二
九月に北へ立った五千の
翌、
さて、武帝は諸重臣を召して李陵の処置について計った。李陵の身体は都にはないが、その罪の決定によって、彼の妻子
ただ一人、苦々しい顔をしてこれらを見守っている男がいた。今口を極めて李陵を
並いる群臣は驚いた。こんなことのいえる男が世にいようとは考えなかったからである。彼らはこめかみを
向こう見ずなその男──
司馬氏は
父が死んでから二年ののち、はたして、
腹案はとうにでき上がっていた。その腹案による史書の形式は従来の史書のどれにも似ていなかった。彼は道義的批判の規準を示すものとしては
漢が天下を定めてからすでに五代・百年、
項王
これでいいのか? と司馬遷は疑う。こんな熱に浮かされたような書きっぷりでいいものだろうか? 彼は「作ル」ことを極度に警戒した。自分の仕事は「述ベル」ことに尽きる。事実、彼は述べただけであった。しかしなんと生気
調子のよいときの
数年の間、司馬遷は充実した・幸福といっていい日々を送った。(当時の人間の考える幸福とは、現代人のそれと、ひどく内容の違うものだったが、それを求めることに変わりはない。)妥協性はなかったが、どこまでも陽性で、よく論じよく怒りよく笑いなかんずく論敵を
さて、そうした数年ののち、突然、この
薄暗い
痛憤と
司馬遷は最後に
我を忘れ壁に頭を打ちつけて血を流したその数回を除けば、彼は自らを殺そうと試みなかった。死にたかった。死ねたらどんなによかろう。それよりも数等恐ろしい恥辱が追立てるのだから死をおそれる気持は全然なかった。なぜ死ねなかったのか? 獄舎の中に、自らを殺すべき道具のなかったことにもよろう。しかし、それ以外に何かが内から彼をとめる。はじめ、彼はそれがなんであるかに気づかなかった。ただ狂乱と
許されて自宅に帰り、そこで
十年前
当座の盲目的な獣の
彼は思わず飛上り、奇声を発し、呻きつつ
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