第38話 イヅチ

 王宮の庭園は真っ白な大理石の塀の内側にある。

 そして、その中央には屋根のあり、そこでお茶会などを嗜むらしい、が。


「慣れた作業で一年くらいで厄災を終わらせたとはいえ、荒れ放題だな。」

!しっかり働けよ。ここで王がお茶会をされるのだ!」


 偉そうなガチロは青白く輝く槍を二本も持っている。

 そしてどこかで白銀騎士様もご覧になられているのだろう。


「……はぁ。つまらない。本当に無意味な世界……だな。」


 すると、鞭が飛んできた。

 なるほど、無知と鞭を掛けているのかもしれない。


「早く草むしりなさい。あたし達は世界を救ったのよ!」


 無意味な世界を、本当に無意味に救った英雄たち。

 ただ、愚かしくも彼らは本当に無知らしい。


「作業具がないと、始められません。鍬の一本でも良いので貸して頂けませんか?……っていうより、貸して頂けると聞いているのですが?」


 あの子が王になっていたなら、喜んで素手で掘り返したかもしれない。

 今になって気付く、シオリの魅力。

 彼女のためになら進んで奴隷に、いや既に奴隷だったのかもしれない。

 ここにいるのは、全員偽物。

 彼自身も偽物の奴隷。


「ラインヘッド伯爵、どう致しましょうか。」


 そこで彼は気付いた。

 女性にも爵位が与えられるらしい。

 そこは流石女王の国というところだ。


「ならん。今日はこの庭園で秘め事を行うそうだ。……全く。不用心にも程がある。」

「ということよ!手でやりなさい!」


 実は雨が降り始めて、既に三か月が経過していた。

 つまり彼女が消えてから、三か月が経つ。

 それにも関わらず、未だにあの生活がリピートされている。

 ただ、だだっ広い庭園に来たのはまだ二回目。


 理由はあの虐めが未だに続いているからだが、ついには青空の下でお楽しみになりたいらしい。


「雑草を毟る……か。そういえば、スキルの効果が頭打ちになってしまった。そもそも大農場経営者になんて成れるわけもないし。あれはやっぱり適当……、——いや、少なくともあの時のお告げは真実だった。だって、シオリは聖女で間違いない。」


 私語をしていると、再び鞭が飛んでくる。

 ただ、ここで。


「ガチロ。お前は外周の見張りに入れ。そろそろお越しになられるらしい。」


 そういえば、馬車の時もそう。

 あの小さな魔法具で誰かと喋っているらしいが。

 今回の革命で手に入れたもの、かもしれない。

 そうでなければ、あのイベントの説明が付かない。

 あの赤い狼煙。


「……そういえば、あの時か。シオリと初めて会ったのは。」


 ただ、この小さな私語さえも彼女らには筒抜けで、再び鞭が飛んでくる。

 もしかすると、そういう何かが分かる仕組みなのかもしれない。

 この意味の分からないバッジがそれなのかもしれない。


「クリスティーナ様、今日もお美しいですな。」

「ゲーメイト候はお髭を蓄えられたのですか?」

「気に入らなければ、すぐに剃り落としますぞ。」


 この声。

 耳障りなこの声。

 なぜか、癪に障る。

 いや、当然か。

 シオリを殺そうとした男。


「いーえー。今日はそれでいいんじゃないですか?……だって、髭を生やしたくても生やせられない者がいるんですもの。」


 実際にそうかは微妙だろう。

 ただ事実、髭が生えてこなくなった。

 髪も生えてこない。

 もしかすると、生きる気力と連動しているのかもしれない。


 なんて、呆けていると。

 早速睦言が聞こえて来た。

 昼間からお盛んなこと。


 ——だから、木の裏にでも隠れようとした。


 そう、木の裏。


 木の裏。


 木の裏


 ……木?



「木が生えてる!……しかもこれ。」


 つい、見惚れてしまった。

 ここに何故か果物の木、リンゴの木とオレンジの木と桃の木が生えている。


 ……いや、違う。


 何故か、じゃない。


 既に実っているのだから、これは間違いなく。


 ——シオリの木


 そして、その瞬間。


 いや、もしかすると偶然。



「——ヅチ!侯爵様がお呼びだ。」

「……はい。なんでしょうか。」


 40歳くらいの男。

 ただ、確かに鍛え上げられた体の男。

 そしてもうすぐ20の裸の女。


 シオリがくれた青空の下で、生まれたばかりの姿で、生まれる為の行為をしている男と女。


「ねぇ!侯爵様が見たいって!ここ最近、それをすると殿方が元気がなくなると不評だったじゃない?……でも、侯爵様は平気なんだって!だからー、いいでしょ?」


 確かに最近はそう言われることは無くなっていた。

 皆、必死に精力剤を飲まなければならなくなり、そして最終的にフラフラになっていたから。


 ——どうしても見たいのだという。


「今でも何も感じないのかな?君は?偽聖女に味方した君は?」


 さて。

 どうしたものか。


 仕方ないから、見せるしかあるまいか。

 何がどんなに見たいのやら。


 俺のソレにそんなに興味があるのか、こいつ。


 っていうか。


「え⁉今、急に髪が伸びた?……いいじゃん!それの方が絶対にカッコよいよ!」


 なるほど。


 つまり、タイムリミット。


 いや、つい先までは何も思わなかったのに、シオリの木を見たからかもしれないし、時間が来たからかもしれない。


「——‼え?なんで?どうして!?……なんで、生えているの?そっちも……。治した……の?いつから?」

「あぁ、結構前から戻っていたよ。服を着るように言われてからだったっけ?」

「そ、そう。それじゃあ、もっと辛いことでしょうね!」


 確かに美しい女かもしれない。

 けれど。


「面白くない女。何も感じないのは変わらない。」

「……なんでよ!あの女はもう、死んだのよ‼」


 その言葉、イラつく。


「これはいけませんね。王の近くに下賤なるものが紛れ込んでおります。アメリ——、——ひっ!」


 なるほど。

 確かに、シオリが聖女だった。

 そして聖女は一年をいきなり無駄にした。

 聖女が二十歳になる頃に、大厄災が目覚めてしまうから早めに行動していると——


「お前が言ったんだっけ?それとも……」


 その瞬間、飛んできた不死鳥の如き剣。

 待ってました、という瞬間だったのではないだろうか。


 だが。


 ギリギリで躱す……、いや躱し過ぎた。


葦原中国アシワラノナカツクニは下賤な者で満たされてしまったらしい。……なぁ、アメリア。」

「——‼貴様!私の剣を直接!?」


 そう、つまり。


 伝承の全てが適当だった。

 革命でも色々と失われたのではないだろうか。


 この世界はアレらを生かしているだけの場所。

 そして、葦原中国の人間が良からぬ存在であったなら、掃討するのが我が役目。


「天鳥舟より、降り立つ伊都之尾羽張之建御雷神イツノオハバリノタケミカヅチ。下等なる人間らは、俺を大厄災と呼んでいたか?」





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