第31話 世界を救う聖女たち

 この世界の全ての人間が集まった。

 そう錯覚するほど、視界一杯に人がいた。


「気付いていると思うが、世界の様子がおかしい。」


 やはり王は気付いていた。

 聡明な彼女なら、それくらい気付いていてもおかしくない。

 逃げ回っていた私たちでさえ気付けた。

 六か国の状況を知っている王は知っている。

 六柱は再封印されていない。

 ただ、封印を解いただけ。


「伝承によれば、最後の柱の影響らしい。だから、今から魔王と呼ばれるミカドの大厄災の討伐へと向かう。心配する必要はない。ここに集まった聖女たちが必ずや厄災を鎮めてくれるだろう。……無論、それだけではない。道中も心配ない。我が国の聖騎士隊は必ず聖女たちをお守りする!」


 だから、世の中が荒れている。

 コロンもセミコロンもほとんど住めない状況になったのだ。

 いや、残る四つの国もじわじわと終わりに向かっているのだろう。


 私がいかないと世界が終わってしまう。


「……そこで王の責務は終わる。次の世界は帰ってきた彼女らに引き継がれる。」


 ここで視界を埋め尽くす人々がどよめいた。

 新しい世界への希望か、それとも今が変わってしまう嘆きか。

 歴史が変わる瞬間に立ち会えた感動か。


 ただ、ここで私は漸く気付けた。


 この方法では、社会は全く変わらない。

 次の世界と言いながら、結局は貴族が世を治める世界。


「……そういうこと⁉つまり——」

「聖女様。御静粛に!」


 三百年に一度、こうやって世代交代をするフリをする。

 そもそも、職業のでっち上げられている可能性さえある。

 民は世の中が変わったと印象をつけて、三百年間溜まった不満を発散、もしくは聖女という存在に釘付けにする。


 だから、曖昧にしか伝えてこなかった。



 ——でも、そんな簡単な事で驚く彼女ではない。



 ただ、彼に伝えたくとも、どこにいるのかさえ分からない。

 黒、もしくは緑の髪の男の討伐依頼が出ている。

 ここに居るのかもしれないし、いないのかもしれない。


 でも、手前側を元貴族達で固められていて、平民たちの顔までは分からない。


「シオリ様。聖女らしくしてください。」


 半眼で睨みつける一つ下の少女。

 それに聖騎士団の面々。

 公式な聖女になってから、ずっとこんな感じだ。


 聖女と言われた初日からこうであれば、何も思わなかっただろう。

 聖女とはこういうものだと、父と肩を並べて過ごしていただろう。


「あの……、お手洗いに」

「聖女はそんなことしないの。ほんと、なーんであんたが聖女に……」


 クリスティーナはずっとこんな感じ。

 ミンサという少女はおどおどしているし、セディナ、ロザリア、リリア、ティアラという白髪の少女たちも寡黙なのか、話をしているところを見たことが無い。


「——という流れです。それでは私たちが必ず、世界に秩序を齎し……、あぁ、そうだった。聖女たちが秩序を齎します。それと!個人的にですが、クエストを発注しておりますので、冒険者の皆さまは是非とも協力を!」


 騎士団長のアメリアの挨拶が終わり、私たちは王宮に戻される。

 因みに、ソルトレイク家はあの屋敷に戻ることが出来て、大忙し。

 だから、私は王宮で寝泊まりさせられている。

 そして、常に護衛という監視がいるから外出もできない。


「イヅチに言わなきゃ……。でも、どうやって」

「聖女様。……あまり彼奴の名を出さないように。疫病を振りまいた男ですよ。スムーズな新世界への移行の為にも穢れのない聖女様でいてください。」


 完全に行動を封じられている。

 そして、この状況。

 身に覚えがありすぎる。


「……分かりました。ただ、貴族暮らしを暫くしていませんので、練習に付き合って頂けませんか?」

「練習?そんなもの必要あ——」

「必要です!それに王宮の庭園でお茶をするだけです。作法の確認くらいさせてくださいませ。……それとも、私を閉じ込めるおつもりですか?」


 閉じ込めるつもりなのは理解できた。

 そして、罠に嵌められたことも。

 だから、それを悟られないように彼女は動く筈だ。


「庭園内なら……、私もご一緒しても?」

「えぇ、勿論です。」


反応も予想通り。

後は、……私自身の命を諦めるだけ。


「茶菓子をご用意して頂けますか?……いえ、聖女になったのですよね。もっと豪華なものにしましょう。フルーツの盛り合わせをご用意頂けますか?」

「……分りました。手配させます。」


 そして、これも予想通りの行動。

 彼も言っていた。

 死なせるという罪悪感からか、色んなものを買ってくれた、と。


     ◇


 聖騎士団はアメリア隊とグリーグ隊、そしてガチロとマイネの12人が中心になり、六人編成のパーティ五組が後ろからついてくる。


 つまり六人編成のパーティが七つ。

 ぴったり、七人の聖女と揃っている。

 一人の聖女を守るために六人の精鋭が揃っている。

 なんと、豪華な護衛だろうか。


「もうすぐ着くわよ。この中だとシオリ様が一番先輩ですよね?やっぱり、はじめの一歩は先輩が相応しいと思うんですの!」


 白々しいクリスティーナの態度。

 そして取り囲む十二人のS級冒険者。

 しかもグリーグ隊は二年前にシオリを人身御供にした張本人だ。


「クリスティーナ様は入られたことがあるのですよね?でしたら、私がはじめの一歩ではないのでは?」

「何を言っているんですか。そんな失礼なこと致しません!私が入ろうとしたところに、お父様が使者を送って来たんですのよ?」


 どうしても半眼で睨んでしまう。

 そんな筈がないから、聖女が複数人いたことにしたのだ。

 第一、彼女は世界を救う為に旅立った。

 そして嫌な予感がしたから、引き返して来たのだ。


「中に魔物はいないんですよね?」

「えぇ。精鋭たちが倒してくれましたから!」


 あからさまな嘘。

 自分の非力さに溜め息が出る。

 戦う力を与えられない聖女。

 その気になれば彼らは自分を八つ裂きに出来る。


 そして、何故か分かってしまう。


 ——数日前に初めて会った同じ髪色の五人は人質、もしくは協力者


 あの廃教会に家族を連れてこられた時点で詰んでいた。


「そう、それなら私が入っても大丈夫ですね。」

「はい!そうです!そうなんです!」



 でも、心配要らない。


 いや、自分の命は諦めたのだから心配も何もない。


 今はこの巨大な祠、いえ施設を私の目で見ておきたい。


 ここがそうに違いない。


 三百年前に世界が終わりかけたのは間違いない。


 流石にそれは疑いようのない事実だ。


 三千年も歴史がありながら、あまりにも人間の数が少ない。


 ずっと入れなかったこの施設に、その秘密が隠されている。


 四方には贅沢品であるギヤマンの壁が広がっている。


 それに見たこともない記号が並んでいる。


 これこそが『あの革命』に繋がっている。


 絶対に許してくれないのだけれど、許されるなら彼と——

 

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