第6話 漫画家になりたい女の子

 これから、私のことを話します。


 また、落ちた。

応募した漫画雑誌の新人賞、受賞作が載っている号を抱えて喫茶店のドアを開けた。少し気分を変えたくて、いつもと違う店を選んだ。ドアには黒くなった重そうな鈴、ドアをあけると鈍い鈴の音が鳴って消えた。店内は新聞の字がやっと読めるくらいの照明と、何十年も前から変化できずにいる人間の思い出と後悔と自己満足、そしてエゴの匂いで成り立っていた。閉店しているのかと思うほど人の気配がしない店の奥から、意外にも三十代前半くらいのピンクのジャケットに白い渕の眼鏡という派手な格好の店長らしき人物が現れた。

 ふと、店の奥にある張り紙に目が留まった。A4用紙にパソコンで自作したらしいポスターに四十代前半くらいの上品な女の人の写真とタロットカードのイラストがあって、『特別イベント★星詠子先生のタロット人生相談』というタイトルがついていた。日付は今日で、あと三十分後に始まる。占いや霊能の類にはトラウマがあって封印していたのだけど、どうしても惹かれてしまい。マスターに聞いてみた。

 「あの、これって」

ポスターを指さして聞くと、マスターがにこやかに答えてくれた。

「ああ、興味ある? もう定員に達してるけど、一人くらいならなんとかなると思うからお願いしてみるけど、やる?」

多分、私の様子から落ち込んでるのを察した店長がそう言ってくれた。

「お願いします」

占いが悩みを解決してくれるとは思わないけど、何かの糸口にはなるかもしれないと、期待してしまう自分がいた。


 「何を占いたい?」

「漫画家になれますか」

「望みというのはね、必ず叶うものなの。それが叶っていないのはやり方が間違っているか、その時期が来ていないか、本当の望みじゃないから」

カードを並べながら彼女が言った。

「占い、怖い?」

私の表情から、過去のトラウマや占いへの恐れや期待を見抜いたらしい彼女が聞いた。

「はい」

「占いに来る人は、皆悩みや苦しみを抱えてる。そういう人を騙すのはすごく簡単。」

 昨日テレビで流れていた、新興宗教の元信者のインタビューを思い出した。宗教に頼る人や占いたいっていう人は、だいたい悩みや苦しみを抱えてる。お金を出せば救われると言えば、商品を売るより簡単にお金を出してしまう。そういう人には百均で買えそうな器でも、百万円で救われると言われれば安いと思ってしまう人も多いのだろう。

 中には本当病気が治ったり、大きな臨時収入が入る人もいて、その人にとっては本当に百万円以上の価値があるわけで、それが、また、人の悩みや苦しみを食い物にする人には都合のいい材料になるという状況もある。騙されているか救われているかの境界線って、人それぞれだからどこにあるのかわからない。

 信者に勧誘をさせるのは、入会させるためではなく、信者を社会から孤立させるためだと誰かが解説していたけれど、中の人はそれで幸せだと信じているのだとしたら、完全に否定するのも難しい。

 この世のものは皆表裏一体なのかもしれないけれど、何が悪で何が善なのか。占いだって絶対に当たるわけじゃない。当たったら占い師のおかげとなり、当たらなければあんなもの信じてって笑われるのは自分。

 

 この時の占いの結果は、抽象的な言葉が多くて、当たっているといえば当たっているような、という内容だった。

「占いの本当の役割は当てることじゃない」

「・・・・」

「癒すこと」

「ここに来る人は、それを求めてる」

そう、以前に店に来るカウンセラーに言った言葉は、この時の受け売り。

 私は、彼女の言葉を聞いて、占いが答えを出してくれるわけじゃなく、占いの中から自分で答えを探すということなんだと自分なりの答えを出した。

 占いの後、彼女が小さなチラシをくれた。

「今度ここで教室を開くから、よかったら来て」

人を癒す、漫画と似てる、と思った。私の漫画はまだ私を癒せていない、自分を癒せないのに人を癒せるわけがない、まず自分を癒してあげよう。


 最初は占いそのものよりも、その絵柄に惹かれていた。オラクルカードの天使の絵に癒されたり、タロットカードの悪魔の絵に恐怖を感じたりしながら、漫画との共通点を見付けてただ楽しかった。この絵を描く人になる。占いをしているうちに、そんな未来を思い描くようになった。そして、教室と店の両方に日参していたら、いつの間にか店で働いていたというわけ。


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