第27話 聖女vs聖女

 翡翠色の男は肩を落としながら、真横の女にごにょごにょと言っている。


 そして、女は一瞬だけ頬を膨らませたが、真っ白なその腕を徐に掲げて、観衆に向けて手を振った。


「わー、聖女様生きてたぁ‼」

「なんだよ、心配かけさせやがって!」


 一部から歓声が上がる。

 彼女たちを追いかけるように、二人の元貴族の女が揃って、ここで大半の貧困層に対するQ.E.D.が完成した。


「王。ご配慮いただき有難うございました。」

「良い。孫は可愛がるものじゃ。……のぉ、アーノルド。」

「く……、クソ。僕たちが頑張っている中で、本丸を襲っていたとは……」


 そしてこれは、翡翠の少年の幼馴染、アメリア達、聖騎士団に対するQ.E.D.の提示でもある。

 噂の偽聖女と農夫の存在を目の当たりにしたのは今日が初めて。

 先は感情任せで動いていたが、今になってその事実が彼らに重くのしかかる。


「……兄上は死んだのに、どうして貴様らは生きている‼」


 そう、即ち彼らにとっては受け入れられない生存である。

 だから、気が付いた時には体が動いていた。


 いつからか、彼女は変わっていた。

 兄が生き残れなかったのだから、祠の封印解除で死ぬのは当たり前。

 助けようと思っていた感情もどこかへ消え去っていた。


「お前は死んでないといけないんだ‼——フェニックスブレイド‼」


 アメリアの妙な動きはイヅチも察知していた。

 ただ、狙いが分からない。

 このままシオリを殺すつもりかもしれない。


 ———くそ!迎え撃つしかないのか‼


 アメリア自身の刀身さえも溶けかかっている猛火、それがペガサスよりも早く飛んでくる。

 まさに火の鳥にしか見えない。


「……何?」


 ベルモンド製の大斧が悲鳴を上げる。

 そして、青年の翡翠色の右前髪が燃える。


 だが。

 白銀の騎士の攻撃はそこで止まった。


「アメリア!てめぇ、何やってんだよ‼」

「ユリウスさんはそんなことを望んでないわよ!」

「主ら。我らにも思う所はあるが、アメリアから離れてくれ。」


 アメリアを止められるのはアメリア隊だけ。

 けれど、彼らの心境も複雑極まりない。

 それにアメリアが本気を出せば、目の間の男と女はあっという間に絶命する。


「イヅチ……、私……」


 イヅチは動けない。

 自分が腰が抜けそうなのもあるが、少女が後ろで怯えていたから。

 彼女が震えながらしゃがみ込んでしまっている。

 いや、彼女だけではない。

 彼女の母と姉も同じく、ガタガタと震えて地面にへたり込む。


「これが……、S級ねぇ。おっそろし。ネイルの旦那。俺はこっちにつくぜ。」

「ま、道理ではあるな。」


 イヅチにも見覚えがあった。

 この二人はガチロとマイネを買った男たちだ。

 そして。


「ってか、どっかにいるんだろ?ジョージィィ。あとリンダもぉ。」


 どこかで聞いた名前、いやこっちの方が良く聞いた名前。

 今のイヅチに判断が出来るかどうかはさておき、ジョージは鷹の希望団の営業担当であり、リンダもそれは同じである。

 そして、ネイル隊とのコネクションを作ったのもリンダだ。


「えー?ここで僕たちを引き込むぅ?」

「絶対に危険な場面じゃないの。」


 確かに居て当たり前の存在だった。

 クリスティーナな王都からも人々を引き連れていたのだから。


「あん時のてめぇらが盗んだ金の件はチャラにしてやっから、このご婦人方をお連れしろ。」


 イヅチにとってはどう考えれば良いのか分からないジョージとリンダだったが、彼ら自身には直接何かをされた訳ではない。

 ともかくシオリの家族の身の安全が大事だった。

 それほど、アメリアの顔は憤怒で満ち満ちている。


「だが、フィング。流石にこの二人は残って貰わないと俺たちが危ないぞ。」

「わーってるって。おい、お前ら……、———って新人君たち、めっちゃくちゃ上司の俺たち睨んでない?いや、俺たちっていうか、君をかな。……君、何か恨みを買うような真似した?」

「い、いえ。……俺にもよく分からないんですけど、俺が逃げちゃったことと関係があるの……かな。」


 そこで濃紺の髪の男、先ほどフィングと呼ばれていた男が右こぶしでポンと叩いた。


「あー、あれか。あいつら必死にあの儀式をやってたからなぁ。アメリアさんと同じね。……己の正義を壊された的な?」

「あ、あの……。ガランドール家とレオパード家の方……ですよね。どうして……」

「敵の敵というやつだ。ガランドールはアーノルドの体制を望んでいない。が、今まではその選択肢しかなかったから、仕方なく協力してきた。だが、違うのだろう?ソルトレイク家は。」


