第39話 葦原中国を管理する者

 大厄災と呼ばれた何かはきっちり三百年で復活を遂げた。


 そう名乗った翡翠の男は空を見つめていた。

 そして、先ほどの名前の簡単な説明をする。


「中央管理システムにつけられた名称がソレというだけ。長いからカヅチでいい。要はこの地の管理人?それを作ったのはお前たちのご先祖様だ。」


 そう言った時にはクリスティーナとグリーグの姿は無かった。

 先に大厄災と言ってしまったから、裸同然の姿で逃げてしまったらしい。


 が。


 眼光の鋭い女が一人残っている。


「貴様が……、兄さんを‼」


 女は酷い形相で懸命に殴り続けている。

 そこで、人かも分からぬ男は彼女の剣を返してあげた。

 すると、女は目を剥いて混乱をした。


「馬鹿にしているのか!?」

「馬鹿にしていないけど。だって、知らずにセキュリティを強引に壊したんだろう?」

「それを課したのはお前だろうが!そのせいで兄さんはぁぁぁ!」


 やはり話にならないので、結局彼女から赤く燃え上がる炎の剣を取り上げた。

 いや、それよりも面白いことがあった。

 この世界を管理するシステムとしての知識は頭に入っている。

 それは当然だ。

 人類生存計画、天鳥舟アマノトリフネを司るものには違いない。

 だが、先に封印を解かれ、その防衛プログラムとして、外部に有機端末を生成した。

 だからか、人間のような自我が芽生えている。

 それどころか記憶まで存在する。


「アメリア・ラインヘッド。起きたことは致し方ないが、やり方が間違っている。そもそも誰がそんな出鱈目を吹き込んだんだ?」

「お前が言ったんだろうが!そういう伝承だ!厄災を再封印せねば、大厄災が訪れると!」


 多くの兵士に囲まれていた。

 気が付くも何も、目に入らなかっただけだが。


「おかしい。俺の記憶が確かなら、三百年前は正しく行われている。厄災が復活した後、それを人間たちが倒し、皆で再興する。そして最後にミカドシステムに報告。そして再び三百年の再考期間が得られる……と。お前も知っているだろう、セキュリティー、いやそちらの言葉でいう封印か。祠を触らなくても再起動は出来る。」


 明らかに白銀の騎士は動揺していた。

 彼女は祠への生贄以外の解除方法を知らなかった。

 それ自体も間違った方法だが、その答え合わせになるべき事象も彼女は経験している。

 即ち、セミコロンでの一件。


「確か、その為に力を与えていた筈だけど。……って、だから俺は農業系スキル手に入れてたのか。本来の目的はこの地の開墾だもんなぁ。」


 ただ、ここでカヅチの上半身が砕け散った。

 近くの何人かは耳を抑えて蹲る。


「どうだ、化け物‼いつまでも好き勝手出来ると思うなよ?」


 成程。

 有機体端末になったことで、人間としての感情が宿っているらしい。

 それくらい、胸糞の悪い声。


「ひっ!こ、こいつまだ動きやがる!待ってください、王よ。俺が王の御父上から賜った魔法の砲筒でこんなやつ!」


 次々に飛び散る有機体端末。

 だが、その次の瞬間には。


「本当は先にやりたいことがあるんだけど、お前だけは本来のタケミカヅチの役目を執行しよう。」


 グリーグ・ゲーメイトの真横に厄災はいた。


「この野郎!」

「キャァァァ‼」


 同時に発せられるグリーグの声と、誰かの悲鳴。

 ただ、関係ない。


「次の三百年の前借り技術。でも、やっぱ古いよ。勘違いしないでね、君。別に君を助けたかったんじゃない。葦原中国に住む者は別の国、黄泉の国へのご退室を頂くのが、三千年前に俺が命じられた使命。だから、タケミカヅチなんだってさ。だから——」

