第19話 不安

 コロン国の柱、クリオヌーラは討伐された。

 ただ、その代償として、この国は人が住みづらい土地になってしまった。

 人々は東西に離散してしまった。

 だから、仕方なくアメリア達は到着間もないコロンの女王とその一行をエクスクラメイト王国に連行することになった。

 あの場に捨て置いたら間違いなく、凍え死ぬ。

 そういう人道的配慮でもあったのだが。


「陛下!どうしてなのです。話によれば、コロン王が擁立した聖女が逃げたことが原因。」

「アーノルド様ー、私、凄く寒かったー」

「ほーら、聖女様もご立腹ですよ、陛下!」


 アーノルドが騒ぎ立て、クリスは椅子に座って頬を膨らませている。


「殿下、お気持ちは分かりますが、陛下の御心も察してください。他国と言えど王、しかも聖女の血族、即ち陛下の親戚にあたります。」


 側近のルビオルが自分達の子供世代のアーノルドに同じ質問への答えを何度も行っている。

 コロンの女王は現在は別室で軟禁状態である。


「ですが王!直ぐに決断を。また模倣犯が現れては困る故。結局、あの混乱でミンサは行方が分かっていない。」

「それもありますが、封印の解除も急がねばなりません。」


 オズワルド・ベルモンド、グリーグ・ゲーメイトも王を急かす。

 アーノルドとは違い、急ぐ理由をきちんと説明する。

 どのみち、柱はまだ四つも残っている。


「えー。私、あの寒いところ越えたくないー。順番変えなーい?」

「そうだな。うん、そうしよう。良し、次はスラッシュ王国だよぉ。」


 オミンは迷っていた。

 急がなければならないし、処分も下さなければならない。

 そこでふと目に映ったのがオズワルド・ベルモンドである。


「セミコロン王とコロン王は姉妹です。何かあればセミコロンがいざという時に歯向かうかもしれません。ここは穏便にするべきです。ですが同時に厳しい処分を下すのはいかがでしょうか。そもそもの偽聖女も見つかっていないのでしょう?勿論、あの時死んだというのが正解かもしれませんが。今回の偽聖女が逃げた方向もセミコロンですので……」


 穏便と厳しい処分、二律背反の彼の言葉だが、顔は至って真面目である。


「グリーグ、アメリアとネイルは来ているか?」

「勿論、こんなこともあろうかと、城に来るように言ってありますよ。」

「そうか、では詳しい話は後程。」



     ◇


「え!隠れ里?」


 女はヒスイ色の農民に話しかけた。

 彼は今、土を耕している。


「そう、そりゃあって当然だよな。だって——」


 あの後、彼らは特に語らずにここに案内してくれた。

 途中、険しい道もあったが、魔物が出ないルートだからと彼らは言っていたが。


「イヅチ殿!ここは少し離れていますが、あまり大きな声で言わないでください。知っているのはごくわずかな人間のみ。それに子供は皆、この世界はこうなのだと思って暮らしております。」


