絶望文明~取り残された一人~

 それは混沌とした……地獄のような……なんといえばいいのだろか。犬の顔は皮膚がはがれ骨と臓器が丸見えになり、人間の臓物が空に漂い、太陽は出ていないのに空は赤く燃えるような色をしている。町は閑散とし、私以外は誰もいない。しいて言えばにんげん”だったもの”は空にあるが。道は赤黒い血にまみれ、アスファルトの表面はほとんど顔を見せていない。しかし足音が聞こえる。とっさに民家だった瓦礫に身を隠す。

「この様子じゃ誰も生きてないだろ」

「いや生きてるかもしれないからこそ俺たち”ノアの箱舟”が派遣されたんだ。いくぞ」

 ガスマスクに防護服姿のそいつらは手に武器を持ち、明らかに文明を保っている。ここまで都市の文明が破壊されつくしたのになぜそいつらは文明を保っているのか。その疑問は1発の銃声と自分の頭を貫いた銃弾によって切断された。

「やっぱりな」

 先ほどのガスマスクの男は彼女の真後ろまで回り込んでいた。ノアの箱舟と名乗っていた二人組を彼女が発見し、身を隠した時には既に存在に気が付いていたのだ。

「こちらアルファ1、感染者を一人始末した。処理班を回してくれ」

『こちら本部了解。処理には31班が向かう。周波数は22.34だ。オーバー』

 射殺した彼女の服をおもむろに剥ぐ。その女の背中には広範囲に緑色の苔のようなかさぶたができていた。

「新人、よく見ろ。これが感染者だ服の上からでもガスマスクみたいなこの息苦しい装置をつければ見えるが直に確認したほうがいい勉強になる。マスクをとれ」

 アルファ1と自らを無線で呼称していた男はガスマスクを外す。

「アルファ1……先輩、確か空気感染するんじゃ……」

「それは上層部が感染を広げないために流してるデマだ。実際は傷口や経口摂取しないと感染しない。さっさとマスクを外せ、アルファ4」

 アルファ4と呼ばれた青年もマスクを外す。マスクの視界で赤く表示されていたところが深緑色の苔のような色で彼は思わずしりもちをついた。と、同時に鼻を押さえる。

「な、何ですかこの臭いは……」

「4は見るのも嗅ぐのも初めてか、これが感染者の証の臭いだ。マスク越しだと遠くの感染者の臭いもかすかにだが感じ取れる。俺たちの選別基準は鼻の良さだ。お前は98%で通過だったそうだし、86%の俺よりはるかにキツイ臭いを嗅いでいるんだろうな……っ、もう一度ガスマスクを受けろ4。まだ近くにいるぞ! 2と3に報告を」

「は、はい。こちらアルファ4、2と3に伝令、1がもう一人嗅ぎ付けた。捜索を再開せよ」

『了解。2『3』』

 2と3は感染者を探すべく身を潜めていた建物から静かに動き出す。短距離無線でマスクの中でしゃべっているため外に声は漏れていない。

「まだやっぱりいるんだな、感染者」

「あぁ配属された頃に比べれば減ったもんだけどな。配属されてすぐの仕事が修道院に立てこもった400人の感染者の始末だ。感染者とはいえ人は人、さすがに人間の焼ける臭いは二度とごめんだ」

「俺が配属されるちょっと前のことだよなそれ……報告版に張ってあって肝が冷えたよ……っとあれじゃないのか?」

 上半身の服が剥がれ落ち、腹部の皮膚はなく、代わりにびっしりと感染痕が付いている。ユラユラと歩く姿はゲームや映画に出てくるゾンビそのものだ。2は手持ちのスナイパーライフルを構え、照準を合わせる。息を止めて……引き金を引いた。

勢いよく飛び出た弾はわずか0.8秒で500mを飛び、感染者の頭を貫いた。そして二度と起き上がることもなかった。

「こちら2、感染者の始末に成功、31班はポイントデルタの3の4の12番にも処理に回るように。オーバー」

 位置の変わることのない太陽は空を赤く染めている。海に反射しているのではなく、血で染まった大地の色が反射して真っ赤な空が出来ているといわれる程地上波悲惨なことになっていた。東大陸にある細菌兵器研究所の不慮の事故で始まってしまったこの感染病は、わずか12時間という速さで世界へ広まった。圧倒的感染力で水は汚染され、安全な水源はごく一部となってしまった。

 その1部の45%を保有しているのがノアの箱舟の所属機関”大鷲の巣”である。細菌兵器を良しとせず、世界に危険性を伝え広めることに尽力してきた機関の一つである。細菌が入った瓶を研究者が割ってしまったことを潜入していたスパイが命と引き換えに1時間以内に通達。6時間後にはノアの箱舟含む感染対策チームは、感染撲滅のための集団”大鷲”が動き出した。大鷲の下にノアの箱舟などの様々な名称の付いた4人グループのチームがあり、アルファ1~4のように呼び名が付いている。また、射殺やその他感染者の処理の際には特殊な細菌を拡散しない処理方法を持っている処理班が後から安全を確認しながら来る。これは1チームに対し、状況に応じて1~3班配属されている。いまノアの箱舟についているのは31班だけだ。


 今回の任務はこの街にいる感染者の処理、および撲滅だ。一人も逃してはならない。それにアルファ1だけが知っているもう一つの任務がある。それは、この街のどこかにある細菌兵器研究所の発見だ。

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