第36話 中央柱の人身御供
イヅチは元幼馴染の貴族になった夫妻と、王クリスティーナ。
更には何故かクリスティーナの父親オズワルド・ベルモンドの監視下で庭掃除をしていた。
流石は王宮の庭園。
それはそれは見事な果樹園が、花園が……、——なんてことはない。
少し前まで一度滅ぼされかけたのだ。
殆どが枯れている。
だから彼の仕事はその全てを耕し直すところから始まる。
他の地域では既に重機による耕作が始まっているという話だが、王宮は敢えてイヅチに任せるということが決まっている。
そして彼は彼らの目の前で鍬を振りかぶる。
◇
あの日まで遡る。
シオリ、ミンサ、セディナ、ロザリア、リリア、ティアラ。
そして、最後にクリスティーナとアメリア隊プラスアメリア狂信者の二名で構成された精鋭部隊は施設内部の中央部に向かっていた。
レイケ・ボワード王国総務官によると、祭壇までの道は既に確保できているらしい。
廊下には一定間隔で兵士が並んでいた。
彼らの後ろには長方形の扉のようなものがあるが、後ろから押されるのでじっくり見ることはできなかった。
「シオリ様。このように祭壇までエクスクラメイト王国兵がお守りしています。安心して前にお進みください。」
アメリアの声。
一目見ただけで狂っていると分かる女。
あの女が一番怖かったが、その理由は分かる。
それに現時点で世界最強である。
彼も彼女に一度殺されかけた。
ただ、そんなことは関係ない。
今から待っているのは、生贄の儀式に決まっている。
大厄災グヘバエルが待っているのだろう。
もしくはそういうトラップの名前なのか。
生贄が差し出され、そして厄災が出現して、後ろの精鋭たちがその化け物を倒す。
三百年に一度の儀式。
連綿と続く、とはいえ10回程度しか記録としては残っていない儀式。
「本当に世界中の厄災が払われるのですよね。」
「そう……です。貴女の力により世界が救われる。何を恐れることがありましょう……か。」
勇気を鼓舞してくれているのか、それとも煽っているのか。
ただ、その時の白銀の騎士の様子はちょっとだけおかしかった。
それに気付けたのはもう少し先だけれども、おそらくは彼女も同じ気持ちで今まで戦ってきた。
あぁ、そうかと思ったのはギヤマンで張り巡らされた小部屋を見た時。
正確に言えば、腰から上がギヤマン製で、そこから下は白い壁で作られている。
この部屋に自分一人だけが入るのだなと、分かってしまう。
「私とアメリア様だけにして頂けますか?……この部屋がそうなのでしょう?既に覚悟は出来ています。それに……、私の力はご存じでしょう、クリスティーナ様」
その言葉にクリスティーナの方が逡巡した。
そして。
「私もご一緒させてもらえるのなら、構いませんよ?それにしても覚悟ですか!流石先輩です!」
面倒な、とシオリは半眼を向けたが彼女は飄々とついてくる。
逆に五人の聖女らしき女たちは、その声に身を引いた。
「では、クリスティーナ様は無視して話をさせてください。今から私が入りますので、どうかイヅチを許してやってください。」
ただ、その言葉がアメリアを一層狂わせてしまった。
シオリはアメリアの兄の話を知らなかった。
だから、ただお願いをしただけ。
「今度はちゃんと死にますから」
「…………」
アメリアの水色の瞳が揺れる。
その表情を読み取ったクリスは騎士の腕を引っ張った。
「大丈夫ですよ!アメリア様はお強いですから!それにその件でしたら私が引き受けるとお約束した筈です。……約束はしていませんでしたか。ちゃーんと可愛がって差し上げますからね。ご安心を。ね、アメリア?」
「……はい。」
確かにその約束もして置きたかった。
だが、ここでシオリは漸くアメリアという女を理解した。
おかしくなったと話題の彼女は、自身の救済を奪われたのだ。
最後は自分の番。
だから、今までの罪がそれで救われると思っていたのだろう。
その救済を奪ったのがシオリ。
そう仕向けたのが、クリスティーナ。
「では、私たちはグヘバエルの討伐に向かいますので、五分後にその部屋の中央にある水晶に触れてくださいね。そのまま五分は押し続けてください。それが王家に伝わる伝承なのです!」
あの時、本当なら死んでいた。
そして、これこそが聖女の役目。
私もそれは理解していた。
伝統的な聖女とは、己の献身で人々を救う存在。
だから、躊躇わずに前に進んだ。
そして、いつかのように彼らは遠くに離れて、大ボスの登場を待つ。
その時間を待ってから、中央のクリスタルに触れた。
——その瞬間。
やはり扉が閉まった。
そして、私は茫然とした。
「何……、これ……」
とても綺麗なギヤマンに包まれた個室と思っていた。
事実、クリスティーナとアメリアが移動する姿も内側からはっきりと見えた。
「どうしてここだけ……」
いや、どうして周りだけ綺麗という方が正しかった。
構造は分からないが、透明な板が上から降りてきて閉鎖された。
そして、その内側には黒い何かが固着していた。
