第28話 名を遺す者

 一人の子供が母親に口を塞がれている。

 ただ、そんなことを知らない離れたところの少女が言う。


「あれ、リンゴより甘いの?」


 更に別の場所から。


「お姉さんがくれた『おむすび』の方が美味しそう!」

「バーカ、アレは緑のオジサンが作ったんだろ?」

「その帽子おじさんがお姉さんのお陰で採れたって言ってたもん。それにお姉さんが握ったおむすび美味しいもん!」


 二分された群衆に大きな違いがあるとすれば、貧富の差と年齢差。

 貧しい者は多くの子供を抱えていることが多い。

 職業で縛られている、本当に全員?


 セミコロン王国での隠れ里のように、この国にも頭数に入っていない人間はいる。

 あの儀式がある限り、それは十分にあり得る。


「……って、俺はおじさんでシオリはお姉さんな訳⁉麦藁帽子のせいだよね?老けてはないよね⁉……ん?そういえば俺のジジババの姿がない。」

「あ……、そか。イヅチの御爺様と御婆様もここにいたのよね。」

「うーん、大丈夫だと思う。俺の目から見ても変わった二人だったから。何故か俺に武道を学ばせてたし。職業が決まってもないのにだぞ。んで、農家になったって連絡したら、冒険者になって金を送れって言うような老夫婦だぞ。」


 育ててくれて感謝はしている。

 それに勿論、家族として愛している。

 ただ、普通の家かと言われたら自信がない。

 他の家とかなり離れているから、友人と遊ぶのも苦労した。

 彼らには家族がいなかったが、家は無駄に大きくて、お金があるのかと聞いたらないと答えたり。

 そも、彼らは村人との交流を避けていたように思える。

 何より祖父母の職業が分からない。


「イヅチ君よね?髪の色が変わってて分からなかったけど。……って、それを言いたかったんじゃなくて、ソフさんとソボさんの姿が見当たらないの。それに家がどこかも分からなくって……」


 その言葉に緑の髪の青年は首を傾げた。


「ん、多分。二千万持って引っ越しただけでは……」


 と、返事をしたら、壮年の女性は納得して人ごみに戻っていった。

 そして気が付けば、白髪の少女が半眼で睨んでいる。


「いや、あの人は別に……」

「当たり前よ。そんなの気にしてないし。それより、そろそろ教えてよ。イヅチは何者なの?この世界にそんな髪の色の人間はいない。」

「それを言ったら真っ白もいないじゃん。」

「真っ白は珍しいかもだけど、白っぽい人は何人か見たでしょう?」



 そんな会話をしているとは知らず、クリスティーナは青年を睨みつけた。


「どう!私の力、見たでしょ?破邪の力よ。厄災を封じる力を持っているのは私、分かった?」


 確かに、彼女の力は彼が一番最初に思い描いていたものに違いない。

 きっと、当時であれば心からの賛辞を贈ったであろう。

 勿論、それは今だってそう。


「凄い、凄い。アメリアさんとくらい凄いな。流石は聖女様だ。……え?この髪の色って珍しいの?でも、反対側……、ピリオド王国だっけ。そこら辺にいるんじゃない?」

「……いないわよ。私の兄がそっちに婿養子に出てるって言ったでしょ?そんな髪の色の人種がいたら真っ先に報告してくるわよ。」


 男はチラリと見ただけで、直ぐに隣の女との会話に戻ってしまった。


くらいってどういう意味よ!全然違うでしょ!私は聖女!王の器なの!」


 すると青年は本当に面倒くさそうに、彼女を一瞥した。


「凄いって言ってますが。ほら、みんな感動してるじゃん。凄い凄い。ほら、みんなもお姉さんに凄いって言ってやれ。」

「えー。お菓子くれる方が凄いもん!」

「あれ、食べられないよね?」


 そして、未だに子供たちの愚かな声が聞こえてくる。

 だから、少女はガキにブチ切れた。


「ったく、さっきからいちいち煩いガキども!食べることしか考えていない不届きもの。私はそんな次元の存在じゃないのよ!……あ、そう。価値が分からないなら教えてあげる。そんなに言うなら、この魔法を食べてみなさいよ。案外美味しいかもよ?あんな灰しか出さない女と私は全然違うの‼」


 そして本当に子供に向けて両手を翳してしまった。


「クリスティーナ!いい加減にしなさい。あんたはまだ王ではないのよ。アーノルドも聞きなさい。セイラは……、やっと理解したみたいだけどね。」

「はぁ?今はそんな話してないでしょ?お父様、アーノルド、彼らに御菓子を振舞いなさい。それで解決でしょ。さ、これで解決でしょ。」

「そ、そうだね。クリスティーナ。」

「ふむ。直ぐに用意させよう、聖女様」


 クリスティーナは頬を膨らませて、現国王を睨みつけた。


「要は私が王になったら好きにしていいってことでしょ!」

「……確かにその通りだ。それまでは私が王、だからこの勝負はそれまで私が預かることにする。」


 ブチ切れている一番の理由はあの男の態度だ。

 子供はまだ分かる、頭が無いのだから。

 でも、あの男も子供レベル?

