私は「夏目漱石の長編小説を発表順に読む」という遊びをしていたことがある。
けれどもこの試みは『三四郎』で中絶してしまった。
それまでの『坑夫』『虞美人草』といったイカニモ賛否両論ありそうな作品や、今で言う「連作短編」みたいな『吾輩は猫である』の構成、大胆にも絵や俳諧・漢詩の話ばかりが挿入される『草枕』などを「文句言いながら読む」のが楽しかった私としては『三四郎』はなにやら完成されすぎていてかえってつまらなかったのだ。
そうして私は数年間漱石の作品を放置していたのだが、何気なく『それから』を読んで衝撃を受けた。
『それから』には『三四郎』に見られるツルリとした「完成」が見られない。
神経症的な描写、姦通を描いた暗いストーリー、『三四郎』で見られた伏線の多用を一切やめた構成と、明らかに〈路線変更〉がなされている。
一言で言えば「ポップさに欠ける」のだ!
私は「完成」されてしまった後で再び詰屈した「不安」「破綻」の世界へ戻った漱石を密かに喜んだ。
『それから』は『門』と並んで『こころ』で知られる「後期作品」群への序曲となる作品である。
『坊ちゃん』より『こころ』が好きな諸君! 読んで損は無いぞ!