第37話 翡翠の勾玉
デニーは生まれて初めて家族と共に暮らしていた。
新しい聖女を迎えたピリオド王国。
どうしてもそこに引っ越したいと、二人が強引に新世界誕生の騒乱の中で推し進めたのだ。
「お父様。ピリオド王国には何度か?」
「……様なんてつけなくていい。どこにどんな目があるか分からないんだ。」
確かにエクスクラメイト王国では潜む必要があった。
いくら二十年前の逃亡、そして窃盗がなかったことになったとはいえ、その捜索依頼を出していたオズワルド・ベルモンドが王の父親になった国だ。
「マリーさん!これはこの辺で宜しいですか?」
「ちょっと!ゴンザも止めなさい。名前もダメに決まっているでしょう?」
あちらではゴンザが怒られている。
そしてこっちでは。
「ゾルダック様、この地は確か、ティアラという聖女が王になったと聞いています。早めに挨拶に出向いた方が宜しいのではないでしょうか。」
「もう、貴族は名乗らないって言っただろう。家名を言うんじゃない。それにどうしてお前達が付いて来たんだ?」
それは勿論、大量の荷物を運ぶためだ。
その為にはゴンザとロドリゲスの力が必要だった。
特に穀物は端境期の今、高く売れる。
だから、彼が作った小麦や米を廃教会から全部持ってきた。
「そもそも、鷹の希望団はどうした?」
「いやぁ。ジョージとリンダが金を持ち逃げしましてねぇ。流石に続けられねぇですよ。」
あの二人はパーティの金を持ち逃げして、鷹の希望団に入団していた。
そして、昔取った杵柄でいつの間にかいなくなっていた。
彼を売ったその日にはいなくなっていたのだから、大したものだ。
——勿論、なんとなく行方に見当はついている。
あの日、呆けている青年に二人は執拗に聞いていた。
「ねぇねぇ。つっちーはずっと隠れてたでしょ?どこに隠れていたのかなぁって」
「あ、あれよ。特に理由はないの。でも、あれでしょ?エクスクラメイト王国の外にも出てたのよね?……ちょっと知りたいなぁって思っちゃって。」
「君の事だからさ、そこでも畑を耕してたんでしょ?」
そのあからさまな問いに対して、感情を失っていた彼は丁寧に道順まで教えていた。
確か、一度東の砂浜に降りると言っていた。
それとハイジーンという男を訪ねろ、だったか。
彼には隠すという意思は全くなく、ジョージとリンダが逆に嘘ではないかと、最初は疑っていた。
「無事に辿り着いていれば良いのですが。」
因みに道中で聞いた話だが、ガランドール家とレオパード家の屋敷でひと騒動あったらしい。
逆賊として捕えるために、王国兵が踏み込んだところ、屋敷には人っ子一人いなかったらという。
ただ、高そうな絵画や調度品を運び出す様子を目撃したという話だ。
アーノルド・クリスティーナ政権が設立することを嗅覚で感じ取ったのだろう、今では彼ら一族もおたずね者に名を連ねている。
「彼らも、ジョージとリンダと同じところにいそうですね。さて、お父さん、お母さん。どこまで行くつもりですか?」
するとデニムは声をこう言った。
「出来るだけ遠くの村、エクスクラメイト王国でいうムツキのような漁村に潜むつもりだ。」
「なるほど。ロドリゲスさんは確か、この辺りのクエストに参加していたのですよね?」
「あぁ、そうだな。……ここから逃げたんだよ。俺も反対の国までな。ではミナヅキ村が良いでしょうか。あちらに——」
行先も決まった。
ここでデニーは遅ればせながら、あの言伝を思い出した。
「そういえば、お父さん、お母さん。イヅチが感謝していると言っていました。……ずっと言いそびれていました。すみません。」
ただ。
その言葉で彼の両親の足が止まり、顔が蒼白色に染まった。
「……そ、そ、そ、それはいつ言われた?あれだろう?確か……、あの儀式の為に買われたのだろう?」
「そ、そういうことよね。だって、そうしろって私たちが伝えたんですものね?」
そこまで言って、彼らは胸を撫でおろしつつ歩き始めたのだが。
「いえ。あいつは聖女の一人と逃亡しました。んで、一回戻ってきたんすよ。ほら、うちのモットーは逃亡した冒険者を匿うことっすからね。デニムさんとマリーさんの教え通りっすよ。」
ゴンザが胸を張った。
それなりの冒険者を確保しつつ、廃教会に隠れ住む。
そして、ある程度育てて売り払う。
そうやって活動してきたのが鷹の希望団、無論息子のデニーを隠すことでもあったが。
「……なん……だと?まだ、生きている……のか?」
「母さん!」
マリーがついに卒倒し、デニーが駆け寄るが。
「そこまで嫌っていらっしゃるのですか?……でも、あいつは奴隷として王に買われていきました。これからの人生を考えると惨いというか、なんというか。良い暮らしをして欲しいと俺は思っているのですが。」
一年目の団員の面倒見の良いロドリゲスが、鷹の希望団創設者に苦言を呈した。
それ自体は、デニーも確かにと納得できるもの。
確かに廃教会で育っていた間に、父と母に育ててもらっていたという羨ましさはあるが、今の彼の立場を考えると胸が痛む。
あの銀髪の聖騎士アメリアの目は傍から見ても、失禁しそうになった。
そう思っていたのだが。
「バカか!アレは人間に殺せる存在じゃない!というより、鷹の希望団はそもそもあいつを厄災の化け物に殺させる為に作ったんだ。オズワルドの性格上、もう一度封印を解くことは分かっておったからな!」
50歳を過ぎたデニムの顔が今度は真っ赤になった。
流石にゴンザもロドリゲスも怪訝な顔をする。
「……あいつはただの農夫ですよ?」
「……そう、思わせるように育てたの。」
「母さん!」
「だ、大丈夫よ、デニー。デニーにも迷惑をかけたわね。……貴方、流石にここまでくれば大丈夫よ。あの日、ちゃんと出て行ってくれたんだし。」
