一〇
祝勝会で学校はお休みだ。
おれが組と組の間にはいって行くと、
こう考えて、いやいや、ついてくると、なんだか
中学と師範とはどこの県下でも犬と猿のように仲がわるいそうだ。なぜだかわからないが、まるで気風が合わない。何かあると喧嘩をする。おおかた狭い田舎で退屈だから、暇つぶしにやる仕事なんだろう。おれは喧嘩は好きなほうだから、衝突と聞いて、おもしろ半分にかけだして行った。すると前の方にいる連中は、しきりになんだ地方税のくせに、引き込めと、どなってる。うしろからは押せ押せと大きな声を出す。おれはじゃまになる生徒の間をくぐり抜けて、曲がり角へもう少しで出ようとした時に、前へ! と言う高く鋭い号令が聞こえたと思ったら師範学校のほうは粛々として進行を始めた。先を争った衝突は、折合いがついたには相違ないが、つまり中学校が一歩を譲ったのである。資格からいうと師範学校のほうが上だそうだ。
祝勝の式はすこぶる簡単なものであった。旅団長が祝詞を読む、知事が祝詞を読む。参列者が万歳を唱える。それでおしまいだ。余興は午後にあるという話だから、ひとまず下宿へ帰って、こないだじゅうから、気にかかっていた、清への返事をかきかけた。今度はもっと詳しく書いてくれとの注文だから、なるべく念入りにしたためなくっちゃならない。しかしいざとなって、半切れを取り上げると、書くことはたくさんあるが、何から書き出していいか、わからない。あれにしようか、あれはめんどうくさい。これにしようか、これはつまらない。何かすらすらと出て、骨が折れなくって、そうして清がおもしろがるようなものはないかしらん、と考えてみると、そんな注文どおりの事件は一つもなさそうだ。これは墨をすって、筆をしめして、巻紙をにらめて、──巻紙をにらめて、筆をしめして、墨をすって──同じ
おれは筆と巻紙をほうり出して、ごろりところがって
庭は
おれが蜜柑のことを考えているところへ、偶然山嵐が話にやって来た。きょうは祝勝会だから、君といっしょに
山嵐はむやみに牛肉を
「あいつは、二た
「うん、あの野郎の考えじゃ芸者買いは精神的娯楽で、天麩羅や団子は物質的娯楽なんだろう。精神的娯楽なら、もっと大べらにやるがいい。なんだあのざまは。馴染の芸者がはいってくると、入れ代わりに席をはずして、逃げるなんて、どこまでも人をごまかす気だから気に食わない。そうして人が攻撃すると、僕は知らないとか、ロシア文学だとか、俳句が新体詩の兄弟分だとか言って、人を
「湯島のかげまた何んだ」
「なんでも男らしくないもんだろう。──君そこのところはまだ煮えていないぜ。そんなのを食うと
「そうか、たいてい大丈夫だろう。それで赤シャツは人に隠れて、
「角屋って、あの宿屋か」
「宿屋兼料理屋さ。だからあいつをいちばんへこますためには、あいつが芸者をつれて、あすこへはいり込むところを見とどけておいて面詰するんだね」
「見とどけるって、夜番でもするのかい」
「うん、角屋の前に
「見ているときに来るかい」
「来るだろう。どうせ一と晩じゃいけない。二週間ばかりやるつもりでなくっちゃ」
「ずいぶん疲れるぜ。僕あ、おやじの死ぬとき一週間ばかり徹夜して看病したことがあるが、あとでぼんやりして、大いに弱ったことがある」
「少しぐらいからだが疲れたってかまわんさ。あんな
「愉快だ。そう事がきまれば、おれも加勢してやる。それで今夜から夜番をやるのかい」
「まだ枡屋にかけあってないから、今夜はだめだ」
「それじゃ、いつから始めるつもりだい」
「近々のうちやるさ。いずれ君に報知をするから、そうしたら、加勢してくれたまえ」
「よろしい、いつでも加勢する。僕は
おれと山嵐がしきりに赤シャツ退治の計略を相談していると、宿の婆さんが出てきて、学校の生徒さんが一人、堀田先生にお目にかかりたいてておいでたぞなもし。今お宅へ参じたのじゃが、お留守じゃけれ、おおかたここじゃろうてて捜し当てておいでたのじゃがなもしと、
会場へはいると、
舞台とは反対の方面で、しきりに花火を揚げる。花火の中から風船が出た。帝国万歳とかいてある。天主の松の上をふわふわ飛んで営所のなかへ落ちた。次にぽんと音がして、黒い団子が、しゅっと秋の空を射抜くように上がると、それがおれの頭の上で、ぽかりと割れて、青い煙が
式の時はさほどでもなかったが、今度はたいへんな人出だ。田舎にもこんなに人間が住んでるかと驚いたくらいうじゃうじゃしている。利口な顔はあまり見当たらないが、数からいうとたしかにばかにできない。そのうち評判の高知のなんとか踊りが始まった。踊りというから
いかめしい
歌はすこぶる
おれと山嵐が感心のあまりこの踊りを余念なく見物していると、半町ばかり向こうの方で急にわっと言う鬨の声がして、今までは穏やかに諸所を縦覧していた連中が、にわかに波を打って、
山嵐は世話のやける小僧だまた始めたのか、いいかげんにすればいいのにと逃げる人をよけながらいっさんにかけだした。見ているわけにもゆかないからとりしずめるつもりだろう。おれはむろんのこと逃げる気はない。山嵐の
ひゅうと風を切って飛んで来た石が、いきなりおれの
山嵐はどうしたかと見ると、紋付の
巡査は十五、六名来たのだが、生徒は反対の方面から退却したので、つらまったのは、おれと山嵐だけである。おれらは姓名をつげて、一部始終を話したら、ともかくも警察まで来いと言うから、警察へ行って、署長の前で事の
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