第24話 聖女の凱旋
キャレット王国、ピリオド王国、それぞれ七人ずつ。
つまりたった14人の精鋭が命を張ればよい。
いや、実際に彼らは命を落とした。
どうしてC級冒険者からしか選ばないのか、それは六つの柱を封印した後に現れる大柱の為に戦力が必要だからである。
「大厄災グヘバエル。三百年前に世界の8割を死の地へ変えたとされる悪魔。本当なら兄上が戦っていた筈。」
アメリアは虚空を見つめながら、亡き兄に思いを馳せた。
「アメリア。もういいだろぉ。既にお前の方が強いって。ってか、ユリウスさんがいなけにゃ俺達も一人、一人って死んでたかもしれねぇ。俺だって感謝はしてるけどよぉ。ユリウスさんがして欲しいのは、後悔じゃなくて前を向くことだと思うぜ。」
そしてその言葉に反応したのはアメリアではなく、他の仲間の三人だった。
サラは荷物を落としそうになったし、ネオンは目を剥いて立ち止まった。
ケビンは二人の女の反応に肩を竦めている。
「んだよ。俺だってちゃんと考えてんだよ。とうとうここまで来たんだ。ユリウスさんのお陰で俺は……」
ラルフェンの顔は今まで見たことがないようなものだった。
そして、それは彼の決意を周囲に知らしめるもの。
——ただ、その顔を見た三人も、実は同じ気持ち。
だから、サラ達も拳を握り締めた。
「サラさん!一度エクスクラメイト王国に戻るって本当ですか⁉」
そんな時、金髪の女が紫紺の髪色のサラに駆け寄ってきた。
ネイル・ガランドール隊の優秀な冒険者マイネと同じく逞しく育ったガチロが、トップランクの冒険者パーティを見つけて、走り寄ってきた。
「えぇ。もうすぐ最後の戦いですものね。クリスティーナ様も一度ご実家に帰りたいのですって。」
既にこの隊とのわだかまりは消えていた。
散っていった若者は皆、良い顔で祠に入ってくれた。
勿論、その死に際は見ていないが、きっと英雄の顔をしていたのだろうと、二人は思うことにしていた。
そして、それに比べて、ととある人物を心の中で睨みつけてしまう。
——つまり、ここにいる全員は運命共同体である。
多くの命を守る為に、わずかな命を神に差し出した罪。
いや、英断か。
さて、皆は久しぶりにエクスクラメイト王国に戻ってきたわけだが、この国についてまだ触れていなかったように思う。
エクスクラメイト王国は都市部と農村、そして漁村から成り立つ六角形の大陸の南東の国である。
ただ、以前にも触れたが革命後に、一部の貴族よりも金を持つブルジョワ階級が跋扈する国でもある。
それにより農村部もこの地でしか生産できない工業製品の工場が並ぶ。
つまり、畑で採れるモノが金属製品に変わったという話。
この国の柱だったゼルベダグは今や懐かしい存在だが、その柱がラメーション山に存在していたのは覚えているだろうか。
その山々から卑金属や貴金属、そして石炭が多く産出しており、中央の平野とも距離が近い。
それに加えて、三百年前に一番被害が少なかったことから、工業改革が何処よりも早く行われた。
「ガチロ、マイネ。これを実家に持って帰ってやれ。多少は目こぼししてくれるだろう。」
その関係上、食料自給率が低くなっている。
しかも、セミコロン王国からの輸入品は今は国内には入ってきていない。
流石に、厄災で疫病が蔓延した土地の食料を持ち運ぶ気にはなれなかった。
そして、そうなって初めてセミコロンからの輸入品にコロン王国の作物が含まれていたことに気が付いたらしい。
西ルートに軍隊が派兵されたのには、食料の搬入作業をする為でもあった。
「ありがとうございます。……でも、今となってはあの時祭りに参加しなくて良かったよな。」
「確かにね。元々、節制には務めていたし、保存食の加工も良くやっていたから。……でも、有難く受け取りましょう。ネイル様!どれくらい時間が頂けるんですか?」
二人は既に恋仲ではあるが、彼らは彼らでちゃんと世界の為に戦っている。
だから、進展しているかと言えば、————いや、実はそれはこの物語とは全く関係が無い。
既にS級か、と名高いネイル隊はペガサス輸送機を顔パスで借りられる。
だから、彼らは西で採れた果物やら穀物やらを車載量限界まで詰め込んでペガサスに鞭をうった。
——そして、今になって彼らは漸く気付く。
「なぁ。なんか俺たちの村ってあんなだったっけ?」
「あー、あれでしょ?ソルトレイクが一等地に屋敷をたてたっていう。……でも、かなり安物らしいわよ。客席乗っていたマイネが身を乗り出して彼に言う。
だが。
「いや。そこはそうなんだけど。……俺たちの海って上から見るとあんなに赤かったっけ?」
その言葉にマイネは目を剥いた。
◇
「さて。これは俺達人間の罪か、それともそういう土地柄だったのか。」
彼は土を耕しながら、その姿をぼーっと眺めている彼女に問いかける。