そして、母は休憩がてら、昔話を話し始めた。
「もう、封印は終わったのだから、全て上手くいった……ということよね。」
「……そ、その筈だ。後はエクスクラメイト王国に任せるしかないが……。というより、全部オズワルドが悪いんだ!」
彼らの独白は三十年前から始まった。
その当時は彼らも世界の為にと、冒険者をやっていたらしい。
「デニムはああ言ったけどね。最初は真面目にやっていたの。その当時だからオミン王ね。彼女が言っていたの。白髪の聖女は実は年老いた女という意味ではないかと。それならば、と。」
「俺達は歴代最強SS級冒険者と言われておった。それはそうだろう。事実、五つの祠を守る魔物を簡単に屠れるほどだったからな。」
その噂は知っている。
今は裏社会の帝王だが、オズワルドも当時は冒険者をやっていた。
ベルモンド家も大きな家ではなかった。
「私たちは六人などという縛りをせず、100人にも及ぶ精鋭を育て上げたの。その時に培った方法をゴンザ達に教えたのだけれどね。」
彼らは常識に捉われない戦いをしていたらしい。
そして。
「祠では必ず一人死ぬ。しかもそれなりに育ったものでしか反応しない。それに気付いたのもその時。」
「だが、世界の為だ。それに先の方法で補充は直ぐに出来る。そこまで罪悪感はなかった。その100人という数がそうさせたのか、それともオズワルドが選んでいたというのもあったのかもしれん。」
そこまで聞いて、彼の言葉が直ぐに思い出された。
『天候魔法も手に入れたということか?厄災を押さえる医療技術もそうだ。最近頻発していた地震を押さえる技術も、その産業革命で手に入れたということか?』
「革命ではなく、厄災が起きていた……?」
だからデニーの口が勝手に紡いでいた。
「……仕方ないのよ。だって、当時で言う二百八十年前の伝承を紐解かなければならなかったの。あれが厄災だったことも後から知ったくらい。私たち全員が狂い始めていた。だって、世界を救うためだもの。オズワルドもきっとそう。」
「そしてミカドという結界に入る頃には、ある意味吹っ切れていた。たった十人になっちまったけど、これで俺たちは英雄だってな。」
この二人は何を言っているのか、その理由が全てに絶望した彼の顔だった。
あの時執拗に聞いていたのは、このことだった。
「で、ミカドの中は宝の山だった。特に見たこともない技術が分かり易く纏められていたんだ。理由なんて知らねぇ。でも、そうだったんだよ。オズワルドが食いついていたっけな。」
「それに宝石や貴金属、希少な材料も保管されていてね。デニー、重くて持ちきれないほどの宝石を見たことある?」
ずっと言えなかったことだからか、それとも見知らぬ地に来たからか、二人は饒舌に語った。
そして。
「で、それに目がくらんで、そこに大厄災が封じられていることなんて吹っ飛んでた。だけどな……」
「突然、ケナとバベジとロンドが閉じ込められたの。そして同時に不気味な勾玉が閉じられた空間に浮かび上がった。」
「俺とマリーはその勾玉を見た瞬間、大厄災が封じられていると思い出したんだ。……で、俺達は三人を見捨てて逃げた。」
「だから、後のことは知らないの。大厄災がどうなったかも知らない。オズワルドが上手くやったのか、それとも白髪の老婆ケナが上手くやったのか。分からないけど、世界は良い方向に変わっていった。」
つまり、そこで大厄災は終わっていた。
それなのに、無意味にもう一度厄災を引き起こしてしまった。
だが、その全ては終わったこと。
先月までに生贄にされた者たちは浮かばれないが、それは後の祭り。
オズワルドがどうして、もう一度厄災の再封印を行ったかは、今の世界を見れば分かる。
けれど、二人にとって重要だったのは。
世界平和よりも、彼の生存だった。
「あいつが生きているんなら、話は違う!あいつは……、あいつの正体は……、あの翡翠色の勾玉だ。」
「あの空間に在った筈なのに、いつの間にか私たちの荷物に紛れ込んでいたの!三人が睨んでいたから、あの三人の仕業かもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも……、アレはいつの間にか、赤子に姿を変えていた。」
「だから!……お前から遠ざけたくて、お前を匿う施設を作ったんだ。」
今も二人は狂っているのではないか、そう思わせる表情だった。
それに……、彼が勾玉?
意味が分からなかった。
「いくら切っても死なない。いくら叩いても死なない。……それなのにいつもニコニコと近づいてくる。全てを受け入れる。拾い子だから、雑用をしろと言っても、絶対に出て行かない。どうしようもなく……、不気味だった。」
「だから私たちは人として、勾玉を育てることにした。腹立たしいのはオズワルドよ。罰を受けるのは私たちだけで、自分は革命だ何だと、持ち帰った技術で成功していった。私たちが十六年間。どんなに辛かったか!」
二人は怯え切っていた。
確かに、全てを受け入れるような男だったけれど、あまりにも印象と違う。
だから、デニーは二人を落ち着かせる為に言った。
「父さん、母さん、落ち着いてください。先も言いましたが、イヅチは感謝していると言っていましたから。」
そう、悪意など1mmもなく、彼は言った。
だが。
「イヅチ……。そう、私たちが付け直した名前。聞き取れない筈なのに聞き取れてしまったの。」
「アレの本当の名は……、イツノオハバリノタケミカヅチ。」
「赤子の口でそう言ったの。だから、……人としての名を与えたのが、イヅチなの。」
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