三
きょうは上天気の日曜なので、主人はのそのそ書斎から出て来て、吾輩のそばへ
鼻毛で細君を追い払った主人は、まずこれで安心といわぬばかりに鼻毛を抜いては原稿を書こうとあせるていであるがなかなか筆は動かない。「焼き芋を食うも
「また巨人引力かね」と立ったまま主人に聞く。「そう、いつでも巨人引力ばかり書いてはおらんさ。天然居士の墓銘を
はからずも迷亭先生の接待係りを命ぜられて
「どうもお退屈様、もう帰りましょう」と茶をつぎかえて迷亭の前へ出す。「どこへ行ったんですかね」「どこへ参るにも断わって行ったことのない男ですからわかりかねますが、おおかたお医者へでも行ったんでしょう」「甘木さんですか、甘木さんもあんな病人につらまっちゃ災難ですな」「へえ」と細君は挨拶のしようもないとみえて簡単な答えをする。迷亭はいっこう
「君まだいるのか」と主人はいつのまにやら帰って来て迷亭のそばへすわる。「まだいるのかはちと
それから約七分くらいすると注文どおり寒月君が来る。きょうは晩に演説をするというので例になく立派なフロックを着て、せんたくしたてのカラーをそびやかして、男ぶりを
「罪人を
この絞殺を今から想像してみますと、これを執行するに二つの方法があります。第一は、かのテレマカスがユーミアスおよびフィリーシャスのたすけをかりて
「おもしろいな」と迷亭が言うと「うんおもしろい」と主人も一致する。
「まず女が同距離につられると仮定します。またいちばん地面に近い二人の女の首と首をつないでいる縄はホリゾンタルと仮定します。そこでα1α2……α6を縄が地平線と形づくる角度とし、T1T2……を縄の各部が受ける力とみなし、T7=Xは縄の最も低い部分の受ける力とします。Wはもちろん女の体量と御承知ください。どうですおわかりになりましたか」
迷亭と主人は顔を見合わせて「たいていわかった」と言う。ただしこのたいていという度合は両人がかってに作ったのだから他人の場合には応用ができないかもしれない。「さて多角形に関する御存じの平均性理論によりますと、
「それから英国へ移って論じますと、ベオウルフの中に
演説の続きは、まだなかなか長くあって寒月君は首くくりの生理作用にまで論及するはずでいたが、迷亭がむやみに風来坊のような珍語をはさむのと、主人が時々遠慮なくあくびをするので、ついに中途でやめて帰ってしまった。その晩は寒月君がいかなる態度で、いかなる雄弁をふるったか遠方で起こった出来事のことだから吾輩には知れようわけがない。
二、三
主人のうちへ女客は
「ちと伺いたいことがあって、参ったんですが」と鼻子は再び話の口をきる。「はあ」と主人がきわめて冷淡に受ける。これではならぬと鼻子は「じつは私はつい御近所で──あの向こう横丁の
「金田って人を君知ってるか」と主人は
主人はむろん、さすがの迷亭もこの不意撃ちには
鼻子はようやく納得してそろそろ質問を呈出する。一時荒立てた言葉づかいも迷亭に対してはまたもとのごとく丁寧になる、「寒月さんも理学士だそうですが、ぜんたいどんなことを専門にしているのでございます」「大学院では地球の磁気の研究をやっています」と主人がまじめに答える。不幸にしてその意味が鼻子にはわからんものだから「へえー」とは言ったがけげんな顔をしている。「それを勉強すると
主人は不満な
主人は伯父さんという言葉を聞いて急に思い出したように「君に伯父があるということは、きょうはじめて聞いた。今までついにうわさをしたことがないじゃないか、ほんとうにあるのかい」と迷亭に聞く。迷亭は待ってたといわぬばかりに「うんその伯父さ、その伯父がばかに
吾輩は今まで向こう横丁へ足を踏み込んだことはない。
しかし一度思い立ったことを中途でやめるのは、夕立が来るかと待っている時
向こう横丁へ来てみると、聞いたとおりの西洋館が
猫の足はあれどもなきがごとし、どこを歩いても不器用な音のしたためしがない。
来てみると女がひとりで何か大声で話している。その声が鼻子とよく似ているところをもって
おりから廊下を近づく足音がして障子をあける音がする。だれか来たなと一生懸命に聞いていると「お嬢様、旦那様と奥様が呼んでいらっしゃいます」と
帰ってみると、きれいな
「寒月君、君のことを
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