四
学校には宿直があって、職員がかわるがわるこれをつとめる。ただし狸と赤シャツは例外である。なんでこの両人が当然の義務を免かれるのかと聞いてみたら、奏任待遇だからという。おもしろくもない。月給はたくさんとる、時間は少ない、それで宿直をのがれるなんて不公平があるものか。かってな規則をこしらえて、それがあたりまえだというような顔をしている。よくまああんなにずうずうしくできるものだ。これについてはだいぶ不平であるが、山嵐の説によると、いくら
教師も生徒も帰ってしまったあとで、一人ぽかんとしているのはずいぶん間が抜けたものだ。宿直部屋は教場の裏手にある寄宿舎の西はずれの一室だ。ちよっとはいって見たが、西日をまともに受けて、苦しくっていたたまれない。
それからかなりゆるりと、出たりはいったりして、ようやく日暮方になったから、汽車へ乗って
それから日はすぐくれる。くれてから二時間ばかりは小使を宿直部屋へ呼んで話をしたが、それも飽きたから、寝られないまでも床へはいろうと思って、寝巻に着換えて、
おれはさっそく寄宿生を三人ばかり総代に呼び出した。すると六人出てきた。六人だろうが十人だろうがかまうものか。寝巻のまま腕まくりをして談判を始めた。
「なんでバッタなんか、おれの床の中へ入れた」
「バッタた何ぞな」とまっ先の一人がいった。やに落ち付いていやがる。この学校じゃ校長ばかりじゃない、生徒まで曲がりくねった言葉を使うんだろう。
「バッタを知らないのか、知らなけりゃ見せてやろう」と言ったが、あいにくはき出してしまって一匹もいない。また小使を呼んで、「さっきのバッタを持ってこい」と言ったら、「もう
「イナゴでもバッタでも、なんでおれの床の中に入れたんだ。おれがいつ、バッタを入れてくれと頼んだ」
「だれも入れやせんがな」
「入れないものが、どうして床の中にいるんだ」
「イナゴは
「ばかあ言え。バッタが一人でおはいりになるなんて──バッタにおはいりになられてたまるもんか。──さあなぜこんないたずらをしたか、言え」
「言えてて、入れんものを説明しようがないがな」
けちなやつらだ、自分で自分のしたことが言えないくらいなら、てんでしないがいい。証拠さえあがらなければ、しらをきるつもりでずぶとく構えていやがる。おれだって中学にいた時分は少しはいたずらもしたもんだ。しかしだれがしたと聞かれた時に、
おれはこんな腐った了見のやつらと談判するのは
それからまた床へはいって横になったら、さっきの騒動で蚊帳の中はぶんぶんうなっている。
清のことを考えながら、のつそつしていると、突然おれの頭の上で、数で言ったら三、四十人もあろうか、二階が落っこちるほどどん、どん、どんと拍子を取って床板を踏みならす音がした。すると足音に比例した大きな
おれが宿直部屋へ連れて来たやつを詰問し始めると、豚は、ぶってもたたいても豚だから、ただ知らんがなで、どこまでも通す了見とみえて、けっして白状しない。そのうち一人来る、二人来る、だんだん二階から宿直部屋へ集まってくる。見るとみんな眠そうに
おれは五十人余りを相手に約一時間ばかり押問答をしていると、ひょっくり狸がやって来た。あとから聞いたら、小使が学校に騒動がありますって、わざわざ知らせに行ったのだそうだ。これしきのことに、校長を呼ぶなんて意気地がなさすぎる。それだから中学校の小使なんぞをしてるんだ。
校長はひととおりおれの説明を聞いた、生徒の言い草もちょっと聞いた。おって処分するまでは、今までどおり学校へ出ろ。早く顔を洗って、朝飯を食わないと時間に間に合わないから、早くしろと言って寄宿生をみんな放免した。手ぬるいことだ。おれなら即席に寄宿生をことごとく退校してしまう。こんな
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