第21話 厄災
彼らが私を迎え入れたのは、外の知識を得る為だった。
最初はそれだけだった、と思う。
この村の者は、この国の情報を手に入れる為に人を忍ばせている。
ただ、エクスクラメイト王国は先進国だから、私が持つ王国貴族の知識は喉から手が出るほど欲しかったのだろう。
だから、彼らは私たち二人を村に引き入れた。
加えて言えば、敵の敵は味方という図式。
逃亡してきたという同情もあり、私は快く受け入れて貰えた。
——そして、シオリはだんだん彼らとの距離を縮めていった。
そんな彼女がこの村で生きる決意をした日の次の朝。
「おーい!イグサが帰ってきたぞ!」
複数の村人と子供たちの声で女は目を覚ました。
三週間前から灰被りを止めて、真っ白な髪に戻っている。
そんな彼女は彼女の為に用意された鏡で自身の姿を確認する。
ここでは彼女も普通の女性として生きていける。
よし、と顔をパンと叩き、彼女は寝室のドアを開けた。
「イグサって誰?」
シオリが部屋から出るといつものようにジーンが立っていた。
「おはよ、シオリ。今日も綺麗だね。イグサはアレだよ。前に話したよね。セミコロンの職業持ちの男。普段は情報収集に出てもらっているんだ。僕たちよりもずっと強いしね。」
そしてギリが二人の間に割って入る。
「強いっつってもさー。根性ねぇじゃん!」
彼は強さに拘る性格らしい。
狩りで生きているこの村ならではかもしれない。
「おはよー、何か情報持って帰って来たんだろ。シオン、行ってみよう。」
ベストも加わり、いつものメンバーの完成である。
「ちょっと、あんたたち。イグサが帰ってきたんだから、のんびりしないの!」
今日はワタもチグセもいる。
二人とも少しいつもと雰囲気が違う。
そこでなんとなく分かったことがある。
この二人はそのイグサという男が好きなのだろう。
そして、その理由は。
「うん。ワタちゃん。チグセちゃん。私も行く!」
「えー。シオリちゃん、可愛いからなー。」
「大丈夫。私、目立たないようにするから!」
ずっと閉じこもっていた村の住民は、外から来た者に惹かれるのだ。
なんとなくそれに気付いて、少女は若者たちと共に村の中心へと走った。
彼女達は彼女達でちゃんと恋愛をしていた。
それが楽しくて、村の雰囲気に気付かなかった。
——いや。
ずっと気付けなかったのだ。
彼女は間違いなく、現実から逃避していた。
だから村の中心で立ち尽くしている男がいても、何も感じることが出来なかった。
だって、ここは彼女の第二の人生のスタート地点になる筈だったのだから。
「イグサ!大丈夫⁉」
ワタとチグセが彼に駆け寄る。
そこで漸く彼女は気付いた。
その男は異様なほど青い顔をしている。
一体何があったのか、それを考える前に彼は自身の懐に手を入れた。
「こ、これ……を……」
そして、それをジーンが取り上げた。
「ワタ、チグセ。とりあえず、イグサを休ませろ。長には僕たちが。それにこの情報……、——これ……は……」
その場にいた男たちがその手紙に群がる。
そして彼女も。
「聖女クリスティーナ……?」
「知っているのか、彼女を。」
誰かが彼女に聞いた、いや誰も彼もが聞いた。
「ベルモンド家の令嬢だった筈。……でも、聖女って。」
「いや、待て。続きがある。」
『聖女クリスティーナより
この世界には私以外にも聖女がいるという話を聞きました。
そして、コロン王国で私はその聖女ミンサと出会いました。
ただ、そこで非常に悲しいことが起きたのです。
その聖女はあろうことか、コロン王国に厄災を齎してしまいました。
とても由々しき事態です。
私は知っています。
聖女ミンサと聖女シオリがこの国に潜んでいることを。
私は知っています。
偽物の聖女は災いを齎すことを。
セミコロン王国の皆さまが、これからも息災であることを、私は神に祈りを捧げ続けます。
ですから皆様方、どうかご自愛なさってください。
遠き地、スラッシュ王国は無事、平和を取り戻しました。
