第18話 惨劇とは対称的に

 アメリア、ネイル、ガチロ、マイネが極寒の戦いを強いられている中、イヅチとシオリは森の中にいた。


「絶対にこっち見ないでね。」

「分かっているって。」

「私から目を離さないでね。」

「分かっている……って、いやいや。それはどういうことだよ。」

「ここは魔物とかも出るんでしょ。ちゃんと私の周りを見張ってて。でも、私は見ないでってこと。」


 森の中で泉を見つけていた。

 そして、どうやらこの辺りでは捜索していないことが分かった。

 コロン国の聖女候補を叩く為にこっちはあからさまに手薄になっていると二人は知らないのだが。

 今は、変装を解く為にシオリが体を洗っている。


「それにしても、あの村居心地よかったじゃない。それでも移動するの?」

「あぁ、あれって普通の村だよな。じゃあ、絶対に安全って訳じゃない。」

「そ。私はあそこの方が色んな情報が入ってくるから良かったんだけど。お母様、お姉さま。それに兄上はご無事かしら……」

「はらわたは煮えくり返っているけど、生きているんだろ。それにシオリが近づくほどに危険、それは分かっているだろ。」

「……うん」


 イヅチの祖父母もあそこにはいるが、あの二人はなかなか老獪な性格をしている。

 だから彼自身はそこまで家族のことを心配していない。

 2000万も絶対に返そうとはしないだろう。


「それよりいいのかな。畑仕事の手伝いを数日やっただけで、たくさん服を頂いてしまって。あの村だって裕福には思えなかったけど。」

「たった三日で一つ畑が増えたのよ?十分すぎるんじゃない。それにそういう意味だけじゃなくてくれたんだと思うし?どういう目で見たらいいか分からなかったわ。」

「知らないって。で、そろそろちゃんと汚れ落ちてるじゃん。さっさと——」

「って!やっぱり見てるじゃん!」


 村に寄った理由はシオリの服を調達する為だった。

 イヅチの考えはこう。


「このどれかを売るだけで買えたと思うんだけど。そしたら三日も足止めは喰らわなかったのに。」

「ベルモンド製はこっちじゃ売ってないの。私の服もそうだけど、すぐに足が付くわ。それよりも魔物がいるんでしょ?私はそっちの方が心配。イヅチは戦えないんでしょ?私もだけど。」


 イヅチが用意した、この国の女衣装を身につけながら少女が言う。

 男は極力見ないようにしながら、リュックの中身を確かめた。


「多分大丈夫。それもちょっと確かめてみたいから、わざと弱めの魔物が出る場所を教えて貰ったんだ。」

「ふーん。そこを突っ切る為じゃなかったんだ。」

「それも一応ある。出会わないなら、それでいい。俺には聖女様がついているから大丈夫だよ。誰がなんと言おうとシオリは聖女様だ。」


 その言葉に女はやや目を剥いた。

 そして彼を追い越して先を行く。


「なんか、その顔で言われるとムカつく。さっさと行くわよ」


 そして、二人は明るいうちに、森の中を突き進んだ。


     ◇


 だが、二人の予想は脆くも崩れ去る。

 いや、少なくとも半分は的中していたが、流石にこれは予想できなかったと言った方が良いだろう。


 ——ザッザッザッ


 慎重に歩を進めるイヅチは地面に矢が刺さる音を聞いて、後ろのシオリに身を屈めるように指示を出した。


「二人とも、身ぐるみおいてけやぁ!」


 そう、人間の襲撃は予想していなかったという話。


「ま、待ってくれ。俺たちは山菜を取りに来ただけだ。」


 因みに今回の変装は農夫と村の女。

 農夫のは変装にはなっていないが。


「カンマ村の男と女か。悪いが、その荷物を置いて回れ右をしてくれないか。俺たちも別に荒事にしようとは思っていない。」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!こ、ここに」


 そう言って、懐に手を入れる農夫。

 だが、その瞬間に右腕に衝撃が走った。


「おいおい。なーに抵抗しようとしているわけ?」

「そっちにもおったか。なんじゃ、囲まれておるのか。なぁ、正面におった兄ちゃん。俺は別に抵抗しようとはしてなかったよな。仲間に説明してくれんか?」

「ギル。確かにこの農夫は懐にあったリンゴを取ろうとしただけだ。だが、おっさん。懐に手を入れるっつーのは抵抗の意志なんだよ!」


 農夫の後ろには村の女がぴったりとくっついている。

 が、農夫はそれでも負けずに彼らとお話をする。


「ギルが、そっちの弓を引いたほうか。ギル、お前。腹減ってんだろ。これでも食え。ほれ、他にもおるんじゃろう?」

「おい。ベスト。騙されるんじゃねぇぞ。それはあれだ。毒だ。」

「やれやれ。それじゃあ一口ワシが食おうか?全く、毒の区別もつかないほどに衰えてしまっておるとか……」


 農夫はリンゴを一噛みしようとした、だが。


「ま、待て。そのリンゴを寄越せ。お、お、俺が毒見をする。」

「はぁ?ワッツ、お前何を言ってるんだよ。お前が毒見をしてどうすんだよ!」


 だが、ベストは農夫からリンゴを奪い取り、一口どころか、種まで全て食べきってしまった。

 ほんと、五秒くらいで。

 そして、ベストは崩れ落ちた。


「あ、あ、あ……」

「ほら見ろ!ほら見ろ!てめぇ、ベストに——」

「甘い……。久しぶりに甘い食べ物を食べた。」

「はぁ?」

「ほれ。リンゴはまだまだあるぞ!隠れてないで出てきなさい。」



 男四人、女二人の六人組だった。

 彼らが果実を貪り食っているところを、一人はニヤニヤした付け髭顔で、もう一人は呆れた様子で前髪の隙間から眺めていた。

 因みに農夫の付け髭の材料は、余っていた前髪が長い少女の後ろ髪の一部を利用した。


「まさかとは思うけど、魔物と会ってもこれをするつもりだった?」

「そのまさかだよ。戦う理由なんて、腹が減ってるかに決まってるじゃん。」

「それ以外にもあるでしょうに。縄張り争いとか人間同士の抗争とか。」

「人間同士の抗争も縄張り争いも、結局は食料問題だろ。もしくは贅沢が故の金品とか。」

「そんなもの……、俺たちには元々与えられていないよ。」


 そんな中、一人の男、いやベストと呼ばれていた男が近づいてきた。

 先の様子からも彼が六人のリーダーだと分かるが。


「フルーツおじさん!フルーツおばさん!あなた方はカンマ村の方ではありませんよね。」

「誰がフルーツおばさん——」

「フルーツ婆さん、ちょっと待て。それはどういう意味かな?」

「いえ。敢えて聞きません。どういう目的でこちらへ?……理由ではなく、何をされたいのか、ということです。」


 その言葉に農夫は口ひげをにっと歪ませた。


「俺にできることは畑を耕すことだよ。なぁ、し……テシオーヌ」


 すると、隣から鋭い肘が彼の脇腹を襲った。

 更にこんな耳打ち。


「なんで、私を中傷するあだ名を知っているのよ。手塩にかけて育てたから、手から塩が出るんじゃない?あれってただの手汗じゃない?手垢じゃない?散々言われて来た誹謗中傷よ」

「俺が知るわけないだろ!そもそもシオリ・S・ソルトレイクって大体塩だからね!」

「あ、あのー。シオリ様ですよね。我々、隠れ里の民はお二人を歓迎いたします。」


 

  

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