第5話 悪霊退治

 悟君の誕生日祝いを兼ねて、みんなで悟くんの陣中見舞いに行こうということになり、手づくりのケーキやごちそうを作って、霊能者の皆さんと私で鬼頭の家に向かったんだけど、そしたら、なんと鬼頭が玄関でうずくまっていて、悟君がお水を飲ませたり、背中をさすったりしてる。悟くんの額の汗で、その時間が長く続いていることがわかった。

 私が目の前の様子に呆然と立ち尽くしている間に、霊能者の皆さんがお塩を撒いたり、祝詞みたいなのを唱えたり、鈴を鳴らしたりし始め、そこへコスモが水と薬を持ってやってきた。サリーさんがその水を波動水に差し替え、ユキティ先生が鬼頭の口に突っ込んだ。鬼頭は水と薬を飲み終わると、ものすごく激しい呼吸を繰り返し、床に膝を立て、壁にもたれかかって座り、しばらくそのまま時が過ぎた。

 気功師のサリーさんが鬼頭の体に手をかざしてゆっくり動かすと、少しずつ顔色が戻ってきた。これで大丈夫だとほっとしていたのは私だけで、霊能者の皆さんはまだ緊張した面持ち。そういえばなんか部屋の中が異様に冷たい。この家、前面床暖房だよね。切れてるのかな、なんてのんきに考えていたら、ユキティ先生が再び大きな鈴を鳴らし始めた。


 有名な政治家に依頼されて除霊を行った。その霊は今まで鬼頭が除霊した霊の力をはるかに超える邪気を帯びていて、限界を超える能力を使い、体力も気力も相当奪われ、鬼頭に取り憑いてしまったのだと、レイコさんが霊視した。

 その霊は鬼頭からは離れたけど、まだここにいる。この家に張られた強力な結界さえも突破してしまう強力な霊だと、ユキティ先生が補足した。そして、その霊が、今、悟くんに取り憑こうとしているという。


 私の目には見えないけど、何かあんまり気持ち良くない空気がただよっている感じがしてて、その空気みたいなのが悟君に近づいていると、直感で感じた瞬間、私の体が無意識に動き、その空気に向かって波動水をかけていた。

 一瞬、空気の存在を感じなくなったものの、それはすぐに復活し、再び悟くんに近づいた。どうしよう、もう波動水ない、と思っていると、鬼頭が悟君に飛びつき、再び倒れこんだ。駄目だ。今度は完全に気を失っている。

「一体なんなの?これ?」

「長年にわたって、繰り広げられてきた政治界での足の引っ張り合いや騙し合い、その恨みや、妬み、嫉み、後悔、そして無念さ、そういうのが大きくなって作り上げられた邪鬼」

再びレイコさんの霊視。

 「ちょっと、私無理」

といって最初にレイコさんが気を失う。そして、力を使い切ったユキティ先生が次にダウン。サリーさんは必死に鬼頭と悟くんに気を送ってるけど、鬼頭は失神したまま。どうしよう、私に何かできることないの?

「祈って!」

と里美先生。

「祈りの効果は強大なのよ」

里美先生が胸元から小さな仏像を出して、抱きしめながらお祈りを始めた。霊能力なんてない、気も操れない私でもできることは、祈る事。里美先生と私で、渾身の力を込めて祈る。

 すると、悟君が何か祝詞のようなものを唱え始め、九字切りのポーズをとった。後で聞いたけど、鬼頭のやるのを見ていたり、こっそり書斎に忍び込んで本を読んだりして、自然に覚えていたらしい。“門前の小僧習わぬ経を読む”っていうけど、いいなあ。私もそんな能力ほしいよ。

 悟君が祝詞みたいのを唱え始めると、鬼頭の体から大きな黒い影が出て、政治家の邪鬼に向かっていって、三つの影がすごい攻防戦を繰り広げているのが、なんとなく私にもわかった。でも、抵抗むなしく、鬼頭から出た影は政治家の影に飲みこまれてしまったところで里美先生がダウンした。

 里美先生がダウンした後、

「守護霊様が里美先生の仏像を使えって言ってるよ」

といいながら店長が悟君に仏像を投げて、倒れた。そういえば霊媒師の先祖や巫女さんの守護霊が憑いてるって言ってたっけ。サリーさんも店長とほぼ同時に気を使い果たして倒れた。

 でも、どうしよう、みんな倒れちゃった。霊に一番鈍感な私が最後まで残り、必死に祈ったけど、いつのまにかダウンして、朝になっていた。


 みんなが倒れた後、悟君が祝詞を唱えたり、ユキティ先生の鈴を鳴らしたり、里美先生の仏像やサリーさんが身に着けているクリスタルを投げたり、守護霊様の指示を聞いたり、コスモの画面に映し出された呪文を唱えたり、時々は二人(?)で霊に体当たりしたりして戦い、完全にやっつけることはできなかったけど、なんとか明け方に霊をこの家から追い出したらしい。というのを、まだ小学生の悟くんが説明するのは難しいようで、レイコさんの霊視で知った。

