3
※
懐かしい光景だった。
中心に置いてある滑り台には大きな兎の絵が描かれていたため、その公園はうさぎ公園と子どもたちの間で呼ばれていた。
僕はその滑り台の下で息を潜めている。
自転車の音、砂を踏む音、子どもたちの笑い声。
錆びた支柱を眺めていると、僕の頭に影がかかった。
「ケントみーっけ」
顔を上げると栗色の髪の女の子が僕を見下ろしていた。
「俺、1番最初?」
女の子は首を振る。
「ううん、1番は朝海」
そっか、と僕は滑り台の下から這い出て、膝に付いていた砂を手で払った。
2人で公園のベンチに向かうと、朝海が憮然とした表情で座っていた。
「ずるいよ、絶対私の方が隠れ方上手かったじゃん」
「でも、朝海ならここに隠れるだろうなってすぐ分かったし」
サッカーボールが足元に転がってきた。
転がってきた方向を見ると、高学年くらいの男の子が手をこちらに向けて上げている。
僕はそのサッカーボールを彼の元へ蹴り出すと、「ありがとー」と言って彼は再びサッカーゲームに戻っていく。
それは当時の僕の日常で、3人でかくれんぼをした時もあったし、鬼ごっこの時もあった。高学年の男の子たちに混ざってサッカーをやったことだってあった。
ただ、記憶を進めていくと、途中でいつも行き詰まる。
うさぎ公園に行かなくなったのはなんでだっけ。
とても大事な記憶のはずなのに、僕はいつも思い出すことが出来ない。
※
自宅の風呂に入りながら、何を消すかを考えた。
例えばテニス。中学から続けていて、決して上手くは無い。どうせテニスで大成することはないだろうから、テニスと書こうか。
それか、ハンバーグ。好きなものがハンバーグなんて子どもみたいと思われるかもしれないが、オニオンソースをかけたあのハンバーグの味はフランス料理のフルコースですら適わないんじゃないかと思わせる。いや、さすがにそれは言い過ぎか。
それじゃあ青色はどうだろう。好きな色は? と訊かれたときに、僕はいつも青色と答える。ただ、僕は本当に青色が好きなんだろうか。例えば服だったら黒か白しか着ないし、その他の持ち物だって青色で統一されていると言うより、デザインや機能性重視で、色なんて二の次だ。青色の特効薬を作ってもらっても、もしかしたら効果は無いのかもしれない。
どうせなら好きなものじゃなく、嫌いなものを消せたらいいのに。
苦手なものならいっぱいある。
蛇もそうだし、虫、パクチー、甘酸っぱい匂い。
それがひとつでも消せたらどれだけいいか。
僕は胸に空いた穴をそっとなぞった。
思えば、好きなものをひとつ失うと穴が埋まるなんてあべこべなんじゃないか。
好きなものをひとつ無くすことで胸の穴は無くなっても、心の核のような所ではぽっかりと穴が空いたままになるんじゃないだろうか。
栗色の髪。大きな瞳。
また、水咲が脳内に出てくる。
こうやって今色々と悩んでいても、結局のところ、僕の心の奥深くでは既に決めていたのかもしれなかった。それはらいくきるが発症するずっと前から。
もしも、僕がらいくきるを発症したら何を捨てるか。
何度も頭の中でシミュレーションして、いつも同じ結論に辿り着く。
僕は彼女に彼女の一部を貰いに行かなければいけない。
それは少し、いや結構、憂鬱だった。
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