第15話 田舎の神童

 アイアン級からという待遇に納得がいかなかったものの、受付と揉めるのも面倒くさかったのでそのまま了承し、登録料として銀貨一枚を支払った。


「確かにお受け取りしました、これで冒険者登録は終了です。こちらがテオ様の冒険者手帳になります、是非なくしたり汚したりしないよう大切に取り扱って下さい」


 差し出された手帳には、申込用紙に記入した情報や現在の階級クラス(念の為、確認したがやはりアイアン級となっている)等が書かれていた。


「それでは早速、依頼をお受けしますか? 丁度、初心者向けの依頼がいくつかございますが」


 せっかくのお勧めだが、先にハンザおじさんの家を訪ねて弟子入りを申し込まねばならないことを伝えると、彼女は冒険者名簿を開いておじさんの住所を探してくれた。


「ハンザ様というと、主に素材採集の依頼をされているカッパー級の冒険者ですね。今は北地区にある不死鳥団地フェネクスアパートの103号室に住んでおられるようです」


 カッパー級? ハンザおじさんなら白金プラチナゴールド級くらいにはなっていると思うのだが。


「しかし、他にテオ様と同じ村の出身でハンザという名の冒険者はおりませんが」


 そう言われれば返す言葉がない。


 仕方なく、北地区にある不死鳥団地フェネクスアパートとやらを訪ねることにした。


 帰り間際、他の冒険者志望が隣の席で登録しているところを見かけた。


「それでは、あなたが契約している魔物を提示して下さい」


「ああ、はい。こいつなんですが……」


 少し照れくさそうに、青年は筒を取り出すと。


「出でよ、竜人騎士ドラゴナイト


 と唱えた。


 筒の先から吹き出した煙が集まり一つの像を結ぶと、身の丈ニメートルは超えるトカゲの化け物みたいな奴が金属鎧に包まれた姿で現れた。


「わあ、素敵! 竜人騎士ドラゴナイトなんて、なかなかお目にかかりませんよ」


「そ、そうですか。ありがとうございます……」


 青年は嬉しそうに頬を赤らめていた。


 あれー、おかしいなあ。あちらのお姉さんは、俺の受付とは随分と態度が違うみたいだけど。


「では、階級はカッパー級からになりますが、よろしいですか?」


 あれ? 俺より一つ上の階級クラスからのスタートなの?


 しばらく茫然自失となった後、マノンに声を掛けられて気を取り直し、冒険者組合ギルドを後にした。


 ♦♦♦


 王都の中心地を離れ北へ進むと、昼間から酔っ払っている男や浮浪者の姿が見え始めた。


 薄汚れた壁の建物が目立ち、悪臭もする。


 とても成功した冒険者が住んでいる地区には見えないのだが。


 不安になっていると、女性の悲鳴が聞こえてきた。


「引ったくりよ! 誰か捕まえて!」


 声だけ聞けば、若い女性の様だ。


 よし、任せておけ! 困っている女の子を助けるのはナンパの常套手段だ。


 前世の俺も、この方法で彼女を作ったんだからな! 小一の頃の話で、夏休みの間だけだったけどね!


 俺は目の前にせまってくる、いかにも悪人そうな面をした男が脇にかばんを抱えて走っているのを確認し、彼を指差しながら後ろに向かって叫んだ。


「マノン!」


「わかっています!」


"テンペスト”


 マノンの魔法が起こした竜巻は、悪人面を宙へと巻き上げた。


「ちっ、アスラ!」


 男が懐から筒を取り出し上空へ向けると、吹き出した煙から三面六臂の怪人が現れ自らの主を抱え上げながら俺たちの正面に降り立った。


 三つの顔は、こちらを睨みながら一斉に口を開く。


"ウィンド”


"ファイア”


"ウォーターボール”


「……へ?」


 その直後、風や炎、水の塊がそれぞれ俺の目の前に飛び込んできた。


「危ない、テオくん!」


「うわっ!」


 マノンの叫び声が聞こえるのと、背中に二つの柔らかい塊がぶつかるのとほぼ同時だった。

 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。


 ただ、気が付けばマノンに押し倒される形で地面に伏せ、背中にたわわな双丘を感じながら頭の上を炎や水の塊が通り過ぎていくのを視界の端に捉えていた。


「ま、魔法を三発、同時に唱えたのか?」


 ようやく脳が事態を認識し、そんな結論を導きだした頃。


 悪人面の姿は、すでに遠くにあった。


 このまま逃げられてしまう。


 と、思ったその時。


 一陣の熱い風が俺の横を通り過ぎた。


 燃えるように赤い髪の女だった。


 彼女が立っているのは、幌の付いていない燃えさかる馬車の後ろ側。


 その前にある御者席には二人の美しい天使が座っていた。


「二人とも、主の方は殺すなよ」


 赤い髪の女性が命じると、


「了解しました」


「あはっ、わかってるって」


 天使たちはそれぞれ返事をした後、歌うように魔法を唱えた。


"ヘルファイア”


