第32話 式典後、廃教会にて

 あの式典から三日経った。


 俺はやることがないから、廃教会の畑を耕していた。


 いつになったら大農場主になれるのか、大農場主になったところで意味はなさそうだ。


 このスキルも今や宝の持ち腐れである。


「雨が降らないし、土壌も良くない。……収穫スピードが全然足りないから、配給もままならない。」

「君、そんなこと考えてたの?ここは教会じゃなくなって随分経ってるんだよ?だーれもここへ救済を求めには来ないさ。」

「そうねー。依頼も来ないし、買取客もこないし。」

「いえ、彼の行い、土いじりは——」

「デニーには聞いてないの!なんでデニーまで土いじりに目覚めているのよ。……ったく。閑古鳥さえ鳴かなくなっちまったってのにね。」


 不平不満を言う彼ら。

 コロンでの一件で、ここに入団すると殺されるというイメージがついてしまった。


 ——でも、そういう話じゃない。


「閑古鳥が鳴いている、いや鳴かなくなるお宝があるからだろ?……どうして突き出さない?」


 人を売る商売をしていたし、冒険者ギルドにも所属していたし。

 金策は、いや破格の賞金首が転がっている。


「馬鹿ねー。うちの団はそういう輩の集まり。前にも言った筈よ?」

「そうそう。人を売ることはあっても、それは新人育成の後。ほとんどの団員はどこかから逃げて来た傷物だよ。」

「ジョージとリンダは恐怖で逃げて来たのとは違いますがね。」

「はいはい。デニーは真面目に逃げてきましたもんね。デニーは偉い。デニーは凄い……、って感じだね。」


 そんな彼らに俺はため息を吐いた。


「あの二人になんか言われてんの?えっと前に俺たちに味方してくれたっていう……」

「そうよー。なーんでか、君を匿えって言われてるの。クエストも受けられない穀潰しをうちがいつまでも置いておく意味ないでしょ?」

「リンダちゃん?それ言っちゃダメって言われてるじゃんー。フィングさんも今は大変な時期なんだから」

「大変な時期?」


 確かに。

 彼らはクリスティーナに反目した。

 でも、シオリも聖女になった今、それはチャラになった筈だ。


 俺は何故かそのままだけど。

 いや、確かに俺が買われた金額と、逃げた事実、そしてよく分からないが疫病を振りまいたことになっている。


 シオリが聖女になったことでチャラになる項目が一つもない。


「そう。二十年以上前のような革命が起きるんじゃないかって、そっちで忙しいのよ。」

「君が畑を耕しているのも、実は僕たちが耕させていたってわけ。勿論、ただで配るわけじゃないけどねー。」

「さっき一アスタリスクにもならないって言ってたじゃん。って、あれ?」

「今はってことだよ。本格的な飢饉を待っているんだよ。ほら、ソルトレイク家が元の領地に戻ったでしょ?だから、ムツキ地区をレオパード家が買い取ったんだよ。それとガランドール家もね。」


