第25話 聖女の仕事
ガチロ、マイネは故郷に辿り着いていた。
最初に行ったのは両親の無事の確認。
それは最初に出会った村人から簡単に聞き出せた。
ならば、次は海の話。
そして、自分たちが恋仲であることを伝える話。
だからまずはガチロの家に向かった。
「そっか。海は時々、こういう色になっていたのか。で、それは大丈夫なんだよな?」
「……この色に染まった場合は無理だよ。昔はもう少しマシだったんだが、最近は頻繁に起きている。」
「山の神さんが起こっているんでしょうね。最近、また新しい鉄巨神?鉄人?よく分からないけど、山に穴をあけているらしくてね。」
どうやら漁には出れていないらしい。
そして、どうして山に穴が掘られているのか、彼らは知らない。
少なくともガチロは知らないのだが、マイネにはなんとなく心当たりがあった。
「ほら、沢山の穀物と果物とお野菜を運んできたでしょ?多分、あれって物々交換だったんじゃないかしら。」
実は工場がフル稼働している。
その時の廃液がこの村に流れ込んで、赤潮を発生させていた。
「そっか。でも、その代わりに無理を言って食べ物を持ってきたんだ。」
「あらあら。有難いわね。それよりいつの間にガチロは……。そうだ!マイネさんもご両親を呼んできて。せっかくだから一緒にお食事会をしましょうよ。ほら、ガチロも一緒に行ってきなさい。私たちは御馳走を用意して待っているからね。」
二人は青い顔をしながら、上空から降りて来た。
だが、馬車を降りた直後に違和感を感じてしまった。
しかも、悪い方向の違和感ではない。
てっきり、ソルトレイク元伯爵に虐められ、そして海もおかしいからと村人の顔が暗いと思っていた。
「ガチロ。あんまりきょろきょろしないで。……私たちは運よく生き残れただけなんだから。」
その言葉にガチロは気を引き締める。
ロメロ、グエン、ヤスノル、タカミーは世界の為に死んだ。
おそらくデズモンドもそう。
鷹の希望団にロベールとラルクの姿はなかった。
もしかしたら、彼らも世界の為に死んだのかもしれない。
ならば、少なくとも辛い思いをした家族はいる。
「あぁ。そうだった。……裏切り者のアイツはどっかで生きているんだろうけどな。」
「ガチロ。それを言ったら、私たちだって同じよ。……これ以上、その話はなしよ。」
最初は凱旋気分で帰郷した。
けれど、身を潜めるようにして歩くことにした。
マイネの家に行って、家族を招待する。
たった、それだけの仕事。
だが、その道中で村人の声が聞こえてくる。
「ルジーナ様、めちゃくちゃ美人だよな。俺にチャンスあるぅ?」
「あるわけないでしょ。せっかく、セイラ様と仲良くお話が出来るようになったのに、バカ息子のせいで距離をあけられたくないわ。」
聞いたことのない名前。
しかも、この村で様を付けられる人間なんて心当たりがない。
心当たりがないだけに、逆に心当たりさえあるのだが。
そして。
「ソルトレイク様が着て下さって本当に良かったよね。あそこってお父さんはいないのかな?」
「……タイジ。それは言ってはダメなの。旦那様は精神を病んでいるとかって噂よ。その方が都合が良いって、行商人の方が言ってたわよ。」
確信に変わる。
あの悪名高き元伯爵家が、いつの間にか村人の信頼を手にしていた。
「どうなってやがる……」
「分からない。……でも、なんか癪に触るわね。」
「あぁ。やっぱりそういうことだよな。」
彼らの目からは自分たちが勝ち取った食料をソルトレイク家が買い取り、それを村人に分けるか売るかして、感謝されているように見えた。
彼らは何も知らされずに冒険者としての人生を歩み、聖女に巻き込まれた。
だから、知らなくとも無理はない。
「お母さん!ソルトレイクに騙されちゃダメよ!その食糧は私たちが——」
「ちょっと、マイネ!帰って早々、なんてことを!——お父さん、マイネの口を塞いで!」
「ちょっと、ライルさん。メイネさん。何を言って——」
「お前もか。とりあえず黙れ。で、何の用だ。ソルトレイク様以外の話だよな?」
口止めされているのか、村人同士が監視をしているのか、訝しんだガチロは黙って頷いた。
