第15話 変装

 少女は頭を抱えている、物理的に抱えている。

 そして、わしゃわしゃと自身の髪を掻きむしっている。


 一方の少年も同じ。

 彼の場合は海から作り出した真水を使ってわしゃわしゃと髪を掻きむしっている。


「あんたは良いわよね。髪を洗えて気持ち良さそうだし。」

「仕方ないだろ。っていうか、俺も爺ちゃんと婆ちゃんの言いつけを破っているんだから、気持ち良くはないよ。あと、早くそれに着替えてくれ。衝立とかないんだから、俺が髪を洗っているうちに済ませてくれよ?」

「えー⁉……なんか臭そう。」

「って、文句を言うな!」

「って、こっち見ないで!」


 二人が生きていると知られてはいけない。

 けれど、いつまでもここに居ても仕方がない。

 では、脱出方法は?

 実は、あっさりと見つかった。

 少女は彼よりも彼の装備を熟知していた。

 これは世界最高峰の技術で作り出されたものである。


「てか、緑の髪って知っている人もいるんじゃない?」


 少女は嫌々着替えながら、半裸の彼の背中に問う。

 彼は戦えない。

 だから、華奢な男かと思っていたが、彼の背中はそう思えない程に鍛え抜かれていた。

 その肉体もここから脱出するのに一役買う。


「実家の頃はこまめに染められていたから大丈夫。鷹の希望団に至っても、俺は基本的に屋内作業だったし、帽子被ってたから大丈夫。……アメリア隊も、なんていうか俺を見ようとしなかったからな。……それに多分あの人たちなら。」

「ふーん。信じるからね。……っていうか、本当にこれ、あんたが着るの?……ふわっとしたシルエットのワンピだし、着れるとは思うけど。」


 自分は野暮ったい野良作業着、と言ってもこれも最新式だけれども。

 そんな身なりで、薄汚れているが今流行りのおしゃれワンピを彼に渡す。

 やや視線を反らしながら。


「仕方ないだよ。……っていうか、いい感じに似合ってるな。顔も薄汚れてて完璧だ。」

「うーるーさーいー!…………あぁ、違う。そっちじゃなくて!…………、————‼‼」


 彼曰く、灰を上手く使うと汚れが綺麗に取れるらしい。

 それに、私は灰塗れで真っ黒になっているが、彼の場合は水も混ぜて洗っていることで髪だけではなく、肌までつやつやになっている。


 その結果、あり得ない結果が導かれる。


「なんで、そんなに似合うのよ……。なんで生意気に綺麗な翡翠色の髪なのよ!なんで綺麗な肌なのよ!日焼けじゃなくて、汚れていただけなんて、卑怯じゃない!まさか、短髪じゃないのも、それを狙ってたの?……女装趣味の人?」

「なわけねーだろ!それより靴だけはどうにもならないな。それにあれじゃ踏ん張りが利かなそうだし。あと、鬱陶しいかもだけど前髪に気を付けろよ。その瞳の色だけはどうにもならないからな。」


