文明シリーズ

小雨(こあめ、小飴)

荒廃文明~滅びた文明~

 どこをどう歩いただろうか、気が付けば先ほど目印にダクトに巻き付けた赤いリボンの位置に戻ってきてしまった。誇りまみれの建物にスコールが降り始め駆け込んだはいいものの、予想の倍以上に広く作られていたため迷ってしまった。

「しまったなぁ、こんなんなら外にいりゃぁよかったよ」

 独り言をつぶやきつつ、今度は通路の突き当りを曲がらずに、正面にある階段を昇る。カンカンカンと、鉄の音とともに埃が舞い上がる。

「うぇえ」

 マスクをしていてもこの埃は嫌いだ。ガスマスクなので入ってくる心配はないが、一度吸ってしまったら徐々に体を蝕み、最終的には死に至らせる。この埃の灰色の見た目と殺傷力の高さから誰が呼んだか”死の灰”と恐れられている。数日前にたまたま通りかかったキャラバンにそう教えてもらった。その時も、『私も同行できないか』と、聞いたのだが返事は、

『お生憎さまだね、うちはさっき拾っちまって定員オーバーさ』

と、門前払いされてしまった。ただで死の灰の情報を得られたのでこの廃工場で埃を吸って死ぬなんてことがなかっただけ感謝するが、こうも床に積もっているとマスクのフィルターがすぐダメになる。ストックはためているので大した問題ではないが、それでも嫌なものは嫌なのだ。

 二つ階を上がったところで死の灰が落ちていないフロアに出た。床に埃は一切なく、まるで誰かが掃除しているかのよう、下の階との格差に警戒心を抱かざるを得ない。カバンからソードオフショットガンを取り出しておそるおそるきれいな廊下を歩いた。一つの扉がやがて視界に入り足を止める。

〈加工室、関係者以外立ち入り禁止〉

 という張り紙がはがれかかっていた。誰かいるのかもしれない、そう思いドアノブに手をかけた瞬間、

ウィイインという機械音がし、とっさに銃口を向ける。だがそこには掃除ロボットが1機立っているだけだった。カメラ周りが埃によって破損し、火花を上げながらも床に落ちた自分の燃えカスなどを健気に回収している。何年もメンテナンスされず、ただただ最後に命令された『掃除』という行為を繰り返しているロボットに少し人間として罪悪感がわく。罪悪感をどうにか振り切って加工室の中に入ると、けたたましい音を上げながらブロック栄養食の製造ラインが動いていた。久しぶりのまともな食糧だと思い、マスクを外して駆け寄る。ベルトコンベアを人がランニングするときくらいのペースでブロック食がコンベアの上を流れている。

「こんなん見て我慢なんかできるか!!」

 そういって勢いよくコンベアのブロック食を鷲掴みにし、口に運ぶ、しかしふと思った。

『原材料は人が滅びたのにどこから来ているんだ?』

 次に味覚に悲劇が起こる。したが感電したかのようにヒリヒリとし、口の感覚がなくなる。次に嗅覚に鋭く突き刺さるような悪臭がきて、口に入れたものをボタボタと床に落とした。フラフラとよろめきながらベルトコンベアの進行方向とは逆の方向に向かう。ベルトコンベアの前には加工機があり、加工用のものはさらに上階から落ちてきているようだった。

「くっそ…… と、とりあえず薬を……」

 背負っていたカバンから埃を吸ってしまった場合の延命措置に使う薬を数錠飲む。飲むにも口の感覚がまだはっきりとしなかったので、かみ砕いて浄水で流し込む。加工機の裏手に上へと続く階段があったため、今度はマスクのフィルターを新品にして扉を開けた。瞬間、腰くらいまでの埃の山が加工室へと流れ込む。勢いで加工機の目の前まで押し戻されたがその埃をかき分けて階段を昇った。上っている最中にもフィルター越しに嫌な臭いと何かの羽音が聞こえる。上りきったところで鍵のかかった扉をショットガンで吹き飛ばし、侵入した。


 そこに広がる光景は無残なものだった。耐性がなければまた、吐いていたかもしれない。そこには恐らく原材料の取り合いで争ったであろう人間たちの”残骸”と、それをせっせと埃と一緒に運ぶ運搬ロボットの姿がはっきりと分かった。ロボットたちに意識がもしあったらどうだったろうか、少なくとも自分であれば発狂するかもしれない。運搬をするロボット1機に1発ずつコアに銃弾を叩きこむ。ショットガンの拡散しない”スラグ”と呼ばれる特殊な弾だ、正直何の意味もないように見えるがロボットからは銅線や鉄、データコアなどの高価に取引されるものが取れる。少しせき込みながらも、ここにいた作業ロボットと運搬ロボット合わせて10数余りの商品を手に入れた。それと争っていた人間”だったもの”の残骸から短機関銃を手に入れた。撃つ前にやられてしまったのか高威力弾のマガジンが7本も手に入った。それ以外に今持ち合わせていない種類の銃弾も商品として確保した。

「搬入口があるということは…………ここか」

 しゃべる途中で咳がひどくなり一度止まるが再度歩き出す。錠剤を今度は2錠かじりながらついに外に出た。


 元材料の搬入口から工場を脱出した私は針路を北に取った。雨が降りやんだ直後だというのに、埃が雪のように降り始めたではないか。死の灰を肩に積もらせながら歩いていると反対方向へ向かうキャラバンに遭遇する。激しくせき込みながらキャラバンの戦闘のやつに話を付け、いくつかの商品と引き換えに薬を二瓶貰った。医師もつれているということで見てもらったが、