そちらの地の聖女様、私に代わり、どうか力をお見せください。』
「ど、どういうこと……。私……」
「コロン王国が厄災ってどういうことだよ!」
「聖女って何人もいるものなのか?っていうかその聖女が厄災を?」
「いや。だから偽物って言ってるだろ。偽物の聖女が厄災を振りまくんだよ!」
——視界がだんだん暗くなる気がした
「ジーン!イグサから伝言!長にも伝えてって!」
「ワタ、今度はなんだ⁉」
ワタとチグセが青い顔で戻ってきた。
「コロン王国は氷に包まれて、国民がみんな逃げ出したって!そして……、コロン女王がエクスクラメイト王国の使者に連れられて、その時にその紙が配られたんだって……」
全身に鳥肌が立つのを感じた。
つまりそれは。
「いつだ!いつなんだよ!」
「一か月……前って。王都中が騒然となって、聖女探しが始まってしまって今まで帰れなかったって……」
「一か月前って……」
そして、ここでチグセが泣き出してしまう。
「ェェェェン。あたし、追い出されたの。自分と一緒にいると感染してしまうって……。早く、この国から逃げ出せって……。厄災がすぐそばまで来てるって‼」
更に、もう一人の女の目が彼女を射抜く。
「ねぇ!聖女なんでしょ⁉イグサを治してよ‼やっぱり邪神は邪神じゃないの‼」
疫病の発生。
それは邪神とか聖女とか関係ない、彼女はそう言いたかったが喉が渇いて言葉が出ない。
「待てって。まだ、イグサだけだろ?……あいつはよそ者だ。」
「だったら、こいつだってよそ者じゃない!しかも偽聖女だよ⁉」
「違う!シオリは本物だ!な、シオリ!俺たちに奇跡を見せてくれるんだよな?」
世俗から離れていれば、聖女とか偽聖女とか関係ないと思っていた。
でも、世俗から離れているからこそ、ここは密室と変わらない。
——遠くにいたって、関係なかったんだ。
そして、これは遅効性の毒ではなかった。
「ねぇ!メメのメメの様子がおかしいの!リッタも全然起きてこないの!」
「嘘……だろ?もしかして……、最近狩りが上手く行ってたのって……」
気持ちの問題だろうと思うが、全員の顔が少しずつ青くなっていく。
エクスクラメイト王国に戻れば、もしかしたら治せるかもしれない。
治癒魔法術師なら、治せるのかもしれない。
「先生!メメとリッタを治して!早くこっちに来て!」
シオリは全員の視線から逃げる為に少女の手を取った。
だが、その少女と繋いだ手が断ち切られる。
「シオリ!子供はまた作れば良い!今は俺達を癒してくれ!手からぱぁぁってさ!出来るんだろ?」
道理でこの村では年寄りがいない筈だ。
弱者は切り捨てる、それがこの村での掟なのだ。
それに今更ながらに気付かされる。
——ただ、そこで彼女の体が柔らかく抱きしめられた。
「……大丈夫だよ。君は聖女だ。ほら、まずは僕にやってごらん?」
——ジーンが優しい笑顔をくれて、それで私は。
「……うん。分かった。私、やってみる!」
そう、自分に与えられた聖女を信じる。
もしかしたら世界に何人かいるのかもしれない聖女。
だったら、私も。
そして、彼女は両手を突き出した。
でも、そこからはいつものように灰のような何かしか出てはくれなかった。
「は?……それ、奇跡?」
ただ、この男は彼のような笑顔はくれなかった。
そして。
「ワタ、チグセ。こいつをイグサのとこに連れてけ。そこでやらせてみろ」
ベストが私を物のように扱った。
「来てもらうわよ。」
そして、一番感染度が高いだろう男の所へ私は連れて行かれる。
その途中で改めて気が付く。
この村は仲良しこよしでやってきた訳ではないと。
体調が悪い者ほどボロ屋に連れて行かれるのだと。
「イグサは私を助けてくれたんだから!あんたも助けられたなら助け返しなさいよ!」
開け放たれるボロ部屋。
そこには床に転がされた男。
そして何故か。
——彼がいた。
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