 なるほど、ちょっとだけ嬉しい。


「君が耕しちゃった田畑があるから、あれは良いものだって。」


 聖女シオリの力で耕せるようになった土壌。

 それまでは痩せた土地だったから、彼女がいなければ存在しなかった畑たち。


「ゲハルト・ソルトレイクは簡単に売ってくれたらしいわよ。ゲハルトは天候に左右される農業より、確実に富を得られる工業にお金を投資したいんだって」


 何となく彼女と繋がっている気がしたから嬉しかった。

 でも、問題はそこじゃない。


「革命って……、もっと昔に起きたのかと思ってた。リンダさん、革命ってどんな感じだったんですか?……って、痛い。痛いんですけど?」

「当たり前でしょ。あたしを何歳だと思ってるわけ?」

「僕たちも幼かったから記憶にないんだ。……って、痛い!痛いって!」

「年齢バレしちゃったじゃん!馬鹿なのかな?私、今年で18歳だし‼」

「リンダ。嘘はいけませんよ。来年で三十路でしたか。なんとも甘美な響きではないですか。……って、痛いすぎです!というより、ゴンザさんに聞けば良いではないですか‼」


 なんだかんだで、平和な日々を送っていた。

 勿論、雨が降らないのと、頻発する地震に胸がざわついてはいたけれど。


 それにシオリのことが心配で仕方なかった。

 あの日、ゴンザの話を聞いていた時。

 突然、全てが変わってしまった。

 畏れ多いと知っていても、あの子ともう一度。



「あ?殺されそうになった頃について聞きてぇ?」

「いや。それを聞きたいって訳じゃなくてさ。リンダが何歳かって」

「違うでしょ!ジョージ、いい加減にして。そういえば、革命でなーにが変わったのかって知りたかったの。特にこの子がね?」

「あぁ。例のフィングが匿ってる野郎か。でもよぉ。俺ぁ革命の終わり頃しか知らねぇぜ。ま、あんときゃ酷かったな。今よりももっとひでぇ。みーんな腹空かせてよ。この教会に人が押し寄せて、暴動まで起きて、それで司祭連中が逃げ出したっつー話だ。」

「んで、この廃教会を旦那が乗っ取ったと?」


 この辺りの話はジョージもリンダもデニーも知らなかったらしい。

 そこに。


「んなわけないだろう。俺もゴンザも当時は逃亡の身だぜ?金なんてもってねぇよ。ジョージとリンダとは違うんだよ。」

「おや。ロドリゲス。久しぶりですね。とっくに逃げたものだと思っていました。」


 あれは今や話をすることも出来ない幼馴染の師匠。

 いや、そのロドリゲスさえ、弟子と話が出来るとは思えない。

 あの聖女たちを守る聖騎士団の中に二人は居た。

 

「逃げる場所なんて他にどこがあるよ。そもそも俺たちは逃げたもん同士の互助会みたいなもんだろ?」


 そういうコンセプトで鷹の希望団は作られた。

 ここまで来るとそれは嘘ではないのだろう。

 そして、確かにここに入ること自体は悪手ではない。

 幼馴染がそれを体現している。


「なら、今まで一体どこへ?随分、顔を出していなかったですが。ここしばらくは閑古鳥ですが、あの当時は忙しかったんですよ。確か、クリスティーナという聖女が現れた年は、彼らのような入団希望者が沢山いたんですからね。」


 デニーが彼に白い眼を向ける。

 聖女が生まれると分かっていた。


 ——分かっていた!?


 いや、それ自体はあり得ることだった。

 でも、この後、彼の言葉にイヅチは。


「俺達の大親父と大母さんの引っ越しを手伝ってたんだよ。しかもこっそりと。それも痕跡を残さすに。それを俺を含めて三人だけでだぞ?」


 イヅチは目を剥く、……いや、その前に大きな声がしたので、そちらに向けて目を剥いた。


「マジかよ!なんで言ってくれねぇんだ!おいおいおいおい、ロドリゲス、そりゃねぇぜ!」

「いや。お前の声がでかいからだよ。絶対にバレるからお前は連れてくるなって言ってたんだよ。あと、ジョージもリンダもデニーのような後発組だから、伝えるなってさ。」

「な。どうして私まで?」

「ってか、その人って僕たちも知ってる人?」

「私たちも知ってるって……、——まさかゴンザの元仲間とか?」

「全員外れだ。それにデニーには特に知られるなってさ。憑き物がやっと落ちたから、しばらくは夫婦で暮らしたいんだとよ。小遣いが手に入ったかなんかで。」


 この言葉で漸く、イヅチの目が極限まで剥かれた。

 

「……それってムツキっていう漁村の話?ソフ爺ちゃんとソボ婆ちゃん?」


 そして、今度はロドリゲスとゴンザが目を剥いた。

 更にもう一人


「ソフ、ソボさん?変な名前ですね。私と関係あります?」


 デニーは一人だけ違う反応をしていた。


「いや。それは俺も知らないが。でも偽名を使っていたのは間違いない。それにムツキであっている。……いや、そういうことか。成程。イヅチがそうだったとはな。済まない。この話をお前の前でするべきではなかったな。」

「分かっていたことだし。俺は拾われたってちゃんと聞かされてたし。それより爺ちゃんと婆ちゃんはちゃんと生きてんのか。それが聞けて良かったよ。」


 この時、興味を失ったリンダは窓から外を眺めていた。


 そして、彼女の気付きから事態は大きく変わることになる。

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