第34話 新世界

 ジョージとリンダが慌ただしく動き始める。

 ゴンザは正装に着替え、ロドリゲスは部下に檄を飛ばす。

 デニーはあの話を聞いてから、ソワソワしている。


「イヅチ君。お父様とお母さまはどのような方でした?」

「……木刀で」

「木刀で?」

「殴られ続ける日々。」

「そうですか、殴り続け……られる?それはつまり特訓?」

「特訓かなぁ。あの話を聞かされた後だと、ただの折檻?とにかくウチには金が無いから、稼いで来いって言われ続けてたし。……俺の幼少期はあんま参考にならないかも。掃除とか洗濯とか、全部俺がやってたし。特に髪の毛については言われてたかな。絶対に地の色は出すなって。」


 予想通り、新時代の幕開けらしい。

 新国王が誕生したのだから、恩赦が出るという噂なのだ。

 即位式が行われたのか、それとも今から行われるのかは知らない。

 討伐対象にされているのだから、外出するわけにはいかない。

 いや、それも言い訳か、とイヅチは肩を竦めた。


「髪の色には気を付けた方がいいのですね。他には……」


 彼は何も考えたくなかっただけ。

 六つの柱の封印とその周りの祠の特徴は一人の人間を死なせるという意地悪なものだ。

 ならば、最後の封印だって同じようなものだったのだろう。

 一つだけ彼の言い訳を許すなら、実は国民目線では聖女が全員見えなかった。

 真横から見える取り巻きはともかく、聖騎士団を前面に押し出す式典は聖女が複数人いると一方的に宣言されたものだった。


「俺は物心ついた時から、拾われ子と言われていたから、参考にならないんじゃないかな。……生きていけるだけで感謝しかなかったからな。革命前の貧しい暮らしも聞かされていたし。実際、うちの村は誰もが食べること以上のことをしてこなかったから。」


 何も知らないんだから、それが当たり前と思っていた。

 でも、実は腫れ物だったと聞かされたら、全てがそうだったのかもと思えてしまう。


 ただ、今生きているだけマシ。


「とにかく、感謝していたと伝えてください。俺は今から買われてきます。」


 彼にも恩赦が出ている。

 ただ、それはある条件に基づいてのもの。


「あ、あぁ。そうでしたね。……宮廷庭師ですか。素晴らしいと思います。」

「そりゃ、どうも。じゃあ、デニーさん。二十年分の親孝行と甘えを楽しんでください。」


 本当に彼女が買いに来るとは。

 彼は肩を竦めて、綺麗に現れた体にラッピングをする。

   

