走り来る新婦
いよいよマチルダの結婚式当日を迎えた。あれからモヤモヤはいくらかは晴れたが、まだ残っている部分もある。アルは結局、あの時ロンに何を話したかったのか私には教えてくれなかった。その一方で、なぜかロンを式に連れて行ってほしいと頼まれた。ということで今、私はロンと共に馬車で彼女の式場まで向かっている。到着まで時間はまだまだかかりそうだ。式の開始に間に合うといいのだが。
着くまでに時間はあるので、一緒の馬車に乗っているロンに例の件でアルのことを根掘り葉掘り聞いてみることにした。
「ねえ、ロン。あの夜の後でアルはあなたに何を話したの?」
「え、それは……」
「それは?」
「言えないです」
「どうして言えないのよ」
「理由はアル王子なりの優しさだと思います。言ったらあなたが不安になるから」
「えっ?」
優しさ? 聞いたら私が不安になる? どういうこと? ますますよくわからなくなった。
「エリさんが言わないことで逆に困っているのならごめんなさい。正直僕も心苦しいです。なので、これだけは言っておきます。アル王子は最近領内で立て続けに起きてる事件のことをお話しになりました」
「それってどんな?」
「それ以上は……」
最近立て続けに起きてる事件? それが私が聞いたら不安になってしまうようなものなのだろうか?
こう言ったきりロンはそれ以上何も言わなかった。
しばらくは何も会話せずに外だけをぼんやりと見ていたら馬車が止まった。程なくして、御者をしてくれているラルフが馬車の扉を開けた。彼はなぜか表情が曇っている。
「エリーナ様、到着したのにはしたのですが……」
「どうしたの?」
「それが……」
ラルフが何かを言いかけたところで、遠くの方から凄まじい勢いで走ってくる新婦姿の一人の女性が見えた。少し遠いので顔がよく見ない。それを追いかけるように何人もの人が後をついて走ってくる。
「エリーナ!」
走り来る新婦の声は聞き覚えのあるものだ。まさか、
「マチルダ!」
「エリーナ!」
私はこちらの方へと全力で走ってくる彼女を見て呆気に取られた。そうしているうちに彼女は私に飛びついてきた。その場にいた全員が呆然とする。
「ど、どうしたの、マチルダ……」
「そ、その、に、逃げら、れた……」
「逃げられた? 誰に?」
私の問いかけに彼女はあまりにも小さい声で答えた。
「ロナルド」
「え?」
「ロナルドに逃げられたの!!」
ロナルド。それは手紙に書いてあった彼女の婚約者の名前であった。
「そ、そんな……」
それを自らの口で言ったのが引き金になったのか、彼女の目が潤み始める。
「う、うわああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
それから即座に彼女は私に抱きついたままで泣き叫び始めた。
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