第35話 新しい狂を過ごす。

 今日は王宮内の清掃がてら、行動可能エリアの説明を受けた。


 基本的には雑用係、そして時々庭園の管理をすればよいらしい。


「それからここを往来する殿方は皆、高い位の方だから、頭を下げて通る過ぎるのを待っていればいいわ。」


 彼女の名前はセシル・ボワード。

 クリスティーナ新王が坐す宮中の管理をしている女性。

 彼女の姉が新王国の内政を担当しているらしい。


「あの……、シオリという聖女は——」

「以上です。簡単な仕事だし、君の担当は庭園なんだから出来るでしょう?」


 そのまま目を合わせずに彼女は立ち去った。

 らしくないという理由で丸刈りにされた頭を触りながら、溜め息を吐く。


「奴隷とは目を合わせてはいけない……。もしくは俺に冷たくしろと命令でも受けているのか。……どうでもいい。」


 自害するにもあらゆるものを取られているし、何かをするときは責任者が目を光らせている。

 全てがどうでも良くなっていた。


 だから、淡々と作業をしていく。


「おい。邪魔だ、どけよ。」


 どける前に後ろから肩をぶつけられた。

 鈍色の髪、あの後姿は知っている。


「ラルフェンだったか。」

「様を付けろ。レッグショット家はもはや伯爵家。そもそも奴隷のお前が口にして良い存在ではない。」


 紫紺の髪色。

 彼女も知っている。

 アメリア隊の回復術師、いやもっと多彩な魔法を使えるかもしれない。

 サラ・ヒールザックが可憐なドレスに見える鎧を纏っている。


「……とはいえ、私も思うところはあるけどね。なんで私が護衛しなきゃなんないのよ。」


 気が付くと濃紺の女も近くに居た。

 彼女は魔法担当のネオン・キャットアーム。

 と、来れば。


「その男も連れて行け。王の命令だ。」


 白銀の聖騎士長も居るということ。

 そしてその女は鈍色髪の男の後を追った。

 そんなアメリアが見えなくなってから、サラが聖騎士長について語る。


「あの子はあの儀式で自分の兄を失ったの。そしてそれからあの子は生贄を捧げ続けた。」

「それを全部自分のせいだと思っているのよ。……それで、生きている貴方が許せない。分かってあげる必要はないけれど、知っておいて欲しいのよ。」

「さ、私たちも行くわよ。伝統的に聖女様は多夫制を好まれるのだから、仕方ないわね。」

「って、あたし達が誰の子かを見極めるって、そんなの出来るのー?」


 そして、リンダと同世代くらいの女性二人の後ろをついて行く。

 アメリアが狂った理由は知っていた。

 幼馴染の二人が狂った理由もそれ。


 無感情になった俺もそれくらいは知っている。


 例外を作ってしまった人間がいる限り、別の方法があったのではないかと苦しみ続ける。


「……多夫制まで、過去の伝承に倣うのか。イカれている」


 つい漏れ出た言葉を聞かれたのか、濃紺の髪の女が坊主頭を撫でる。

 そして、下腹部を弄られる。


「ん-。こんな感じなんだー。」

「ネオン。そのくらいにして。多夫制にも意味があるのよ。聖女が次の三百年後も誕生する確率を高めるため。貴方もしっかりと見ておきなさい。王の御子の父が誰か。貴族の今後、世界の未来が掛かっているんだから。」


 ただ、ここで疑問が上がる。

 いや、疑問ではなく確認したいこと。


「アーノルド様はご壮健ですか?」

「元気は元気ね。」

「ネオン!」

「はーい。」


 無駄な情報収集かもしれないが、癖で聞いてしまう。

 アーノルドのことは話しても良いらしい。

 ただ、そこで終了。

 アメリアに追い付いてしまった。


「定刻だ。確認所定の位置に。声を出すなよ。……それからその奴隷は部屋の中に入らせろ。」

「え?そうなの⁉」

「声を出すな。……王の命令だ。ラルフェンがいるし、こいつはもう男とは呼べない。無論、私は警戒するが、問題ないだろう。」


 確かに何一つ、問題ない。

 いつ殺されても良いが、そもそも世界に興味がない。

 そして中に通されたが、定刻とはなんだったのかと思うくらい、営みは始まっていた。

 それを知らされていなかっただろう男が朱色の目を奴隷に向けた。


「あんだよ、このガキ。中は見られないんじゃなかったのかよ。」

「私が呼んだの。こいつ、あの時歯向かったから。ほら、あっちの聖女についてたでしょ。」

「あ?じゃあ、こいつは男かよ!」

「ラルフェン。アレは奴隷。つまりそういうこと。」


 その言葉に鈍色の髪が揺れる。

 いや、肩が跳ねたのか。


「わ、悪ぃ。ちょっと待ってくれ。こんなの秘薬を飲めば……」

「大丈夫よ。ねぇ、そこの坊主頭の奴隷さん。今どんな気持ち?」


 確かに彼女の肢体は男ならば、誰もがそそるものだろう。

 聖女は性女、彼女が言ったその通り。

 別にそれは良いとは思う。

 聖女は多い方が三百年単位の厄災の被害を最小限にとどめることが出来る。


 ——実際、今回被害が少なかったのも二十年前の経験が活かされたからだ


 ただ。


「何も思わない。本当に、……空っぽだ。」


 坊主頭の奴隷の言葉に鈍色髪の三十路男は再び妙な液体を飲んだ。

 だから、彼女は勘違いしたようで、高らかに笑った。


「でしょうね!何もないんだから!あの時私についていれば、君のお友達のように貴族になっていたのにね!そしたら、この銀髪の代わりに君が私と出来たのにね!」

「…………」

「ねぇ!見せてよ!どんな感じに治ったか見てみたいの!」


 女は頬を紅潮させて、身を乗り出した。

 王の命令である。

 外の護衛女達にも伝わっているが、それも関係ない。


 空っぽなのだから、考えることもない。

 すると、可哀そうなラルフェンは頭がフラフラになるまで秘薬を飲む羽目になってしまった。


「あはははははは!すごい!そうなるんだぁ!ああ……、いいいいいいい‼」


 逆に凄い。

 男の方はどうにもならないほどグロッキーなのに、彼の手を借りずに彼女は営みの達成感を得てしまった。


 その日以来、同じことを繰り返す王。


 毎回男は違うが、男の反応は多少の差はあれど、同じものだった。

 更に、王の反応も毎回同じ。

 彼女はとても気持ちが良いらしい。


「今日は入らぬように。アーノルド様が来られる。」

「は!」

「は!」


 流石に正夫の言葉は強いらしい。

 以前の世界で言う、王の血筋は彼なのだ。


「ただ、外には控えておくようにとの話だ。お前もな。」


 どうしようもなく、王はシオリに固執している。

 それが彼を縛り付ける理由である。



 そして、庭師として働く日がやってきた。

 

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