姿を消した新郎

 新郎に逃げられた。新婦姿のマチルダから聞いたあまりにも突然の話で私は言葉を失った。一体どういうこと? マチルダは先ほどから私に抱きついて泣き続けている。周りには沢山の人。おそらく結婚式の参列者の皆様なのだろう。私はまずは、この状況が一体どういうことなのかを把握する必要がある。

「マチルダ、落ち着いて。一体どういうことなの? 何があったの?」

「う、うぐ、ううううう……」


 彼女は答えられる状況ではなさそうだった。代わりに後ろの方から手が上がった。手を上げたのは三十代は過ぎたように見える男性だった。

「マチルダ様の代わりに私が答えましょう」

「あなたは?」

「マチルダ様に使えている執事のアンドレーです」

「わかりました。アンドレーさん、一体何があったのですか?」

「マチルダ様と新郎のロナルド様は本日の朝、この教会に入ってそれぞれ式の準備をする手筈になっていました。予定では朝の九時までにロナルド様がここに来るはずだったのですが……」

「予定の九時を過ぎても彼が来なかった……」

「その通りでございます」


 アンドレーさんまでもが目に涙を浮かべ始める。それでも、説明は続く。

「それから、ロナルド様を一時間ほどさらに待ってみたのですが、現れませんでした。仕方なく私と他の従者三人でロナルド様の屋敷に向かいました。マチルダ様と一緒に何度も行った場所だったので、すぐに屋敷には着きました。ですが、門と屋敷の玄関が開いていたので中を覗いたところ、誰も屋敷にいなかったのです」

「誰もいなかった?」

「そうです。さらに、前に来た時に庭や屋敷内に置いてあった物が全て無くなっていました。まるでそこには誰も住んでいないような雰囲気でした」


「それで、そのことをマチルダに伝えたと」

「はい。ここに戻って屋敷の状況をお伝えしたら、マチルダ様は急に走り出して、それからあなた方の馬車を見つけられて、今に至ります」

「そうだったのですね……」

「私もどうしてこんなことになったのか、わからなくて、正直、とても心苦しいです……」


 アンドレーさんは大粒の涙を流した。その場にいた誰もが同じように涙する。マチルダも泣き続けたままだ。

 新郎が当日になって姿を消した。しかも彼が住んでいたという屋敷からは彼が住んでいた痕跡が消えていたという。なぜ、そんなことになったのだろうか。すると、ロンが手を上げた。

「あの、エリーナ様、耳を貸してもらえませんか?」

「良いけど、どうして?」

 ロンはためらいがちに私の耳元に向かって小さな声で声でこう言った。

「もしかすると、マチルダ様は結婚詐欺に遭われたのかもしれません……」

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