第14話 是が非でも罪を

 アメリア、グリーグは王都エクスクラへと向かっていた。

 女王オミンは三百年前の聖女の子孫である。

 聖女が救った世界、女性が王になるのは必然だった。


「ご苦労。これでエクスクラメイト王国の役目は終わったということかの。」

「はい。犠牲はあったものの、無事に六柱の一つの再封印を果たしました。」


 跪き、そして視線を落として報告する。

 とはいえ、彼女の戦いはこれで終わらない。

 まだ、五つの国は周囲の五つの祠の半分の再封印が終わっていない。

 だから、この報告をした後、すぐにでも旅立ちたかった。


「ラインヘッド殿。報告はそれだけではありませんよね。それに今回は合同クエスト。私にも報告する義務がございます。」


 グリーグの言葉を聞き、アメリアは歯を食いしばった。


「ほう。申してみよ。」

「はっ!例の聖女についてです。」


 彼の言葉に一番反応したのは王オミンの傍らにいた、真っ白な聖職者の衣を羽織った少女だろう。

 白い髪、そしてオレンジの瞳の少女。


「アレは聖女の役目を放棄して逃げ出しました。」


 その言葉にアメリアは目を剥いた。


「ゲーメイト殿!それは早計です。双頭の竜、ゼルベダグに飲み込まれた可能性の方がずっと高いと結論が出た筈!」

「……ラインヘッド殿。あまり発言しない方が宜しいかと。このままでは貴女にも逃亡教唆の罪を背負わせねばなりませんが。」


 ものは言いようである。

 確かに、良心の呵責に駆られて、彼の装備類を提供したことは確かだ。


「……難儀な事じゃな。各々、何があったか詳らかにせよ。」


 今上の王は慎重な性格をしている。

 いや、大厄災を迎える世代だからこそ、慎重にならざるを得なかったのかもしれないが。

 そして、そこからは二人のクエスト攻略作戦が王に伝えられる。

 犠牲が必要なことも、王は知っている。

 だから、本当に淡々と。

 あの赤い煙のこともきちんと告げる。


 そして。


「死んだ可能性は高い……と。だが、その農民の手によって逃がされた可能性も残っていると。」

「はい。彼女はそのような危機に瀕しても、聖女としての力を示すことはありませんでした。」

「グリーグ。勝手に口を開くな。……まぁ、分かっておったがの。クリスティーナ。やはりお主が聖女のようじゃな。」


 その言葉に一番反応したのが誰かをアメリアは見つけていた。


 クリスティーナ・ベルモンド

 彼女はアメリアの遠縁の親戚である。

 ベルモンドは数年前に伯爵位を賜った元・下級貴族である。

 彼はブルジョワと呼ばれる金持ち商人を従えている。

 そしてクリスティーナの父オズワルドがブルジョワたちと交渉しなければ、市民革命は今よりも大規模なものだったと言われる。

 それが故の昇格であった。

 