そして、彼の家で食事会をする旨を伝えた。
「なるほど。お前達がそんな仲に。……まぁ、噂には聞いている。それよりもまずは話し合いからだな。時間がないんだろう、直ぐに行こう。それからお前たちは絶対に口を開くんじゃあないぞ。」
その様子に二人はまだ気付かない。
そして、その話は抜きという条件で二人の今後を祝う食事会が開かれた。
「……よし。外に誰もいないな。さて、二人の言い分を聞こうか。」
「ライルさん?二人の言い分っていうのは……」
「ガイルさん、チリルさん。こいつらソルトレイクさんの悪口を言おうとしたんだよ。」
その言葉にガチロの両親は顔を青くした。
それはそうだろうとガチロもマイネも考えた。
そして、その若者二人の顔を見た四人は肩を竦めた。
「あらあら。やっぱりそう思っているようね。でも私たちは本当に感謝をしているのよ?」
「マイネも、ちゃんと考えてみなさい。都会とか王様とか貴族様とか、そういうのに疎くなってしまうのは分かるのだけれど。」
父親二人は村の外の様子を伺っている。
彼らにしてみれば、ソルトレイクの悪口を言う息子娘は厄介極まりなかった。
「どういうことだよ。だって、そうだろ?漁には出られない、んだから食べ物は西の国から運び込まれた。……で、ソルトレイクの奴らがそれを懐に収めて」
「さも、自分たちの手柄のように村人に配ったんでしょう?」
この地が南東にあり、ある意味で蓋をされているからこそできること。
二人はそう考えた。
でも、その地理が故に起きることがある。
そして、確かに良い思いをしてきた二人だからこそ、忘れてしまっていたことだった。
「ガチロ。この村は国の端。海に出られないとなれば陸の孤島と変わらないのよ。」
「んだから……」
「聞きなさい。二人は頑張った。それは分かっているの。でも、西から渡った食料はとても高いの。それにほとんどが王都で消費されて、ここまではほとんど流れてこない。それは……分かるわよね?私たちは元々魚と海藻を食べていたし、必要なお野菜や穀物は物々交換で手に入れていた。」
先に目を剥いたのはマイネだった。
そしてマイネが彼にも分かるように説明していく。
「……そか。お金を大量に配った……から。それで物価が上がってしまった。それに都会の人たちはお金持ちだから。……それじゃあ、私たちが手に入れた食べ物は……」
「申し訳ないが、ソルトレイク様から分けて頂いた食料には遠く及ばない。ルジーナ様とセイラ様がいらっしゃらなければ、とっくに飢えて死んでいただろうさ。特に子供と年寄りはな。」
「だから、絶対にソルトレイク様の悪口を言うんじゃない。俺達が村八分になっても良いのか?」
因みにここでは手に入れられない情報もある。
翡翠の彼が言ったように、他国にまで厄災は広がっていた。
だから、元々の食料が減っているのだ。
それにより、そもそもの食料が足りないし、黄金と変わらないほどの価値が付いてしまっていた。
「でも……ソルトレイクが手にしたのは間違いなく……」
「ルジーナ様は仰った。この小麦は、この野菜は……、——聖女様から頂いたと。」
◇
この日も昨日も、一昨日も。
彼が畑を耕して、彼女が手から粉を振りまいていた。
「なんか、私。ヤバイものを出してない?」
「そりゃ、ヤバイものだろう。あの日、あっちの砂浜で経った一晩でリンゴの木が生えてしまったんだからな。」
「ちょ、危ない何かみたいに言わないでよ。」
「危ない何か……だろう。でも、それこそ聖女の奇跡だよ。」
彼らはずっと土いじりをしている。
世界がどうなっているのか、人目を気にしている彼らに分かる筈もない。
「とりあえず、大体分かった。」
「……そうね。私たちにこれから何ができるか分からないけど。」
「いやいや。畑を耕すこと、雨を待つこと。これくらいしか今は出来ないって。」
「うん。それでも……」
そして、ついに聖女と聖女を名乗る女が相まみえることになる。
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