 さて、ここでもう一人。

 今の状況に怒髪天を突く女性がいる。


「何なの?あいつなんなの?なんであんなイケメンと一緒にいるの?麦わら帽子の男って、あんなイケメンだったの⁉」


 世界がどうとか、聖女がどうとか以前の段階でご立腹だった。

 黒髪の農夫と聞いていたから、てっきりモサモサもさい男を想像していたのに、アレはどこからどうみても王子様だ。


「偽聖女!やっと姿を現したわね。さぁ、土下座死にしなさい。あんたのせいで厄災が終わんないのよ!」


 とりあえず、あの女のせいにしてみる。

 ただ、その女の王子様がここで意味不明な話をする。


「待ってくれ。どうして聖女は一人って決まっているんだ。それに聖女なら多い方がいいんじゃないのか?」

「イヅチ……それはだって。」

「はぁ、なるほど。顔は良くても頭は残念なのね。この世界はもうすぐ大厄災によって壊滅的な被害を受けるのよ。その大厄災を止めるのが聖女!そう決まっているんだし、今までだってそうなんでしょ。ねぇ、お父様。」


 事態は未だに緊迫している。

 ただ、実は環境に変化が起きている。

 あの二人、ネイルとフィングがあちら側についたのが大きかった。

 彼らは少しずつ、イヅチとシオリをアメリア隊から遠ざけている。


「おい。俺たちも……」

「僕もあっちに行きたい」

「私も!」


 革命が終わったとて、貧富の差は埋まらない。

 特にこの国はベルモンドが実質的な権力者だった。

 だから、偏った政策は封建時代よりも遥かに貧富の差を生むものだった。


 ——そして気付けば、二人の聖女によって群衆は二分されていた。



「良い考えがあります!我が娘……、いや娘というのも畏れ多い方、聖女クリスティーナ様と、そちらの聖女で力比べをしませぬか?」


 ここで普段から農具でもお世話になっているオズワルドベルモンドの登場である。

 彼こそがこの国の行政の事実上のトップであり、一時期はソルトレイクに肩入れをしていた人物でもある。

 そして、彼の申し出は明白であり、シオリが一番触れられたくないところである。

 ただ、イヅチにとってはシオリこそが聖女なのだ。


「シオリ。大丈夫だ。力を見せてやれ。」

「……うん。私、もう大丈夫。」


 いつか王の前で嘲笑された時とは違う。

 いつか隠れ里で絶望された時とも違う。


 とはいえ、イヅチもクリスティーナの力には興味があった。


「先にシオリが力を使う。……でも、それで終わりはなしだ。正式な聖女様っていうなら、その力をここで見せて欲しい。」


 その力によっては、今後の対応も変わるというものだ。

 もしも彼女が——


「当たり前でしょう?ほら、偽聖女シオリ。早くしなさいよ。レベルが上がって奇跡も倍増しているでしょう?期待しているわ。」


 そう、レベル、ランクという概念も意味が分からないのだ。

 これこそ、まさにどちらが正解か分からない理由の一つでもある。


「……分かった。私の全力をここで見せる。——見ていて、イヅチ。これが私の全力!」


 そこで男の名前が出てくることも、クリスティーナ的にはムカついて仕方がない。

 ただ、その怒りは直ぐに収まり、溜飲さえも下がる。


 ——シオリの手から出るのは相変わらず灰のような何か。

 


 だから、失笑、嘲笑、大爆笑が彼女の周りから巻き起こる。

 何なら、あちら側からも落胆の声が聞こえる。


「え?マジであれだけ?あれでよくも聖女様を騙ったものだよ。」


 アーノルドおじさんがそう言った。


「いやはや、噂に聞いていたけどこの程度なのか。」


 あちら側についた筈のネイル・ガランドールとフィング・レオパードでさえ、そう言ってしまう。


 なんと気持ちの良い瞬間だろうか。

 だが、となりのエメラルド色の髪のイケメンが大真面目な顔なのがやはりムカつくが。


「ねぇ、貴方。良く自信満々な顔が出来るわね。でも私の力を見たら、どうかしら。——そちら側についたことを後悔するんじゃない?なんなら、私のペットにしても良いけれど。専属庭師として雇っても良いのだけれど。」


 それでも彼は顔色一つ変えない。

 そして。


「真の聖女の力、俺も興味あるから見せてくれ。」

「あら、やっぱり私に興味があるのね。よく見ていなさい。これが私の力、全ての邪を払う清き力。————ホーリークリスタルディメンション‼」


 クリスティーナは両手を鷹揚に掲げると、空中に光の柱を立てた。

 そして、その中にキラキラと輝くクリスタルを出現させた。

 同時に巻き上がる歓声。


 彼女のテルワーの紙に書かれた文言は正しく破邪の力。

 手から何かが出るではなく、明確なる力が書かれていた。


「本当はこれが破裂して魔物を撃ち抜くのだけれど、今は危ないからやめておきましょう。さて……」

「おおおおお!す、すごいぞ。クリスティーナ!まさに聖女!まさに世界の王!」

「やっぱり聖女様だ!」

「有難い!有難い!」

「俺、今日の事一生忘れない!」


 拍手喝采の中だから、誰の発言かさえ分からない。

 もしかしたらあの男も称賛しているのかもしれない。

 だが、いきなりどや顔を見せるのも趣がない。


 え?これが当たり前ですけど?


 という顔をするべきだ。


 少なくとも、地鳴りがするほどの興奮状態だ。

 だから、もう少し。

 もう少し。



 ——ただ、この拍手と歓声の中。


 

 子供の澄んだ声が、見事にこの大人たちから発せられる雑音を突き抜けるのだ。





 「お母さん。何アレ、美味しいの?」

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