「とても治るもんじゃないね、私には無理だ」

 と、さじを投げられてしまった。思わず腹が立ち、キャラバンを後にするそれを見た年老いた医師はため息をついてリクライニングの椅子にもたれる。浄水を取ってきた若い団員が不思議そうに彼に聞いた。

「さっきの女の人、死の灰を吸い込んだんじゃないですか? だったらあなたの持つ薬で完治したのにどうして」

 その先の言葉が詰まった若者に、老いぼれた医者は真剣な顔で言う。

「あの人はな、埃を吸ったかもしれないが人体に影響は出ていないんじゃよ、つまり錠剤の過剰摂取さね。残念じゃがあの薬は副作用が強くてな、無症状の人間が飲むと取りつかれたように依存してしまうのじゃよ」

 そういって起こって出て行った彼女が歩いていく方向を悲しげに見つめていた。


 そんなことを知らない彼女は手に入れた錠剤の瓶半量をボリボリと音を立てながらかみ砕いて歩いていた。岩のむき出した不安定な道を瓶から錠剤を時々口に入れかじりながら登る。心なしかのどの渇きが早く、二回目のキャラバンとの遭遇までに手持ちの精製水はすべて飲み切ってしまった。であったキャラバンに事情を説明すると、何を要求されるわけでもなく、水と錠剤をくれた。何かお礼をしようとしたが彼らが去るまで思考がぼんやりとし、何も渡すことができなかった。

「あの女の子、どうなると思う?」

 先頭を歩く男が真後ろの女に問いかける。彼女は残念そうに答え、

「悲しいけどあと数日持つかって所ね、同情して水としのぎで薬は上げたけど彼女、もう何日もまともなものを食べてない顔してたし、餓死コースね」

「つめてなぁ姉御は」

 さらに後ろを歩く男たちからヤジが飛んでくるが、それ以上可哀そうな女の子の話は口に出さなかった。


 やけに汗が出る。いや正確には出ていないのだが出ているような気がする。目の前も、時折暗くなったり明るくなったり、まるで昼夜を高速で移動しているかのようだ。薬の瓶を逆さまにして、何重錠も地面にこぼしながら貪る。喉も飲めば飲むほど乾くため、1時間に2リットルのペースで消費し、3時間歩いたころには水も錠剤もなくなっていた。ぐるぐる回る視界の横で何か黒い影がスッと動いた気がした。銃をとりつつそちらの方向を見るも、誰もいない。と、今度は反対側の視界に何か映る。

「誰だぁああ!!!」

 振り向くと同時に短機関銃の引き金を引く。軽快な銃声とともに弾倉内の35発が滝のように何もない空間へと飛んでいった。叫びながらリロードをし、視界に映る影に向かってあたり一面を弾が尽きるまで掃射した。息を切らしながら短機関銃を投げ捨てる。

「この役立たず!」

 と、今度はどこからかくすくすと笑う声が聞こえる。あたりをショットガンをもって見まわすも、やはり誰もいない。しかし確実に、少しずつ笑う声は近づいてくる。

「もうやめて、もうやめて!!」

 そう絶叫しながら銃を放棄し、その場から逃げ出す。数日後にここを通ったキャラバンが見たのは8つの空弾倉と短機関銃、12ゲージの詰まったショットガンとそれを中心に地面に円形に広がった銃撃痕だった。

「何かあったに違いない。犬をここに!」

 このキャラバンは何かピンチな人がいたら迷わず助けるのをモットーにしており、こういう時は人より鼻の利く犬を利用する。犬が数分銃弾痕や銃本体をかぎ、廃墟の立ち並ぶ方へと向かった。


 その頃めまいと腹痛と頭痛でまともに歩けなくなっていた女の子は町に到着する。町といっても崩れたビルなどの残骸があるだけだが。仰向けになり空を見上げ、ガクガク震える手を点に伸ばす。緑色のきれいな空に鮮やかな水色の恒星の光がさしている。薬と水は底をつき、交換できるもの、重くて持てない者はすべて放棄した結果彼女の持ち物は衣服と手榴弾1個になってしまった。相変わらず笑い声は聞こえ、頭の中で反響しているが抵抗する気さえ起きない。と、近くから火薬のにおいがする。聴覚と視覚が失われつつある代わりに若干ではあるが、聴覚が敏感になっていた。

 どうにかこうにかはいつくばっていくと”火薬”と書かれた木箱の山を発見する。

「これを使えばあのうるさい奴らも……」

 ユラっと立ち上がった彼女は手榴弾の安全ピンを引き抜き力の限り投げた。はずだった。彼女の背後で手榴弾は爆発し、火薬入った木箱を突き破り中身に引火する。


 匂いをたどっていた犬がクゥとうなりながら身を伏せたためキャラバンから編成された16人の捜索隊も、

「伏せろー!」

 の号令で伏せる。衝撃波がバンと自分たちを貫き、そのあとに爆音と爆風が飛んできた。これによって二人がけがをする。

「なんだってんだこれは⁉」

 口々に文句を言いつつけが人を手当てし捜索を継続していると、犬が座った。座ったということは追跡が終わったということだ。が、そこは先ほどの爆心地で、火災も起きている。

「これは……」

 爆発したものが自分たちがこの町の残骸にひそかに隠していた火薬の箱なのか、それとも別の要因なのか、捜索していた追跡者もおらず、状況の呑み込めない捜索隊リーダーの足元には割れた対埃延命薬の瓶がもの悲しげに転がっていた。

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