「や、やめてくれ!全部、全部、こいつの父親が企んだことで……」

「知ってる知ってる。だけど、駄目だよ。それに安心して。君はちゃんと黄泉の国に住めるんだ。」

「お、お願いだ。殺さないでくれ!」

「地獄に落ちるわけじゃないんだよ。ま、でも……正解。要するに死ねってこと」


 拳の力だけでこの世界で言うSS級冒険者は黄泉の国の住民となった。

 それだけで、周りの兵士は皆、ざわついた。

 だが、誰一人、大厄災、いや大魔王に盾突こうとは思わなかったらしい。


「わ、私をどうするつもり?……私だってお父様に言われた……だけで……」

「うん。知ってる。だから、つまらない人間だと思った。でも、見事な退行劇にはスタンディングオベーションものだよ。でもねぇ、このまま黄泉の国に行くのも面白くない。それに俺は忙しいんだよ。じゃあ、君は王として相応しい道を歩んでくれ。……じゃね。」


 そしてカヅチは完全に人の形に戻って歩き始めた。

 だからこそ、称賛すべきだろう。

 この化け物に道を譲らない者たちは。


「てめぇ。どこに行きやがる。」

「勝手はやめてよね。君、イヅチ君だよね?」

「私たちは世界を平和にする為にこの力を手にしたのよ。」

「右に同じ。」

「……あぁ。お前が大厄災ならば、やはり私たちが倒さねばな。」


 彼ら彼女らの姿は懐かしい。

 そういえば、そうだった。


「んーと、じゃあついてきてくれる?アメリア隊にピッタリの仕事があるんだけど。」

「なんだと!?」

「ラルフェンさん、だったっけ。今度は俺が案内をしてあげる。と言っても君たちは場所を知っているか。この国の柱のところで待ってるから、急いできてね。」


 そして彼はそこまで先に大跳躍で移動しようと思ったのだけれど、「あ、そうだった」と一度、立ち止まった。


 この隙に、と今度は別の刃が飛んでくるが、避けても意味がない。


「五つの祠は無視していい。その周りを守っている魔物も倒す必要ないから。秒で来てね。」


 そう言って、本当に大跳躍して彼は消えた。

 残されたアメリア隊は皆目を剥いていた。


 そして、クリスティーナは膝から崩れ落ちた。

 更にその後ろ、オズワルドは目を白黒と。

 遅れてきたせいか、彼だけが何事かと辺りを見回している。

 それに気付いた娘が父に泣きついたのだが。


「大厄災が復活?……そんな馬鹿な。あの時にそんなことは……。大厄災なんてあの時現れなかったぞ……」

「……あの……時?公爵殿、あの時とはどういう意味だ!」


 白銀の彼女が食って掛かるも、仲間たちによって止められる。


「おい。イヅチとは何なんだ?……お前たち二人は知っているんだなぁ?」

「し、知りませんよ。俺達の村にいた俺達くらいの子供で。」

「ソフという祖父とソボという名の祖母に育てられた拾われ子で、素直な良い子だったけど。」

「あぁ。あんな髪の毛の色なんて聞いたこともないし。それにアイツ、……俺の子分みたいなもんだし。」

「でも、彼。自分で大厄災って言っていたわよ。どうして大厄災が外に……」

「お前たち!使命を忘れたのか!大厄災を倒すことこそが、お前たちの使命!……アメリア。質問ならその後に答える。」


 結局、それしかない訳で。


 王国聖騎士団は再封印した筈の最初の一柱のところへ向かうしかなかった。



 そして、あの時光と共に消えた筈の祠がそこにあり、カヅチが不機嫌そうに待っていた。


「遅いぞ。聖騎士諸君。時間は……、ありそうな気もするけど、精神的に時間がないんだ。」


 腰まで達する翡翠の髪色はそれ自体が光り輝いている。

 だから、遠くから見ると不気味な勾玉に見えた。

 が、そのことを知っている人間はこの国の反対側にいる。


「何をするつもりだ。」


 その言葉に対し、彼が言ったのは。


「決まっているだろ。閉じ込められたシオリを助ける為に、もう一時厄災を起こすんだよ。」

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