第22話 隠れ里での奇跡

「ちょっと!なんで余所者のあんたがここにいるのよ!」


 ワタが闖入者を怒鳴る。

 その男は余所者なのにほとんど顔を見せない。

 そんな男が彼女の大切な人の隣に座っている。


「一番辛そうだから?」

「何を言っているのよ!いいからどきなさいよ。この女に奇跡を起こさせるんだから!」


 翡翠の髪の男は少女の怒鳴り声を無視して、青年の口に何かを注いでいる。

 ワタがその動きを邪魔できないのは、彼女がシオリの腕を掴んでいるから。

 チグセが邪魔できないのはシオリが狭い入口で立ち止まっているから。


「病人の前で騒ぐな。……それにこれがシオリの奇跡だ。」

「何を適当言っているのよ!」

「適当に見えるか?まぁ、動物でしか試してないけど。でも、人間も動物も同じようなものだろ。っていうか、静かにしてくれ。やっと落ち着いて来たんだから。」


 その言葉に反応したのはチグセの方だった。

 シオリの脇を懸命に潜り抜け、イグサの側で屈みこんだ。


「本当……。顔色が少し良くなってる。」

「いや。まだまだだよ。即効性があるかは分からない。……とにかくもう少し清潔でマシな部屋。少なくとも布団くらいは用意しろ。」

「うん!」

「ちょっとチグセ⁉」


 再びシオリの脇を抜けようとしたが、そこにシオリは既におらず、チグセはそのまま部屋を飛び出していった。


「お前たちも飲んどいた方がいい。これもシオリの奇跡だから、シオリにありがとうしろよ?」

「……私は何もしていない!イヅチ、どういうことなの?」

 

 すると青年は目を丸くして首を傾げてしまった。

 そして、うーんと唸ったあとに続ける。


「シオリの力は作物を育てる力だろ。そもそも、この国は遥か昔に何かで滅亡しかけていた。最初は植物の病かと思って焦ったけど、どうやら動物が罹る風土病って分かった。いや、分かったっていうのとは違うか。」


 その言葉に部屋の空気が固まる。


「も、持ってきた!」


 そこにチグセが戻ってきて、やっと病人の介護らしい雰囲気に変わる。


「……チ……グセ?……す……まない」


 ただ、布団の掛け方が勢い良すぎてしまったのか、彼が目を覚ましてしまう。


「寝てろって。薬草、毒けし草、ドクダミ、ハーブなどなど。それからアオカビ?いろんなもの混ぜたけど、結局治すのは体って聞いたことあるぞ。」

「……あぁ。済まない。ずいぶん楽になった。」

「マジ?楽になったんなら、それこそシオリのお陰だな。」


 また、彼女の名前が彼の口から出てくる。

 だから堪らず、その名の少女が口をはさむ。


「……いつ……から?いつからそんなことを?」

「んーと、一か月くらい前……かな。ま、その前に土を掘っててなんとなくは、そのことに気付いてたけど。嫌な予感がしたのはそれくらいだな。いやぁ、ギリギリだったよ。」


 その言葉を聞いて、少女は彼の手を掴んだ。


「子供たちも危ないの!リッタとメメが!」

「あぁ、子供たちには先に飲ませた。でも、あの二人の場合は果物食べさせるのが一番かも?……って、どした?」


 シオリが突然泣き出してしまったから、彼の方が寧ろ狼狽してしまった。


「なんで、言ってくれないの……?」


 そのことに関しては確かに、彼にも問題があった。

 だから、彼もそこは素直に謝った。


「……ゴメン。この村に馴染んでるから声を掛け辛くて。それに……、いや、なんでもない。」


 言語化できなかった。

 掘っていくたびに聞こえる大地の声の意味が分からなかった。

 次々に芽吹く新たな薬草を試す為にちょくちょく村から離れていた。

 何より、冒険者たちの様子がおかしくて、観察をしなければならなかった。

 などなど、多くの理由はあるが、純粋にこの村に溶け込む少女に近づきにくかったのが一番の理由だった。


 それにここの村は狩猟民族。

 その温度差にどうしても馴染めなかった、という彼自身の失敗でもあった。


「なんでもなくない。……イヅチだけが頑張ってたってことだもん。私は——」

「あの……。イグサを助けてくれて、あ、ありがとうございます。」


 そこで少女の声はワタによって阻まれてしまう。


「……いや。だから、これはシオリの力。聖女の力だよ。ここはあの子がいれば大丈夫だろ。二人とも早く、他の村人にも持って行ってやれ。……あ、症状が出てない奴にはこっちな。」

「聖女の力⁉それじゃ、シオリちゃんは本当に……」

「そういうこと。シオリの力は本物だ。」

「わ、分かった!」

「待って!」

「シオリ!」

「……じゃあ、二人の力。」


     ◇


 結局、あの後シオリはイヅチのそばを離れようとせず、二人そろって長のところに訪れていた。

 長は30歳の男。

 茶色い髪を後ろで結っている普通の男だった。


「この割合で調合させてください。もしも症状が軽い場合はこの薬草を薄めたもので問題ないと思います。」

「ほう。これを広めれば、この村も受け入れられる……と?」

「はい。私の名前は出しても、出さなくてもどちらでも。」


 ここに来る途中、イヅチから出された提案。


『俺はシオリの灰がないと、これが作れないから、絶対にシオリの名前で提案すること』


 彼女は渋々それに承諾して、長の前に並べられた薬草を説明していく。

 そして、シオリがその提案を呑む条件は。


『これを提出することで村を出る許可を得ること』


「私とイヅチはここを出ます。この村はこれで隠れ里ではなくなるのですから、当然ですね。」


 彼女の記憶では、あの時には既にこの村に死の脅威が迫っていた。

 だから、自分も彼らも彼女らも一時的な発情状態にあった。

 ただ、流石にそれは口が裂けても言えないことだが。

 とにかく、この村から早く出て行きたかった。


「ふむ。血が濃くなる故に外からの人間はある意味で歓迎だったが、皆の命と引き換えならば仕方ないか。」

「はい。すぐに旅立ちます。ね、イヅチ?」

「あ、うん。あと、俺が耕した畑は活用してください。狩猟のみだと長も早々に捨てられますよ。」

「……そう……だな。」


 そして、シオリの提案で誰にも出会わない道を彼に教わって、二人でそこから村の外に出る。

 今思い出しても、自分が嫌になる村だった。

 しかも、血の濃さと命の儚さから、発情状態だった村人たち。

 更には、自業自得とはいえ嫌な気持ちにさせられた村。

 二度と顔を合わせたくないとさえ思ってしまう。


 と、その時、後ろから。


「イヅチ様。また、いつでもお待ちしています!」


 複数人の女性の声が聞こえて来た。

 その声に彼が笑顔で手を振っている姿を見て、複雑な気分になるシオリだった。


「もしかして、私だけがモテていたわけじゃない?」

「……え?この村が変だった、それでいいじゃん。」

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