「これ……、こっち側にこびりついている。手形みたいに見えるけど、三百年前のもの?いえ、そんなことより……、何人分の手形なの?」
そして、この瞬間。
私の死に方が決定した。
「つまり……、ここに閉じ込められて死ぬ。これってそういう意味……よね?勿論、他の壁は丁寧に拭かれているから分からないけど。」
今までの祠は、即死レベルのものだったという。
毒ガスや稲妻、圧殺などなど。
それに比べたら、こっちの方はどうにか生き延びられる気がする。
でも、あの扉が物語っている。
おそらくはこの世界の人間にはあの扉は壊せない。
壁も壊せない。
なるほど、何もできないまま、ゆっくりと死を待つ生贄。
最も惨い死かもしれない。
ただ、それが故に考える時間が出来た。
「この血っぽい痕は多分、同じ年代のもの。どうして複数の人間が……、多分だけど大きさから男の人と女の人。……合計して三人くらい?それにそこまで古くない。三百年前の血糊なんて見たことないけど、これはそういうのじゃない。」
そういう特別な試験を受けたわけではないが、流石に三百年は相当な時間だろうと、素人目に分析した。
「それに……、よく見たらクリスタルの反対側の壁だけ透明じゃない。何かは……、分からないけど。」
ただ、そこがやけに気になった。
いつ閉じ込められたかもしれない先人も同じことを考えたらしい。
その溝に何かが詰まっている。
「痛っ!……やっぱ私の力じゃどうにも。」
彼女の力は無力。
ただ、彼女には時間があった。
今までの即死人身御供ではないからこその時間。
そしておそらく彼女にしかできない、作れない時間。
「こうなったら、貴族のプライドとかそんなのどうでもいい。全力でこの中で長生きしてやる……」
孤独極まりない作業。
一つ、幸運なのはここは魔法か何かで常に明るいということ。
眠りにくい、という意味では不運かもしれないが、本当に眠くなれば明るくても眠れる。
「道具……、何かないかしら。清掃しているのは間違いないけれど、よく分からない装置の隙間とかに……」
色々と持ち去られた跡がある。
ここにあった何かがベルモンド家の成功を生んだ、とはその時の彼女は考えなかった。
正直言って、そんなことはどうでも良い。
時間はたっぷりあるのだからと、彼女は殆ど寝ころびながら、目を皿にして何か取りこぼしがないかどうか、探す。
例えば、先人者の遺物の取り忘れ、とか。
「あれ……って、なに?この設備の一部?」
次第にやせ細っていく細腕だから触れたのか、それとも清掃担当者も施設の一部だと思って、気付かなかったのか。
ついに彼女はソレを見つけることが出来た。
——先人の遺物、というより
「……これ。人骨……よね」
投げ捨てられて、隙間に入り込んだのか、それとも清掃員が間違って蹴飛ばしてしまったのか、数日以上掛けて、漸く見つけることが出来たソレは小指大の骨。
いや、もしくは本当に小指かもしれないが。
「前の人達も、死に抗っていた。それこそ、死んだ仲間……だと思いたいけど、仲間の肉を食べてでも。」
ドアや壁は壊せない。
ここから見えるもの全てが見たことのない何か。
だから、そこに救いを求めたのだろう。
「これならあの隙間に……」
方法があっているのかは分からない。
それに折った骨の鋭利な部分で自害するという道もあった。
でも、少女はあの隙間が気になって仕方がなかった。
だから、唯一残されていたかもしれない自害の道を捨てて、全力で祠調査に乗り出した。
——どれくらい時間が掛かっただろうか。
彼女の爪もほとんど剥がれ落ちていた。
その隙間をこじ開けようと必死だったから、いつ剥がれたのかも分からない。
そして、彼女の努力は実を結ぶ。
と言っても。
「……え?」
彼女が鋭利な骨を差し込んだ瞬間、ぶちぶちと何かが切れる音がして、正方形の溝はあっけなく大きな口を開けた。
「ひっ!」
空いた瞬間、それがどうして今まで開かなかったのかを理解した。
本当はクリスタルを触った瞬間に開く予定だったのだろう。
長い髪の毛が絡みついていたので、そのせいで開かなかったらしい。
そして、シオリが悲鳴を上げた理由はそこではない。
許さない、見捨てられた、呪ってやる、という血文字その中から見つかったからだ。
おそらくはこの文言は部屋中に書かれていたのだろう。
途中で文字が中途半端に消されていることからも推測できた。
「……ここは自動的に閉まる……ということ?この中には一体……」
大厄災、グヘバエルにオズワルド・ベルモンドとその一行を呪い殺すように伝えたかったのか、そういう文面も残されている。
「彼らはここがいつか開くと知っていた。……だから、その時に見つかれば良いと思った。つまり、ここに閉じ込められていたのはオズワルドの部下、もしくは雇われた誰か。……それにしてもこれ。なんて読むのかしら、見たこともない記号。」
『伊都之尾羽張之建御雷神』
という、記号を見てシオリは首を傾げてしまった。
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