前世で夢見た、BLゲーの推しカプの部屋の壁になった
真白雨季
壁になりたい
大きな屋敷の一角。
メイドも信用した数名しか通らせてもらえない、厳重に管理された部屋の中。
その部屋の主と執事が向かい合っていた。
「…ッ、ヨア…ン!駄目だろ…こんな昼間から…ッ!」
「別にいいじゃないですか、ユリウス坊ちゃまが
「も…しも誰かに見られたら…ッ」
「見せつけてやればいいのです、坊ちゃまの可愛いお顔を」
心底愛らしそうに笑みを浮かべる執事は、その言葉を皮切りにこの部屋の主に手を伸ばした。
「…ッ♡」
甘やかな声が上がり、笑みが深まる。
「大丈夫ですよ…、俺以外には聞こえない」
『はい、大丈夫ですよ!私が全部吸収するので他には聞こえませんッ!!!!!』
…たったひとつ、壁を除いては。
◇
『私だけ見ていてはくれないのですか…ユリウス坊ちゃま…』
「だはーーーー!!仕事終わりのビールに、この台詞は最高だわーーーっ!!」
真っ暗な部屋に唯一灯る奴ゲーム機の光。
たいした家具もなく、寝るためだけの機械的な部屋の主は、年に数回の休みにゲームを満喫している四捨五入してアラサーな私、
私が今プレイしているのは、一部界隈ではものすごい人気を誇っている、「Midnight Love ~異世界貴族に溺愛されて~」というBLゲー。そういう趣味があったわけではないのだが、ヲタ友に勧められて始めてみたところ、ご覧のように沼にハマってしまった。
「ぷはーっ!うまぁーーー!やっぱイケメンで酒は捗るなぁ!」
そう言って零す笑みからは明らかに酒が回っていることが安易に分かる。
床に転がる空き缶の数は、すでに五個目に達していた。
でもそんなの関係ない、年に数回の貴重な休みなんだ!ゲームで徹夜せずに何をする!?
「いやーにしてもヨアユリ、ビジュ良すぎん!?個人的にはユリヨアも嫌いじゃないんだけど…毎回気づいたらヨアユリルートに入ってるんだよなぁ…まっ、イケメンだからオールオッケー!キャハ!」
数ある攻略キャラ、カプのなかで、私の最推しカプは、第一王子である、ユリウス・ヴァロア様とその執事であるヨアン・レール様の、通称「ヨアユリ」だ。私は左右が入れ替わっても愛せるタイプの雑食だが、なんだかんだでこのカプが一番好きだ。特に執事のヨアン様の余裕なくなる感じが良き。
『ヨ、アン…俺だってお前のこと…っす…』
『す?』
『…っす、すき…だ』
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア好きイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!なにそれなにそれ反則すぎでしょはーーーー無理無理好きだわヨアン場所変われ、って嘘ですそのまま幸せに暮らせーーーぇ!!」
そうこう言いながらも、ゲームは続いていく。
二人の立ち絵が近づいて頬が赤らんだところで、ゲーム画面には◇日目終了という文字が浮かび上がった。ちなみに背景は意味深な夜空。
「はァーーーー!?!?いや分かってたけどね!?仕方ないことだけどね!?しっかり描写しろよーー!!!こっちはそれが本題なんだよーー!!あーーくっそぉ!!」
吠えるようにして台パンを繰り返す。
そこで、私は妙に冴えた頭で思いついた。
「…これ、壁になれば隠さず全部見えるんじゃね!?」
そして自分で、天才!と叫びまくる。偉大なる酒の力。
「壁になれば…合法的に‥モザイクなしで…!!カットなしで…ぇっ!!?うひょっ!」
やべーーー!なんかちょーーーーテンション上がってきたーーー!!!!!
勢いのまま窓を開け、ベランダに飛び出す。
次の瞬間、私は思いっきり叫んだ。
「私ーーー!転生したらーーーー!!!!推しカプの部屋のーー壁になりたーーーーーい!!!!!!!!!!!」
ありったけの力を込めて全力で叫ぶと、手足の力がすぅっと抜けていくのを感じた。
そのまま床に崩れ落ちる。
「…は‥れ?ぁ‥たし、………っ!…っ…」
声が、出ない…?
力も、入らない?
動…けない?
視点は固定されたまま、空と自分の腕しか見えない。
そう言えば私、ほぼ寝てないっけ
ブラック企業に就職して、そのまま寝る時ははデスクにうつぶせになって
休みの日はこうやって徹夜して
あは…あははははははははははははは!
私このまま死ぬんだ!
あーあはははっ!
笑みが込み上げてくる
なんてしょうもない人生っ!
声にならない笑みを浮かべて、空を見つめる
街の明かりで星が見えない
真っ黒なそら
世界の終わりってこうなんだなぁ
視界がぼやける
あー終わるんだ、私
さよなら、この部屋
なかなか帰ってこられなくてごめんね
さよなら、わたし
身体大事にしなくてごめんね
さよなら、世界
汚いとこばっか見つけて、綺麗なところをちゃんと見えなかったな
ごめんね
そして、最後に
さよなら、ヨアユリ
いてくれて、ありがとう
大好きだよ
―――‥せめて‥さ、
こんなしょーもない人生を真面目に送ってきたんだから、神様
私の願いのひとつやふたつ、
叶えてくれてもバチは当たらないよね‥—?
『―‥よかろう』
遠ざかる意識の中で誰かの声が聞こえた、ような、気がした
◆
暗闇でぐるぐると何かが渦巻いている、ような感じ
なにもない無の空間に微かに音が聞こえた
「―――報告は…――ン?」
「―――――…ですよ、―――ゃま」
誰かの声…?
わたし、死んだんじゃなかったっけ
耳に馴染んで、すうっと入ってくる。
どこかで聞いたこと‥が――
「…そうか、――ヨアン」
「ヨアン!?!?!?!?!?!?!?」
えっいまヨアンって言った??
しかも聞いてみればユリウス様の声に似てるし
「…―――ッ!?」
突然まばゆい光が私を襲う
数秒経って目を開けると、そこには見慣れた壁紙があった。
ううん、壁紙だけじゃない。アンティークの家具、窓の位置や小物。
全部が見慣れた風景。
「わたし…夢でも見てるのかな」
そこに、誰かが入ってきた。
美しい金の髪に、青い目の人物
その横に立つ、すらりと伸びた背に黒髪、緑目の人物
「う…そ、でしょ」
見間違えるはずがない、私の大大大大好きなふたり
「ヨアユリ…!」
歓喜に飛び跳ねようとして、ふと、体が動かないことに気づいた。
そういえば私今どういう状況なんだろ
確認しようと鏡から見えるように視点を調整すると、
「…!」
私がいるはずのところには、何もなく。
ただシックな壁紙だけが映っていた。
「これ…もしかして…!!」
私の愛しの二人は、私に気づくことなく距離を縮めていく。
「私、壁になってる……!?!?!」
二人の影が重なると同時に、聞こえない叫びがこだました。
前世で夢見た、BLゲーの推しカプの部屋の壁になった 真白雨季 @ma_sro_u
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