ラメーション山の山頂は北側に見える。
東に見える海は、きっとあの時下から見た海だろう。
そして東の海はあの時と変わらない。
つまり彼が言っているのは南、ムツキ地区の海を指しているのだろう。
「真っ赤な海、……っていうか血の海?……分からない。だって、ここに来た時私も必死だったもん。」
本当に覚えていない。
ペガサス馬車で散々、偽聖女の悪口を言われて、ここに連れられてきたことは覚えているが。
ただ、白髪を黒寄りのグレーに染めた女はそんなことより!と前置きをして彼に問う。
「ここって柱の周辺よね?死にかけた場所を耕すとかどうかと思うけれど。」
「この山は昔は畑だったの。……ほとんどの木が伐採されたのか、禿山になっているな。聖女様のお陰て岩も砕けば土になるし、聖女様の力がなくとも雨は降る。海風がこの山にぶつかって雨を降らしているんだろうな。」
「悪かったわね。でも、確かにここって良い土。あぁぁ!これってイヅチが穴掘った場所じゃない?」
彼女の言葉に彼の手が漸く止まる。
土を見たら耕したくなるという、精神的な病に患っているらしいが。
「何処⁉……え?そこ?」
「ん-、多分ここ。私があの時そっちにいて、イズチがこっちにいたから。それに……なんか植物の残骸みたいなのが残ってない?」
その言葉に彼の顔が青くなる。
そして、彼は農具を使わずに必死になってその部分を掻きむしり始めてしまった。
「ちょ、どうしたの?」
「嫌な予感がする。シオリ、この地は再封印された。それで間違いないんだよな?」
彼の言葉の再封印とは柱の魔物討伐を指す。
そして、彼曰く、セミコロンの魔物はおそらく討伐されていないらしい。
ただ、この二人がそれを知ったところでどうにもならない現実がある。
そう、二人は魔物とは戦えないのだ。
更に言えば、職業持ちの人間とも。
「間違い……ない……と、思う。だって、ちゃんと手順を踏んでいたもん。セミコロン王国の柱・アンドミズはグリーグ隊が適当に何かをやって誤作動を起こした……、だから柱の魔物と共に厄災が復活してしまった。……でも、それじゃああの赤い海が?」
すると青年は暫く黙考した。
そして、首を横に振ってそれを否定した。
「あれは今の人間の罪。……そしてこの地の厄災はやっぱり復活している。柱の魔物を倒したところで厄災は止まらない。それは——」
「コロンが未だに氷漬けだから間違いない……のか。だったら、それは——」
「この国の特徴的に気付きにくかったんだろう。多分、この地の厄災は他の地に飛び火している。俺もちゃんと覚えていないけど、この山は禿山じゃなかったんじゃないのか?」
◇
「王。いいや、御婆様。ついに僕たちはここまで来ましたよ。退位の準備を始めたらどうです?」
「まだ、ミカド参りが終わっておるまい。その厄災を封じて初めて世代交代が行われる。……それで今回は六つには分けぬつもりか、アーノルド。」
「当然。クリスティーナは僕が目を付けたんだよ。三百年前に子供をたくさん作ってしまったのが、失敗だったんです。あぁ、やはり頂点に立つのは一人でなくては。ミカドもきっとお認めになって下さる。」
そう、ミカド。
六角形の中心にある適切な順を追わなければ入れない聖域。
理由は分からないが、神ジョブスの結界と言われているのだから、そうなのだろうとしか伝わっていない。
事実、見えない壁が直径は数十キロに及び、そのせいで反対側の国には渡れないようになっている。
そして、そこにグヘバエルが封印されている、という言い伝えが残っている。
その大厄災を封じてこそ、真の聖女と認められる。
いや、三百年前の聖女はそうやって認められた。
「さぁ。退位の準備を!それと聖女クリスティーナと僕の挙式の準備を!」
アーノルドの後ろにはこの国の根幹企業であるベルモンド社がいる。
だから、クリスティーナとアーノルドが君臨すれば、確かに世界を治めることが出来るかもしれない。
けれど、王は首を横に振る。
そして、彼女は言った。
「聖女か。……ならば、一つ聞こう。クリスティーナは我が国に食料を齎してくれたのか?」
何を世迷言を言っているのかと、アーノルドは思った。
「持ってきたろう!軍にも持たせただろう!世界を周ってきたんだよ、僕は!北西のピリオドから南西のキャレット!そしてスラッシュ!その全てから食料を運んできただろうが!」
語気を荒げるのも無理はない。
その責任者こそがアーノルドであり、聖女の後の夫である。
だが。
「ならば、聞こう。……どうして我が民は聖女から直接食べ物を分けてもらったと言っている?なぜ、居りもしないクリスティーナが直接手渡せる?」
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