 ジーンという二十代の男が二人の近くには立っていた。


「え、俺。そんな大きな声だった?久しぶりに畑を満喫してて気付かなかった。」

「全く。村の人と話をする前に先にどこかに畑を作らせてくれって……。どんどん畑馬鹿になっていっているわね。」

「いえ、使えぬと思っていた土地に畑が出来るのですから大歓迎です。とても甘い果実を分けて頂いて、子供たちも大変喜んでおりますし。」


 貴族として育っていたのなら、間違いなく引く手あまたの男。

 だが、あまりにも粗末な服装と手入れの行き届いていない茶色い髪が残念に映る。


「ふー。とりあえず耕し欲求はどうにかなった。……で、ここは何年前から存在しているんだ?」


 そして何故かこの男、翡翠色髪が艶やかである。


「言い伝えでは三百年前からです。勿論、その間にも色々ありましたが。」

「三百年前……。ここで文明に触れることなく?」

「お‼居た居た。長が呼んでるぞ。……の前に!男!イヅチだったか。俺と勝負しろ。極悪非道という曰く付きのお前の腕、俺が試させてもらう!」


 先ほど道案内中、ずっとイヅチを睨みつけていた弓使いの男。

 ギルがそう言って、木刀持参で乱入をしてきた。


「ちょっと待って。イヅチは農夫——」

「お。良いぞ。俺も久しぶりに戦ってみたい!」

「全く。ギルの奴。……すみません。最近仕入れた情報にお二人の話がありまして。……いえいえ!別に突き出そうとは思っていませんよ。」


 そういう意味で止めようと思った訳ではないのだが、なぜかイヅチもやる気満々だった。

 そして。


 カン!


「はぁ……、はぁ……。なるほど。流石、悪ってだけあるぜ。兄貴!」

「へ?」


 良い勝負だったように思う。

 ただ、なんと農夫の男が最終的に相手の木刀を弾き飛ばして勝利を収めてしまった。


「いや。動きとかキレとかは全然ギルの方が上だよ。俺は三か月くらいしか、そういうの学んでないしな。それに——」

「ギル!何やってんの!呼びに行くだけと言ったじゃん!」

「ワタ、違うんだって!ほら、男と男のやつだって!」

「私は喧嘩を吹っかけるなって言ったの!ほんと、いい加減自分は選ばれた人間思考やめなー。」


 そしてギルは同じく先の六人の中にいた一人に耳を引っ張られて連れていかれた。


「さて。私たちも行きましょうか。長もあなた方から話を聞きたくてたまらないのでしょう。特に貴族のご令嬢の話は是非とも聞いておきたいですからね。」

「そうですよね。イヅチ、行きましょうよ。」

「はぁ。やっぱ慣れないもので戦うのはしんどいな。イメージの問題ってのは分かるんだけど……」


 その言葉に女は白眼を向けた。

 そしてジーンという男は腕を組んで、農夫をジロジロと見つめた。


「——流石、邪神ジョブスの力……ですか。貴方が農夫で本当に良かったですよ。」

「俺が農夫じゃなかったら、連れてこなかったくせに。」

「確かに、その通りですね。」


 灰色の髪の少女はそんな彼らの様子を不思議そうに眺めていた。

 いや、特に緑頭の方をだが。

 そんな彼女に気付いた彼が面倒くさそうに説明をする。


「ここの人達はジョブを与えてもらっていない。だから純粋に人間対人間だったんだよ。ま、俺の場合は少しだけ優位に戦えるけど、多分それを見越してギルも戦ってくれた。」

「そっか。隠れ住んでいるんだからそうなるのね。でも、邪神って……」

「イヅチさんは気付いているようですが、私たちは逃げた民の末裔です。しかも、封印解除という重大な役目から逃げたから戻れる筈もありません。」

「シオリは知っている筈だろ。俺は魔法か薬物かを使われて無理やりだったけど、知っていたら絶対に逃げ出してた。んで、エクスクラメイト王国の柱とここの柱は比較的距離が近いからな。もしかしたらって思ってた。」


 五つの祠で五人、そしてメインの柱で二人。合計七人の命。

 それが二つ分で14の命。

 二度三度失敗したとしたら、小さな集落が出来ていてもおかしくない。

 

「そういう意味で邪神……。でも。」

「さぁ、長がお待ちです。イヅチさん、申し訳ありませんが……」

「あ、そか。でも、それ気を付けて。なんか、この国じゃ売られていないものらしいから、それが見つかっただけでこの村が見つかる、なんてこともあるかもしれない」

「畏まりました。」

「待って。貴方が持っていたら大丈夫でしょう。……さっきの理屈だと、今回逃げた誰かもいるかもしれないじゃない。」

「……承知しました。では。」



 ——この時、私は嫌な予感がしていた。


 それは自分たちが見つかってしまうかも、という考えから来ていると思っていた。


 でも、それが間違いだったと数か月後に気付かされるのだった。


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