、じゃあまた明日」と声をかけて、彼女は席に1人残って帰り支度をしている。


 今しかない。


 僕は意を決して、水咲の席に近づく。

 水咲は僕の姿に気がついて少し眉を上げた。


「な、なあ、水咲。ちょっと話あるんだけど」


 少し間を置いて、「なに?」と彼女は訊く。


「あ、あのさあ、髪の毛。1本くれない?」

「へ?」

「あ、だ、だからあ。髪の毛。俺、らいくきる発症したからさ」


 彼女の顔が強ばる。


「え、なにそれ。申請用紙に私の名前を書くってこと?」

「いいだろ。別に。だってお前―――」


 あのときの水咲の表情が頭から離れない。

 ぎょっとしたような悲しそうなあの顔を。


「俺のこと1度フってるし」


 僕は昔、水咲に告白をして、フラれていた。

 薄暗い、誰もいない教室で。

 台風が来る、と確か天気予報士が朝のニュースで言っていた。

 窓からは細く冷たい雨がさめざめと降っていて、その雨が水咲の泣き顔と重なった。

「ごめん」

 あの時の、水咲の言葉。

 僕の、この恋が成就することはもうない。

 

「好きでもない男に好かれ続けているよりかはいいだろ」


 水咲は俯き、彼女の顔は陰になって、表情を読み取ることは出来ない。


「意味ないよ」


 ぽつんと彼女は呟く。


「は?」


 一瞬、頭が真っ白になり、それから徐々に自分の頭に血が上って行くのを感じる。


「なに、お前。俺のことをフった癖に俺には好かれ続けたいとか思ってんの?」


 何を言ってるんだろう。自分は。

 なにか怒りに似た焦りが僕を支配している。なんで彼女にそんなことを言ってしまったのだろう。

 普段はそんなことないのに、急に自分の感情がコントロール出来なくなるのを感じる。

 まあでも、もういいか。彼女に好かれる必要はもうない。


「わかった」


 彼女はまたそう呟いて、自分の髪の毛を1本ぷちっと抜いた。


「言っておくけど、意味ないと思うよ」


 僕はひったくるように彼女の手から髪の毛を奪いとった。

 その日のうちに、僕は水咲朝海と書いた申請用紙と彼女の栗色の髪の毛を提出した。

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