 その呪文と共に巨大な炎の柱が立ち上がり、三面六臂の怪人の身を包んだ。


「熱っ!」


 そう叫びながら、悪人面は乾いた音をたてつつ地面に落ちた。


「バ、バカな。アスラが一瞬でやられただと……」


 呆然としている男の正面に、馬車から降りた彼女は回り込んだ。


「やれやれ、大変だったんだよ。使い魔に抱き抱えられている君まで殺さない様に手加減をさせるのは」


 彼女は肩をすくめながら、男の顔を覗き込む。


「君はシルバー級の冒険者だった、賞金首のエルンストだね。賭博と女に貢いで作った借金で首が回らなり、あげく違法な行為に手を染めて冒険者ギルドから追い出されたとは聞いていたが、こんな貧民街の路上で引ったくりとは余程、追い詰められていたんだね。でも、それももうお終いだよ。おとなしく、お縄につくんだね」


「おーい、いたぞ!」


「早く、捕まえろ!」


 騒ぎを聞きつけたらしい衛兵たちが、二人の元へ駆け寄る。


「ヤバっ、見つかった!」


 すると何故か、手柄を立てたはずの彼女の方が顔を青ざめさせた。


「おーい、そこの勇敢な少年よ! 彼らに事情を説明して、この男を引き渡してくれたまえ。では、さらばだ」


 そう言って彼女は再び炎を上げる馬車に乗り、その場を去って行った。


「くっ、出でよペガサス」


 衛兵が筒から魔物を召喚したが、


「無駄だよ、あの方に本気で逃げられたら我々では追いつくはずがない」


 他の衛兵から諭され、渋々と魔物を筒へと戻していた。


 何やら様子がおかしい。


 てっきり、引ったくりを捕まえにきたのだと思っていたが。


「あのー、すいません」


 衛兵たちに声を掛ける。


「このひとを、つかまえにきたんじゃないんですか?」


「ん? 何の話だ?」


 彼らは、不思議そうにこちらを見ていたが、


「おや、こいつは賞金首のエルンストじゃないか! こんなところで、何してんだ?」


 引ったくりにあった女性が男を指差して答えた。


「衛兵さん、こいつが私のかばんを引ったくっていったんです。そこをこの子が取り返そうとしてくれました」


「おや、そうでしたか。盗られたかばんというのはこちらですか?」


「はい、そうです」


「わかりました。では、こちらはお返しします。面倒でしょうから詳しい取り調べは行いません。この男は我々が責任を持って司法の手へ引き渡しますので。ああ、それと……あなたたちがここで見聞きしたことは決して口外しないように、いいですね?」


 有無を言わさぬ口調で念を押された。


 理由はわからないが、頷くしかなかった。


 ♦♦♦


「ごめんなさい、テオくん……」


 再びハンザおじさんの家を訪ねに行く途中、何故かマノンに謝られた。


「何を謝ってるの?」


「何をって、私がもっと強ければテオくんを危険な目にあわせなくて済んだし、あの人を捕まえて、その分の賞金も貰えたはずです」


 シュンと項垂れる彼女に、


「考えすぎだって、別にマノンのせいじゃないよ。それどころか、とっさにかばってくれたおかげで怪我をしないで済んだじゃないか(後、おっぱいが気持ちよかったし)」


 そう言って励ますと、納得はいってなさそうだったものの渋々と頷いてくれた。


 ただ、かくいう自分も内心は落ち込んでいた。


 おかしい、俺は村中の期待を一身に背負って王都へ来たはずだ。


 それがギルドの受付では素っ気ない対応をされ、ナンパには失敗しと上手くいかないことばかりだ。


 いや、ここに来たばかりなのに焦る必要はない。


 俺の伝説が始まるのは、これからだ。


 一流の冒険者であるハンザおじさんの元で修行を積めば、きっと今日の失敗なんか笑い飛ばせるくらい活躍できるようになるはずだ。


 そう気を取り直し、歩みを進めたのだが何やら騒がしい。


 目的地が近付くにつれて、聞こえてくる怒鳴り声が大きくなる。


「そこにおるのはわかっとるんや! ボケェっっ!」


「借りたもんを返さんなら泥棒と一緒やろうが!」


 何故かガラの悪い男たちが建物の前で叫んでいた。


 言葉の内容からすると、どうやら借金取りが返済の催促に来ているらしい。


「居留守を使うても無駄じゃ! はよ出てこんかい!」


「早くせんと、火ぃ付けるぞ! クソが!」


 恐っ! 何でハンザおじさんは、こんな治安の悪いところに住んでるんだよ。


 気を取り直して、おじさんの部屋を探そう。


 ええと、確かこのアパートの103号室だったよな。


 今、ヤクザたちが叩いているドアの右隣が104号室で、そして左隣が102号室か。


 ……うん、あの部屋だ。

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