「では、行ってきます。ジョージ、俺の飼い主の所に案内してくれ」

「了解。……そんな目をしないでよ。前とは違うんだから。僕たちにとっても——」

「久しぶりの商売だもの。そんな不貞腐れた顔はしないの!」


 リンダがネクタイを締めあげて、スーツの襟を正す。

 そしてジョージがイヅチの歪んだ頬を引っ張る。


「新しい王も来ているのか?」

「来ている訳ないでしょ?ここはボロボロの廃教会よ。」


 その言葉を聞いて、イヅチは肩を竦めた。


「なんだ。最初に言ってくれよ。豪華な馬車が停まってるから、身構えてたよ。」

「その代わり、すごーく怖いお姉さんが来ているけどね。」

「え……、それってつまり……」

「そうよ。君を二回もお買い上げしてくれるなんて、有難い話だわ。」


 弛緩した体が再び硬直する。

 暫く前まで自分に懸賞金を掛けていた女が迎えに来ている。

 王に買われたから、手出ししないと分かっていても、あの時の殺気は覚えている。

 いつか、彼女が歩いた廊下を彼も歩いて行く。

 触りたいと思えない壁と、歩くたびに軋む床板。


 そして、見えてくる銀髪の乙女。

 碧眼が見えない程に睨みつけている。


「あの時は死なせたくないと思っていたのに、まるで違う気持ちで君を引き取るとはな。」

「よく言う。結局、死なせようとしたくせに。」

「世界の為だ。その責務から逃げたお前に言われたくない。」


 あの時の彼女とは別人だった。

 この世界に神様が居たとしたら、人間を物としか思っていない。

 常に線路の上に人を立たせる世界。


 しかも、誰かから選ばなければいけない世界。


「本当に、これが正しいと思っているのか?」

「お前に分かる筈もない。お前に語る資格もない。」


 線路から逃げた人間は口を噤むべきらしい。


「待て。金属類は全て置いていってもらう。」

「俺、庭師なんだろう?」

「公爵様が用意くださる。」

「そうかい。じゃあ、これに乗ればいいんだな。」

「いや。貴様は特別に公爵様の実験体に乗せてもらえるそうだ。」


 彼女は馬車の遥か後方を顎で示した。

 その先を見た翡翠髪の青年は目を剥いた。


「な……んだ、あれ。あれが今回の革命ってことか?」

「喋るな。乗れ。」


 やはり、そういうこと。

 今回で一番得をしたのはあの男。

 だから、神ジョブスの神託を偽造した。


 鉄とギヤマンで作られた箱に乗せられる。

 大きな桶にタイヤとへんてこな箱が乗っている。

 その箱の前に御者の男が座っている。


「兄ちゃん。試作品だがよぉ。乗り心地は悪かねぇぜ。」


 御者は声を張り上げている。

 体に悪いそうな息を吐く鉄の箱の音が煩いからだ。

 王都までの道をこのクソ煩くて目立つ鉄の荷車で行かねばならぬらしい。


「全く。これも聖女の奇跡と呼ぶつもりか?」


 後に自動車と呼ばれるかもしれない乗り物に飛び乗り、雑に固定された椅子に座る。


「まだ、試作品だから馬車には負けるけどよぉ。まぁ、時間の問題だろうなぁ!」


 彼にとっては自慢の発明品なのだろう。

 ただ、明らかに退化しているようにしか見えない乗り物に、溜め息しか出ない。

 その溜め息と黒い煙が空を穢していく。



 ——そして、彼は腰を痛めながら、行く道の視線を一人占めした。



「おい、降りろ。王がお待ちになっているぞ。」


 ただ、街を出た瞬間にはすぐに降ろされた。

 白銀の聖騎士アメリアは視線を合わせずに器用にモノを言う。


「煩い。黙れ。喋るな。」


 そして、読心術もお手のもの。


「早くしろ。特別にペガサス馬車に乗せてやる……、奴隷の分際で気安く私を見るな!」


 その言葉に青年は目を剥いた。

 どうやら時代が逆行しているらしい。

 だから、仕方なく靴を脱ぎ、お貴族様の乗り物が汚れないようにする。

 リンダの話を覚えていて良かった。

 確か、ポケットの中にハンカチも入っている。

 誰に売るかで服装も違うらしい、が


「何をしようとしている?」


 首元に刃物が当たる。

 余計なことをしない方が良かったらしい。

 そして、白眼の女との空中遊覧を楽しむことなどできず、殆ど無心のまま王宮へと到着した。


「つまり……、俺は奴隷か。それはそうか。売られた身だ。」


 王宮についた瞬間、地下に連れられて、身ぐるみを剥がされた。

 せっかくのラッピングなのにと青年が兵士に白い眼を向けると、水を掛けられた。

 鉄格子の向こうには震える男たちがいた。

 おそらくだが自分一人のせいで奴隷制度が蘇ったらしい。


「勿体ない……」

「口を利くな!」


 そして何度も蹴られた。

 ここで幼少期からの訓練が役立つ。

 なるほど、アレは修行ではなく、服従させるためにやっていたのかもしれない。

 交代制で翡翠の髪の男を叩く男が入れ替わる。

 それでも倒れないものだから、今度はあの恐ろしい女の出番。

 流石に鋭い得物は使わなかったものの、現最強騎士様の攻撃や凄まじく、数十回殴られたころには意識を失っていた。

 そして、目が覚めると水を掛けられた。

 その男は目に入らずに鉄格子の向こうの女に目が行った。

 

「ゴメンねぇ。私はそのままでいいって言ったんだけど、の平民が王宮に入るにはでなくならないといけないんだって。しょぼーんだよね。反対したんだけど、それがしきたりなんだって。上皇も私の夫も、私のお父様もそうしなさいって。」


 きらびやかな服のやや金色の白い髪、翠眼の女がそう言った。

 有言実行の女、そういう意味では逞しい。


「じゃあ、後はこの二人に任せるから。幼馴染なんでしょう?」


 やはりここは新世界らしい。

 市民革命とはなんだったのか、と考えさせられる。

 そして山の麓ぶりの竹馬の友とのご対面。


「どうも庭師さん。ガチロ・ルルドだ。」

「マイネ・ルルドよ。気安く話しかけないでね。」


 わざわざ、自己紹介をしてくれた。

 この二人も何故か睨んでいる。


「……」

「挨拶もできねぇのか?」

「……よろしくお願いします。」

「態度が気に入らない。もっと泣き喚きなさいよ。慈悲を乞いなさいよ。」


 慈悲?

 泣き喚け?

 ならば、その条件を揃わせる為の情報が必要だ。


「シオリは無事か?」


 その瞬間、呼吸が出来なくなった。

 女が蹴り上げている。


「聖女様は見事に世界を救われました。」


 呼吸が整ってから、もう一度。


「どこかの王になっているのか。」


 今度は男の方に、突き飛ばされた。

 流石、貴族になられた方。

 石壁が耐えられずに崩れてしまった。


「顔が気に入らない。」


 女が何度も踏みつける。

 踏みつぶす。


 ——でも、二人には悪いが、今は何も感じない。


 感じられるわけがない。

 その後散々、痛めつけられた。


 その男はタンク役、そして攻撃役。

 その女はヒーラー、回復役。


 ぴったりの組み合わせだった。


 その二人の乱暴な作業により、ようやく王宮に入れることになった。


 ——彼女の命で無駄にもう一度生まれ変わった世界、俺は。

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