第5章

引っかかっていること

 ふと思い出して一枚の写真を棚から取り出した。それを広間まで持ってきて眺めているとアルがそばまでやってきた。

「何を見てるの?」

「ああ、カニエルとの一枚よ」

 写真に写っているのは私とカニエルである。今から約二年前に撮った物だ。

「どうしたの急に」

「いや、もうすぐカニエルと婚約した日から五年経つのよ。それを急に思い出して」

「ふーん……」


 アルがなんとなく妬いた表情をする。私はこんな顔を浮かべる彼を初めて見た。

「ごめん」

 私が謝ると彼はすぐにいつも通りの顔に戻った。

「いや、いいんだ。気にしないで」

 しばしの沈黙。なんて言えばいいだろうか、悩んでしまった。


 やがて、アルが私の方を見つめてきた。

「カニエルのこと、まだ気にしているの?」

「いや、そういうことじゃないわ。ただ、懐かしいなと思って」

「そうか」

「なんだか、ごめんね」

 私はそう言ってからアルに有無を言わさずに大急ぎで自分の部屋へと戻った。写真を元あった場所に戻す。アルに対する申し訳なさが込み上げてくる。


 カニエルのことを気にしてないのは本当だ。もう彼と過ごした数年間での出来事を忘れ始めている自分がいる。ただ、あの日、突然に婚約破棄されたことが心の中で引っかかり続けているだけだ。

 カニエルとの写真を広間で見ていたのが悪かった。アルだって、一人の男なのだ。部屋で一人、後悔していると、扉をノックされた。


「ロンです。アル王子が来て欲しいと言っています」

「……わかったわ。今行くから待ってて」

「応接室で待っています」

 さっきのことで何か言いたいことでもあるのだろうか。今どういう顔をして彼と向き合えばいいのかに悩む。ひとまず、部屋を出て応接室まで向かう。


 応接室に入ると室内の張り詰めた空気が一気に伝わってきた。見回すとアルとロン以外に見知った顔があった。

「あなたは……」

「……ご無沙汰しております、エリーナ妃。カニエルの妻のミシェルです」

 そこにいたのは、カニエルの元秘書で、今は彼の妻であるミシェルだった。その場の空気がさらに張り詰める。

「ど、どうされたのですか?」

 思わず声が途切れ途切れになってしまう。まさかカニエルの妻がここに来るなんて。アルもさっき以上に複雑そうな顔をしている。


 ミシェルもまた苦しそうな表情を浮かべている。

「実は、アルバート王子とエリーナ妃にご相談したいことがあり、参りました」

「その、相談したい、事とは?」

 アルが珍しく歯切れの悪い聞き方をする。


 ミシェルは頭を下げながら、こう言った。

「その、実は、私の夫が、カニエルが不倫をしているようなのです」

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