 翌朝、私は一番に目覚めた。玄関で伸びていたはずの私たちは、なぜかリビングに綺麗に並べられていた。霊能者さんたちを跨ぎながらトイレに行こうと探していたら、広い家で迷ってしまい、書斎らしきところに迷いこんでしまった。

 その部屋は、壁面いっぱいに本がぎっしり並べられていて、心理学や歴史、霊能やスピリチュアル関連の本に加え、小説や漫画なども混ざっていた。

 ちょっと眩暈がして、本だなにもたれかかると、本だなが動いて、奥からもう一つ本棚が出てきた。そこに置いてあるお菓子の箱みたいなのが目に留まり、気になって手を伸ばそうとしたところで鬼頭が入ってきて、すごいスピードで箱をもぎとうろとして私の手とぶつかり、箱の中身が部屋中に撒き散らされた。


 中には優しい笑顔の女性と男の子。鬼頭だとすぐにわかる面影があった。今の彼からは想像できないくったくのない笑顔。お父さんが病気で死んだ後、、お母さんが宗教にハマってしまい、財産をもぎ取られた後自殺し、その後彼は養護施設で育ったという映像が脳裏に浮かんだ。過去視というやつだろうか。初めての感覚だった。

 「ごめんね」

お母さんの最後の言葉を聞きながら、彼はその後ろにいる邪鬼の姿を見ていた。邪鬼は母の死後、彼と一緒にいることを選んだ。母の死後、その姿が見えることはなかったが、その存在は彼と一体となった。

 邪鬼は彼は周りの人を遠ざけもしたが、彼を守る存在でもあったようだ。邪鬼は彼を見張るように彼の後ろに影のように存在していたが、彼に危害を加えることはなかった。普通の人間にはその存在は見えないが、普通じゃない違和感として間接的に感じるらしい。大抵の人間は違和感と恐怖を無意識に感じ取って、必要以上に彼に近づいてこなかった。ただ、稀にそれを強く感じる者が現れる。

 一度、彼がひそかに大事に持ち歩いていた母親の写真を、ふざけて取り上げて破ろうとした子がいた。その時、凄い早さで写真を取り上げ、その子に飛び掛かっていく鬼頭の姿が私の脳裏に映し出された。大人しいと思っていた彼の意外な行動にびっくりして、青ざめている子の顔がフラッシュバックした。写真を取り上げた子に飛び掛かる前に、後ろにいた邪鬼が幼い鬼頭の体に入り込んでいった感覚を私の体が味わっていた。この後、彼を直接攻撃するものはいなくなったが、周囲はますます彼への違和感を増し、必要以上に彼に近づこうとすることもなかった。


 それでも、年頃になり、それなりに恋人も出来、人並みに青春らしきものを送れるようになり、この頃は邪鬼の存在自体忘れていたようだった。だがそんな時、恋人が自殺してしまう。悩みなどなさそうな子だっただけに、人に言えない悩みがあったのか、彼にだけ遺書のような手紙を残し逝ってしまった。手紙の中身はわからなかった。心に傷を抱えた彼の心を、邪鬼が闇に包む様子が見えた。この事件の後、彼はいろいろな霊に遭遇し、憑依されることもあったらしい。


 苦しみの中、導かれるように彼の名前の付いた神社に行き修行し始めると、その霊能力をコントロールできるようになった。それから、国内外のいろいろな場所へ行き、いろいろな霊能力者やシャーマン、超能力者などに会い、霊能力者として力を付けていったようだ。そして、自分についていた邪鬼さえもコントロールできるようになり、強力な除霊の時は利用してもいたらしい。悟君を引き取ったのは、彼に自分と同じものを感じ、彼を守るためだったのだと合点がいき、部屋の温度が少し上がった気がした。

 アニメで闇落ちっていうのがよくあるけど、心の綺麗な人ほど、人として生きていくうちに闇に飲まれてしまいやすい。もともとみんな綺麗な魂で生まれてきているはずなのに。


 彼に憑いていた邪鬼は彼の守り神だったのか、悪霊だったのか、いや、本当は悪霊なんて存在しなくて、悪霊とは、そんな人間の嫉妬、恨み、後悔や恐怖みたいなマイナスな思考が生みだした幻想なのかもしれない。でも、そういう感情を感じるのが悪いわけじゃなくて、そういうのを感じながら、思考錯誤して生きるのが人生の醍醐味なんだよ、って自分の中の自分が言った。

 汚れた魂を少しでも綺麗にしてあげるのが霊能者なのだとしたら、彼は地球に光を撒くために遣わされた天使だったのかもしれない。


 悟君がお母さんの所に帰ってしばらくして、鬼頭は家を引き払い姿を消した。方々に聞いてみたが、誰も行方を知らなかった。


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