 野暮ったい男と思ったら、ベースがとても良かった。

 胸は無いが、それは服のシルエットで誤魔化せる。

 私の肌は日の光に弱い、だから肌面積が非常に少なく、サイズも大きめに作られている。

 それが逆に彼にはちょうど良かったらしい。

 だが。


「わ、分かってるわよ。それよりも喋り方、なんとかしてよね。無理に高い声を出さなくてもいいとは思うけど。」

「んー。それが一番大変そうか。その辺はお前が頼むよ。ってか、本当にあの岩盤の先に隣の国があるんだろうな?」

「喋り方!……あるわよ。流石にそれくらい頭に入れてるんだから……」


 既に直前まで来ているという少し上っているトンネル。

 だから、私の服がこれだけ汚れている。


 ——そして、私は外の世界がどんなことになっているのか、全く知らないまま元の世界に戻ってきた。



     ◇


 トンネルの先は深緑が広がっていた。

 森特有の臭いがするが、海風よりは随分マシだった。


「エクスクラメイト王国の北はセミコロン王国。さらに北西にはここの王様と姉妹関係にあるコロン王国がある。」

「へぇ、そうなのか……ですわ。」


 叩きたくなる衝動に駆られながらも、彼、彼女の美しい肌が汚れてしまっては、と躊躇してしまう。


「で、ここからどうするの?」

「えっと。実はこっちの国まで来るのは誤算だったんだ……ですわね。山の途中の川が国境とは知らなかったんだですわ。」

「誰もいないときは普通に話すことにしましょ。流石にお粗末すぎるもの。私も面倒くさいし。でも、結局こっちに出ることにしたんでしょ。」

「あぁ。だったらこの国の六柱を目指そうと思ってるんだ。」

「えぇぇぇ⁉どうして?イヅチは戦えないし、私も——」


 ただ、ここで突然の警笛が鳴り響いた。


「ピーー!ピッ!ピッ!————ちょっと!ちょっと!ちょっとぉ!」


 二人は固まった。

 あそこに暫く引き篭もっていた二人に、今の現状が分かる筈もなかった。


「従者くん。ご婦人をこんなところに連れてきちゃダメだろう。」


 知らないおじさんと若い男たち。

 自警団という風貌の連中に声を掛けられた。


「ちょっと、聞いてる?君だよ、君。黒っぽいの髪、汚い格好をしてる君だよ。」

「あ、わ、わた、僕ですか?……あの、こんなところ、とは?」


 確かに隣の国に無断で入っていることには違いない。

 けれど、隣国との関係が悪いということはない。

 そも、どの国も元を辿れば一つの国であるが……


「はぁ……。見たところ、お連れの方は貴族のご令嬢だろう?ここは今、危ないって君の主人から聞いてないのかい?」


 その言葉に薄汚れた少女は半眼になる。

 後ろの若い男たちは皆、後ろの翡翠色のご婦人を見つめているのだから、少しだけ不機嫌にもなる。


「危ないっていうのは、魔物が現れるとかですか?」

「はぁ。魔物もそうだが、エクスクラメイト王国から警備を頼まれてるんだよ。国家反逆罪の極悪人だ。白髪の偽聖女と、彼女を逃がした麦藁黒髪の男だ。」


 流石にここで二人は焦っている。

 二人にとっての一番の驚きは、生きている前提で捜索されていることだ。


「そうですか。でも僕たちには関係なさそうですね。魔物は確かに怖いです。ご忠告、ありがとうございました。実は今、お忍びでイナ様の職業訓練をしてまして。……ご主人様はどうしてもお嬢様を外に出したくなくて。」


 中途半端な嘘を吐くとバレる、と思った少女は自分の過去を投影させてみた。

 すると彼らは。


「ん?確か、偽聖女もそんな生い立ちだったっけなぁ。……それがバレて、転封処分されたらしいがね。都会貴族から田舎貴族に落ちぶれたって話だ。全く、いい気味だよ。」

「そ、そうですか。えと、貴族のお嬢様は箱入りにされることが多いですから……。それでは、お嬢様。行きましょうか。」


 だが、彼らは平民である、貴族の常識には疎い。

 それに今の話も事実である。

 ジョブスのお告げにより、17歳を過ぎなければ、政略結婚も始まらない。

 その時までに手の内は出さない、それがこの世界の貴族の常識だった。

 見事に職質を潜り抜けたと思った少女は、ここで再び肩を跳ねそうになった。


「ちょっと待ってくれ!麦藁帽子、一応共通点だよな。お嬢さん、ちょっと顔を見せてもらっていい?」


 自警団の若者の一人が通り過ぎる途中に声を上げた。

 心臓が口から出そうになる。

 だが、逃げるのはNG。

 だから、翡翠髪の青年はゆっくりと麦藁帽子を脱いだ。


「——はう!し、失礼しました!そ、それより魔物は本当に危険です。俺達、実は冒険者なんです。護衛をしましょうか?」


 そこで再び、元白髪の少女は半眼となった。

 そして何か言ってやろうとした時、少女は腕を引かれて翡翠色の美女の胸元に無理やり引き込まれた。


「……え。……分かりました、お嬢様。では、この近くの農業を視察しておきたいから、その村までの護衛をお願いしたいと。ただ、持ち合わせが今は無くて……」

「問題ありません!」

「俺達に任せてください!」


 翡翠色の美女にニッコリとほほ笑まれては若者たちは堪らない。

 結局、二人はバレることなく、セミコロンの小さな村カンマへ無事に案内された。

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