第26話 畑への急襲

 それはイヅチとシオリがぼんやりと空を眺めている時に訪れた。


「——アンダーザヘルフレイム!」


 どこからか男の声が響き渡り、土嚢の一部が爆散した。


「シオリ!これは!」

「間違いなく、あの男の魔法。やっぱり私たちに気付いていた!」


 一応の目隠しとして土嚢を積み、そしてその内側には柵を設けていた。

 その一部が人外の力によって、あっという間に風穴があいたのだから、二人に為す術はなかった。

 イヅチはそれを見て、さらに土嚢を積み重ねる。


「シオリ!安全な場所へ。」

「イヅチも逃げて!あいつら容赦しないわよ。」

「俺の代わりは誰でも務まる。——でも、シオリの代わりは誰もいない!」


 実際にその通り。

 確かに農業スキルを持っているが、それは結局努力すれば、知識さえ得られれば、人でさえあればどうにでもなる。


「恰好つけてんじゃねぇぞ!この卑怯者!——獣脚雷撃槌‼」


 鈍色の髪が空を舞う。

 そして翡翠色の男は吹き飛ばされる。

 以前のように頭部への攻撃ではなく、一応は殺さない攻撃。

 回し蹴りの要領で男の胸部を強く蹴った。

 それでも当たり所が悪ければ死んでしまうのだが、力加減に抜かりはない。


「シオリ!安全な場所へ!」


 吹き飛ぼされながらも彼は懸命に立ち上がった。

 そして、別の詠唱者に向けて走り始めた。


「ゴメンね。これも世界の為なの。私たちの聖女様は正しいのよ。——シャンデリ・アロー!」

「俺たちの畑を燃やすんじゃない!」

「イヅチも逃げて!」


 炎の散弾を翡翠の彼は真正面から被弾をした。

 後ろに畑があるのだ、これは流石に避けることが出来ない。

 だから、イヅチの体は炎に包まれた。

 でも、彼は倒れない。


「ふーん。そういうところには根性出せるのね。だから、お姉さんが楽にしてあげよっかぁ!——ホーリーショット!」

「イヅチも逃げて‼‼」


 光の槍の複数掃射。

 しかも、翡翠の青年、畑、白髪の少女が真っ直ぐに並んだ瞬間をサラは狙った。


 ——だが。


 サラはその魔法を途中で打ち消してしまう。


「何なのですか。自分の体を盾にしてまで、その男を?偽聖女の殺害はまだ認められていないのを知っているの?」


 そしてそこで出来た隙を狙って、二人は再び土嚢の壁を次々に置いていく。


「ネオンさん!ここは俺たちが!マイネ、行くぞ。あいつだけは許さねぇ!」

「つっちー。悪いけど、痛い思いをさせてあげる。自分だけ安全圏で偽善者ぶるな‼」


 イヅチ、シオリは山の上で畑を作っていた。

 一応、土壁などでカモフラージュはしていたが、流石に山の上は目立ち過ぎた。


 だから、聖騎士団と名を変えた彼らに見つかるのは時間の問題だった。


「シオリ、逃げろ!」

「逃がさねぇよ!お前はただの農夫だろうがっ!」


 ランクが上がり、重装歩兵となったガチロ。

 そして、同じくランクが上がり、戦場の歌姫となったマイネ。

 直接恨みはない。

 それはでも、ここにいる騎士団全員に言えることだろう。


 ——だが、彼らを否定しなければ、偽善者を屠らなければ。


「戦場の歌を彼の盾に!」

「サンキュ、マイネ。愛してるぜ。」

「って、そういうのは今はいいから!」

「分かってる!潰れてしまえ、このクソ雑魚が‼——大楯圧殺‼」

「シオリ、逃————」


 彼らが戦えないとは知っている。

 でも、この上なく厄介な存在なのも知っている。

 だから、ガチロは幼馴染を強化された大楯で圧し潰した。


「ガチロ、マイネ。そこまで。聖女様からお話があると言ったでしょう?」


 そこでアメリアがガチロ達を止めた。

 そう、ここは非常に見晴らしの良い場所なのだ。


「あぁ。偽聖女は駄目だぜ。ここで本物の聖女と見比べてもらわにゃならないからな。」

「左様。その為の準備は整っている。移動に少し手間がかかったが、最も得体の知れない農夫を倒したのなら、問題はないだろう。」


 クリスティーナの父が後ろから山を登っている。

 そして、その後ろにはエクスクラメイト王国の国民の姿があった。

 更に、その中心にいた美しき少女は言う。


「……私は今、胸を痛めております。あれほど偽聖女に気をつけろと……。先までの戦いも拝見させていただきました。……逃亡兵というお話でしたが、とても勇敢に感じました。……残念です。それにやはり世界を救うにはあまりにも弱すぎる。私を慕ってくださる新兵にも劣る。いえ、彼は世界を救う騎士。当たり前かもしれませんが。」


