第5話 ご褒美発動です。

「レイラ様、お話が御座います」

「私もあるわ。課題の刺繍が終わったのよ。特別に少しだけ見せて上げる」


 ソファに座りハンカチをひらひらとさせるレイラだったが、リアの思い詰めた表情に姿勢を正した。


「言ってみなさい」


 少しの間があってリアは重い口を開く。


「メディロナ家のメイド、メアリーさんですが……2日前にお亡くなりになりました」

「そう……」


 静かに目を閉じてレイラは数秒間の黙祷を捧げた。


「はい。ここからは、メディロナ家に仕えてるメイドから聞いた噂になりますが……」

「早く言いなさい」


 言葉を区切るリアに耐えきれず、レイラは先を急がせた


「メアリーさんはマリアディーネ様の産みの親とのこと」

「産みの親? 」

「メディロナ伯が、メイドであるメアリーさんに手を出して産まれのが」

「マリアディーネ様ってこと? 『婆や』と言っていたから、高齢だと思ってたわ」

「詳しくは分かりませんが、使用人の仲では周知の事実であり、一人だけ毛色が違うマリアディーネ様は、メディロナ伯含めて奥方様や使用人からも、腫れ物扱いをされてらっしゃったと聞きました」


 レイラは思わず眉根を寄せた。


「マリアディーネ様は、そのことを存じてらっしゃるのかしら? 」

「どうでしょうか? 使用人の中での噂ですが同じ屋敷内ですから、知らないまでも、なにかしら感じ取ってはいたかも知れません」

「……そうね。リア、病院へ向かうわよ、馬車を用意して」

「何しに向かわれるのですか? 」

「あの部屋から空き地を見るのよ」




 ※※※※※※※※※※※※※


 馬車が病院へ向かう途中、パラパラと雨が降り出した。


「雨季だから仕方ないけど、こうも雨が続くと気が滅入るわね」


 馬車の窓にぶつかっては、気ままに散らばる雨粒をレイラは見つめた。




 病院へと近付つき馬車から降りると、リアとレイラはマリアディーネの後ろ姿に目を見張った。


「マリアディーネ様! 」


 雨に打たれてる事さえも気が付いてないのか、立ち竦むマリアディーネには、レイラの声さえも届いていなかった。


「お風邪を召されますよ。マリアディーネ様」


 マリアディーネが濡れないように傘を差し出し正面に立った。


「あぁ、レイラ。ご機嫌よう」


 か細い声でマリアディーネは呟く。

 顔色も青白く目は焦点が定まってないようにレイラからは見えた。

 思わずレイラはマリアディーネの袖を掴み馬車へと連れて行こうとした。


「今日は帰りましょう。私のお屋敷に戻ったら、温かいお紅茶をお出ししますね」

(亡くなった。なんて聞いてない、埋葬した。なんて知らない)


 マリアディーネの、か細い声は雨音に打ち消されレイラには聞こえなかった


「とても美味しいですよ。お父様がお土産でいただ」

「私には教えられなかった!! 」


 突然叫ぶマリアディーネに驚いてレイラは歩みを止めた。


「マ マリアディーネ様……」

「どうして? なぜ私にだけ教えてくれないの?? 」

「お召し物が汚れます」


 そのまま泣き崩れるマリアディーネを抱きしめるレイラ


「傘は私がお持ちします、レイラ様」


 リアがレイラから傘を取ると、レイラはしっかりとマリアディーネを抱き締めた。



「私に優しくしてくれたのは、メアリーだけだった。どんなにワガママ言っても、当たり散らしてもメアリーだけは受け止めてくれたわ」


 レイラは何も言わず、ただただ優しく抱き締めた。


「一人は嫌。誰も私を分かってくれない。潰されそうで怖い。皆の視線が怖い。メアリーがいないと嫌、最後の挨拶だってしてない……いつもシワクチャな笑顔でしてくれるのに……メアリーが……」


 雨音に交じる嗚咽交じりの泣き声。レイラはマリアディーネの背中を擦りながら、リアに耳を貸すように目配せをした。


(リア。病院に言って伝えてほしい事があるのだけれど)


 小声で囁くレイラの話を聞くとリアは病院へと向かって行った。




 少ししてリアが戻って来るとレイラを見て頷いていた


「マリアディーネ様。メアリーさんがいたお部屋に向かって下さい」


 少し落ち着いたのかマリアディーネの目には光が戻っていた。


「最後にメアリーさんが、見た景色や想いを感じ取って下さい」

「メアリーが観た景色……想い……」

「病院の許可は取ってますから。マリアディーネ様に見てほしいのです」


 ゆっくりとマリアディーネは立ち上がる。


「傘とこちらのハンカチをお使い下さい。私とリアは帰りますね」


 渡された傘とハンカチをマリアディーネは黙って受けると病院へと歩いていった。



 ※※※※※※※※※※※※※


「レイラ様もお風邪を召しますよ」

「髪を拭く気力がないわ」


 屋敷の部屋へと戻ってきたレイラは、すぐさまベッドへと横になった。

 リアはベッドの縁に腰掛けると、片手にハンカチを握り締めながら膝をポンポンと叩いた


「リアが拭いて差し上げます。こちらのハンカチで」

「課題の刺繍入りハンカチじゃない」

「そうですよ。髪を拭いた後ですが、綺麗に洗ってレイラ様に差し上げます」

「ちょっと、刺繍に『貴女のリア』って、書いてあるんだけど」

「本当の事ですから。落としたりしないで下さいよ」

「人に観られたくないから、一生失くせないわね」


 リアは嬉しそうに微笑むと、腕枕をするようにレイラを優しく包み込み自分の膝へと誘った。


「ご褒美発動です。もう待てません。ホントはハグ付きでしたが膝枕に変更ですね」

「たまに強引なんだからリアは」


 上を向くレイラは優しく髪を拭くリアと目を合わせた。


「お嫌いですか? 」

「……知らない」

「否定しないって事は、お嫌いではなさそうですね」

「うるさい。早く拭きなさい」


 プイッと横向きになるレイラ。


「先ほどのマリアディーネ様を優しく抱き締めるレイラ様、とても素敵でしたよ」

「私のお母様が亡くなった時に、リアがしてくれた事じゃない」

「あの頃のレイラ様は、マリアディーネ様以上に手が付けら」 

「うっさい。黙って拭いてなさい」

「はい。レイラ様の仰せのままに」

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