 いや、単に自分に興味を抱かなかったのだ。

 だから、クリスティーナは宣言する。


「偽聖女シオリ!私が王になったら、あんたを奴隷にする。そしてあんたからその男を取り上げてやるんだから、覚えていなさい!」


 実際、喝采の数と音量で比べるとクリスティーナの圧勝だった。

 あの二人はさておき、この国の主要人物も彼女を称賛した。

 だからこそ、苛立って仕方なかった。


「さ、そろそろ行くわよ。——世界を救いにね。アメリアさん、次もよろしくね。」


 そして聖女クリスティーナの退場、王の退場により山の麓に集まった人が少なくなる。

 イヅチは畑を見やったが、そこに幼馴染の姿はなかった。


「あー、あの二人はなぁ。夫婦で英雄になりたいんだとよ。……いや、もう二人もか。平民上がりの英雄、確かに伽話で語り継がれるだろうなぁ。お前さんも小さい頃は考えてたろ?」


 フィング・レオパードがイヅチの視線に気づいたのか、そう言った。


「……そりゃ、そうだよ。」


 確かに英雄願望はイヅチ少年も持っていた。


「んじゃ、ネイル行こうぜ。ジョージとリンダをとりあえずぶん殴っとこうぜ。」

「おい。お前、アレを許したんじゃあ。」

「んな馬鹿なことがあるか。それを軍資金にこの街で相当儲けてるらしいじゃあねぇか。ボチボチ回収と行こうぜ。んじゃあな、お前らも頑張れよ。」


 彼らも立ち去る。

 あんな態度を取ってしまったら、王国軍として行動できないし、先行きの心配もしなければならないのだろう。


「きっと……、大丈夫です。俺、なんとなく……」

「あぁ。分かってるさ。お前の気持ちもなーんとなくは分かる」


 イヅチ少年も別の職種についていたら、ガチロとマイネと一緒に向かったのだろうと思うと寒気がする。

 結局、この世界はジョブスの導きによって決まる。



 でも。



 それでも。




 ——シオリと共に作物を収穫することこそが、その道に一番近い気がする。




「歴史に名を遺す英雄と、語られない英雄……か。」




 そして彼女も。


「私の名前は残らない、というより消えてしまう。家だって取り潰しになるだろうし。イヅチは雇われるみたいだけど、私は……その後は奴隷だって。私、逃げちゃおっかな。」

「俺がそんなことさせるわけないだろ。それに逃げるなら一緒に……だよ。」


 彼ならそう言ってくれると思って言った。


 こんな自分が聖女だとは思わない。


 ただ、自分に出来ることを一生懸命やることが、一番自然な気がしていた。



「イズチ、行こう。畑、荒れちゃったもんね。」

「そうだった。全く、あいつら全然分かってない……、——って、そういえば」


 彼はそう言って、地面の一部を掘って果実の種を埋めた。


「あれ、そこって……」


 あの場所は確か、そう思った。

 すると彼は空を仰ぎながらこう言った。


「せっかくシオリが全力を出してくれたんだ。後は雨が降れば……、——誰かの希望が実る……だろ?」


 ただ、彼はいつまでも空を見るのを止めなかった。

 だから、私は言ってやるのだ。


「格好つけすぎて、逆に寒いわよ。」

「ちょ、寒くはない!寒くは!」


 そして二人で山に登り、案山子を用意していた畑に戻る。

 この畑もダミーだが、ダミーでも畑は畑だ。

 彼曰く、子供の死亡率が高いのは殆どが栄養不足からだという。

 老人が長く生きられないのも、食料が足りていないからだという。


 ならば、私は宣言するべきなのだ。


「私は地味な聖女として、いっぱいいっぱい畑に栄養を送るね!」


 すると彼は——


「うん。それが今の俺達に出来る………………、——え?」


 突然、神妙な顔つきになってしまった。


「どうしたの?……やっぱり私の力じゃ」

「それは違う!……今、シオリが言ったこと。」

「ん?いっぱい畑に栄養を送る……こと?」


 その瞬間、私の手を彼は握って走り始めてしまった。


「地味な聖女!……シオリ、走りながらで悪いけど、この国に伝わる伝承を教えてくれないか?」

「え?伝承って前にも話したでしょう?」

「確認しておきたいんだ。……もう、遅いかもしれないけど。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る