 そこでガチロは群衆に向けてアピールするために、自身の両親にマイネの両親にアピールするために槍を、盾を掲げる。

 大事なのは両親の口からはシオリとイヅチの名が出なかったことだ。

 いなくなってしまえば、その全てが自分たちの功績へとすり替わる。


 だが、マイネはぐちゃぐちゃになった翡翠の青年を見て、怯えていた。


「……つっちーの」

「——さて!以前にもお伝えしたと思うのですが、偽聖女は厄災を齎します。今日はセミコロン、コロン、両国の王に来て頂いております。まずはコロンの王。」

「はい。私の国は聖女だと騙った女により、国が失われてしまいました。」

「それはお辛かったでしょう。ではセミコロン王。」

「はい。私の国は疫病が蔓延し……、——町の噂ではシオリという女が妙なものを作っていたと。……ですが、聖女様————」

「そこまでで結構です。近衛の皆さま。彼女たちを安全な場所に送ってくださいね。」


 そう、既にベルモンド家には、セミコロンの聖女伝説の噂も入っていた。

 だから一刻も早く六王国を掌握する必要があったのだ。

 

「つーわけっすよ、お婆様!こ、国民が食わされたのは毒だ。全く卑劣な偽聖女もあったもんだぜ!ソルトレイクがここまでする連中だったとはねぇぇ。」


 小高い丘の畑を囲っていた土壁は全て、聖騎士団によって崩されている。

 だから、ここからでも良く見える。

 1mmも物怖じしていない白髪の女の顔が。


「さぁ、シオリ・ソルトレイク。そろそろ化けの皮を剥がしたら如何かしら。聖女の前に跪きなさい。そうすれば慈悲を与えても宜しくてよ?」


 慈悲と言っても、極刑は免れない、言外に彼女の目は語っていた。


「クリスティーナ様が相手でも、私はこの畑は守ります。」


 だが、白い髪の女は、無表情でそう言っただけ。

 流石に聖女クリスティーナのこめかみに血管が浮き出てくる。


「畑などと、また意味不明なことを!そこで作っているのは————」


 が、その時だった。

 マイネがアメリアに駆け寄ったのだ。

 聖女がまだ話をしている途中だというのに。


「アメリア様!イヅチの体の様子がおかしい!」

「は?おかしいってそりゃ……俺がぶっ潰したからで————」


 ガチロはそう言ったが、アメリアの動きは俊敏だった。


「ダメです。この畑は傷つけさせはしない!」


 女がそう言った。

 だが、白銀の騎士は躊躇わない。


「成程、謀ったな。——ファイアソード!」


 そして、白銀の女騎士が白い髪の女を焼きながら撫で斬りにする。

 と、同時に斬られた女は膝から崩れ落ちる。


「キャァァァァァァァァァ!」

「ウワァァァァァ!」


 その瞬間、ふもとからは悲鳴が上がる。


「殺した!あいつ、聖女様を殺しやがった!」

「抵抗もしていないのに、ただ畑を守っていただけなのに、何の躊躇いもなく……。鬼‼悪魔!人殺し!」


 国民の一部がどよめいた。

 男の方もそうだった。

 彼は抵抗の意志を示さなかった。

 そして彼女は……


「落ち着きなさい!アメリアは優秀な製騎士です!アメリア!彼女が抵抗を見せたのですよね!」


 クリスティーナも突然のことに戸惑いが隠せない。

 だが、そんな大混乱に陥った群衆をアメリアはうろんな目つきで見降ろした。


「抵抗はしていない。でも、抵抗しなさすぎです……、———そこの麦わら帽子の二人組!お前たち、そこで止まれ!」


 その言葉にどこかへ立ち去ろうとしていた麦わら帽子の二人の肩が跳ねる。


「初めからここはフェイクか。私たちの顔に泥を塗ろうとしたのか。この木偶。土人形で騙されると思うなよ!戦えもしない農奴の分際で!」


 一国に響き渡らんとする怒号。

 流石に麦わらの二人に視線が集まり、彼らはゆっくりと振り返る。

 そして。


「……だから、早く逃げようって言ったじゃない。」

「いや、だってあそこも大事な畑なんだよ。それに俺たちがちゃんと死んだことになるか分からなかったし。」


 と、ごにょごにょと二人だけで会話をした後に、二人は麦わら帽子を脱いだ。

 翡翠の髪と雪のような真っ白の髪。


「アメリアさん。木偶は酷いなぁ。それは案山子スケアクロウですよ。ほら、俺農夫だから。」

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