第33話 降り始めた雨

 ゴンザは申し訳なさそうに俺を見ている。

 それはロドリゲスも同じ。


 デニーに関しては複雑な顔をして俯いてしまっている。


「つまり俺の爺ちゃんと婆ちゃんの子供がデニー?」

「そういうことだ。デニーにはなかなか受け入れられない事実だから、今まで誰にも説明できなかった。」

「そういうこった。しかも俺たちの大恩人。マリー様とデニム様だ。そしておそらく 革命後、最初の討伐対象になった二人だ。理由は俺たちと同じだよ。二人も逃亡者だったからだ。」

「……だから私は物心ついた時からこの教会にいたのか。父と母が買い上げたこの教会に。」

「んでもよ。バレちゃいけねぇからな。バレたらお前を人質に取られちまう。当時最強の冒険者パーティ様が狙ってたんだぜ。」


 俺も複雑な顔をしたかったが、デニーが受けるべき愛を俺が独り占めしていたと分かった以上、何も言えなかった。


「でも、もうすぐ新時代が来る。そうなれば、伝えても良いらしい。……勿論、その判断はデニーに任せると。分かってやれ。あの二人が居なければ、俺達は鷹の希望団を作る資金を得られなかった。」

「へぇ。そんなに金持ちだったんだ?」

「その最強パーティの中の二人だったからなぁ。今よりもずっと景気の悪い時代だったが、ここを買い取れちまうくらいなんだぜ?……まぁ、俺たちが詳しく聞けたのは少し後だけどな。」


 革命後は誰が生きていて、誰が死んでいるかも分からない状態だったらしい。

 各地で争いも起きていたという。

 その混乱に乗じて、国の端っこの漁村の更に奥に隠れ住んでいた。


「……やっぱり、自己犠牲を求められる任務から……逃げたんですか?」


 俺の口調も敬語に変わる。

 まさか偶然にもこの鷹の希望団に……。


 いや、待てよ。


 鷹の希望団に入るっていうのはある意味で誘導されていた。

 デズモンドもそうだし。

 確か有名だった。

 いや、そんなことは関係ないのかもしれない。

 そもそも……


「理由は知らねぇよ。とにかく追われているもの同士、協力しあおうって誘われたんだよ。あの時期はそういうのが流行ってたからな。で、俺とロドリゲスはそこで知り合ったっつーわけよ。あとはマリー様とデニム様がこの団の運営方法を考えてくれた。いや、超有名冒険者パーティならではのやり方っつー感じか?デニー、大丈夫か?」

「はい。父と母のお蔭で生きて来れたのなら、それは愛がなかったわけではないです。それに……、私の命もかかっていたとなれば、恨む理由も見つかりません。ですが、あの期限切れの賞金首が私の両親だったなんて。今の私からは想像もつきませんね。」


 そしてここから話が大きく変わっていく。


「いやいや。当時冒険者の俺達なら分かるぜ。残虐非道で有名なベルモンド隊の良心って呼ばれてた二人だ。デニーは面倒見が良いだろ。そういうとこ、似てんのかもしれねぇぜ。」


 その言葉に俺は声を失いかけたが。


「それにあれだよね。ツッチーもデニーも畑仕事してたからそういうとこ似てるかも?ツッチーの場合は育ての親ってことになるけどねぇ。」

「……はぁ、そうですか。やはり愛されて……」

「いや、だからさっき言ったろ?二人にとっては憑き物だったって。地獄の十七年間だったって言ってたぞ。なんで助けたのか、覚えてないって。そいつのせいで人生棒に振っちまったって。……あ!す、すまねぇ。そのデニーの為に言っただけだから!」


 このロドリゲスの言葉で失いかけた声が復活する。

 確かに拾われ子だけれども。


「え?そこまで言ってたの?ソフ爺ちゃん、ソボ婆ちゃん。」

「当たり前でしょ。そんな適当な名前で自分たちを呼ばせるわけない。……それより、雲行きがおかしいわよ。色んな意味で……ね?」


 俺はソフ、ソボの話で気付かなかった。

 いや、本来なら一番に気付くべきなのに、色んな事が衝撃過ぎた。


 育ての祖父母が本当はいやいや育てていたこと。

 それはでも、当然かと思っていたから、そこまでではない。

 問題はベルモンドと関りがあったことだ。


 そしてうっすらとだが、革命とは何だったのか分かり始めていた。

 その思考のせいで気付かなかった。



 ——雨雲の匂いが窓の外から匂っていたことに。



     ◇


「それにしても、よくこの教会が許されたわね。だって、どう考えても匿われているじゃない。」

「んなことはねぇよ。世間はべらぼうに荒れてたからなぁ。食べもんもねぇし、病気を患ってるやつも珍しくねぇ。今よりももっとひでぇ状況だった。今でもその傷跡は残ってるだろ。エクスクラメイト王国以外は全然発展できなかったのは、そういうことだよ。」


 俺は窓の外を見ながら、鷹の希望団の五人の話を聞いていた。

 勿論、色んなことを考えながら。


「その頃からベルモンドが台頭しているのよね。産業革命……って話が出てきたのもその時期だっけ?」

「えー、リンダってやっぱ僕より年上——」

「違うわよ!勉強したの。だって、武器や防具も大体ベルモンド製でしょ?革命後の二十年で世界がガラリと変わったものね。」


 久しぶりの雨の音を楽しみながら、彼らは会話を続ける。

 その会話の発端となったのはイヅチだが、彼は切なそうな顔で雨雲を見つめている。


 そして、その気配を察したのか人々が足早に通り過ぎる。


「いやぁ。まさかこんなに見違えるとはなぁ。革命ってのはやっぱすげぇもんだ。」


 いや、問題はそこじゃない。

 もしもそれが本当なら、自分達がやって来たことの意味が無くなる。


「ベルモンド家はその厄災に似た状況を産業革命で克服したのか?」


 俺はその事実を確認する為に聞いた。


「今のこの国の発展はそういうことよ。科学技術の発展によって農耕技術が飛躍的に伸びて、それ以外の分野も発展を遂げたの。君が持っている農耕器具も——」

「いや。そうじゃない。天候魔法も手に入れたということか?厄災を押さえる医療技術もそうだ。最近頻発していた地震を押さえる技術も、その産業革命で手に入れたということか?」


 俺の言葉が強すぎたのか、リンダは白眼を向ける。

 そして顔を背けて頬を膨らました。


「だーかーらー!私は聞いただけなの!そんな歳じゃないんだから!」

「でもでもぉ。そういうことだよね?色んな技術が開発されて、僕たちの国が一番になったんじゃなかった?貴族制を廃止して、裏でブルジョワたちを取り込んだベルモンド政権が誕生したんだよね!」


 ジョージが嬉しそうにそう言った。


 つまり革命という言葉で全てが片づけられている。

 何も変わっていないのに、敢えて革命という言葉を用意した。

 国が荒れたのは貴族達のせいで、厄災ではなかったと思わせる為。


 二十年前に再封印が完了していた事実を隠す為。


 そして、その時に何かがあった。


「……どうしてそんなことを。」


 いや、ここまで来れば分かる。

 そして、既にそれが達成されたことも。


「あ、雨じゃん!やっと降ったわね。ほら、ずっと待ってたんでしょ。ツッチーも喜びなさいよ。」


 農耕スキルもそう言っている。

 雨が降ったのだから、水路を整えろと右手が左手が震える。


 いや……


 この震えは……




 ——自分への怒りだった。

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