 オズワルド・ベルモンドは信用できない。

 少し前まではずっとソルトレイクにへこへこしていた。

 だが、ゲハルト・ソルトレイクの勇み足とシオリ・ソルトレイクが聖女としての資質を持っていないと判断するや否や、突然自身の娘こそが聖女であると言い始めた。


 ベルモンド家の資産は計り知れない。

 そして、王家への影響力も。

 特に、王の孫がクリスティーナを気に入っているという噂まである。


 どこまでも胡散臭い男だ。


「陛下。その前に私も力を示したいのですが……。確か、あのソルトレイクの娘もここで力を示したとか。」

「クリス——」

「良いではないですか、陛下。クリスの力、僕も見たいなぁ」


 ここでアーノルドの登場である。

 女王オミンは80歳であり、孫どころかひ孫までいる。

 アーノルドが孫の一人であり、シオリの母も同じくオミンの孫である。


「……仕方ない。クリス。お前の力を彼らに見せてやれ。」

「はい!陛下。それでは行きます。流石に力は抜きますが……、——聖なる空間ホーリーディメンション!」

「おおおお!み、見ましたか!陛下!クリスティーナは流石だなぁ。ほんと、僕が見込んだ通りだよ。それに前の誰だっけ、アレはちょっと目も怖かったし。何より……」

「ちょ、ダメですよ!……こんなところで」


 下手をしたら親子ほどの年齢差の二人。

 ただ、アーノルドが彼女のことを溺愛し、そしてクリスティーナもまんざらではない様子が伝わってくる……が。

 どこまで計算か分からない。

 あの者の娘というだけで、どこか嫌な気持ちになる。

 それに今のは、完全な当てつけだ。

 手から灰のようなものがサラサラと出ただけだった、別の意味で話題の彼女への。


「ねー、アーノルド様ぁ。私、怖いんです。その偽物を騙った女と、騙らせた家族が……」

「確かに。姉上には悪いが、あの男の言動は……。陛下を侮辱していたのだし。」

「……じゃが、セイラは夫の動きを逐一報告しておった。アレにひどい仕打ちはしたくない。」


 ゲハルトの行為は娘が聖女でなければ許されない行為だった。

 だから、以前の法律であれば極刑、一族郎党刑罰でもおかしくはない。

 そして、世の中の機運として、貴族の刑罰を平民は喜んで受け入れるだろうし、そのことで王は貴族を特別扱いしないという心象を作ることが出来る。

 けれども、オミンの子供と孫で女はセイラただ一人。

 今から男性の王を容認する法律を作ることは出来るが、現段階では彼女のみ王位継承権を持っている。

 

「では……、こういうのはどうでしょうか。」

「お父様!」


 隠れていたのか、それとも裏で待機していたのか、ここでクリスティーナの父、オズワルドが姿を現した。


「はぁ。部屋で控えておれと言った筈だが?」

「はい。私もそう思っておりました。ですが、これは陛下の為であるのです。」


 ベルモンド工業は今やこの国になくてはならない存在である。

 六か国のうち、この国がいち早く柱の再封印した事実がそれを証明している。


「分かった。分かった。申してみよ。」

「は。畏れ多いとは存じますが、進言させて頂きます。今、一番厄介なのは偽物であるシオリをソルトレイクが匿うことです。」

「ほう、それは?」

「アメリア様ならばお分かりかと。攻略方法が分かれば厄災を防ぐことは可能。……ならば、先のことを考えるべきです。イカサマをしたとはいえ、テルワーの紙を持っていることは事実。全てのほとぼりが冷めた後、我が娘こそが王に相応しいと言い始めるかもしれません。」


 私にまで話を振ってくる男、狙いが分からぬ故、私はただ床を見つめるだけ。

 ただ、この男は違ったようだ。


「そうでしょうね。アレなら言いかねない。それに先ほどクリスティーナ様の力を拝見いたしましたし。……あと、これは言い辛いのですが、アメリアも聖女の血統には違いありませんよ。もしかすると、このまま世界平和を齎すかもしれません。」

「グリーグ!」

「冗談ですよぉ。そんなことをしたら、力こそが全ての世界になってしまいます。私が言いたいのは、厄災は去ったも同然。だったら、その先も考えておくべき、ということです。」


 ただ、それは確かに私も思っていた事だった。

 勿論、その都度生贄を差し出したらの話だが。


「それで良い考えとは?」

「はい。偽聖女が行方不明になった場所はラメーション山。北のセミコロン国の近くでした。その地域一帯に二人の似顔絵は既に配布済みですから、まず身動きはとれないでしょう。勿論、生きていればですが。」


 いつの間に。

 いや、既に仕組まれていたということ。


「……ソルトレイク家についてですが、流石に現在王位継承権をお持ちのセイラ様です。流石に重い罪を科すことは難しい。封建制は崩壊しましたが、貴族が大地主には変わらない。そして未だに封建制を主張している者も多い。ですのでここは前の慣習に倣って、転封処分というのはどうでしょう。侮辱罪として今の土地を取り上げ、国の隅に移住をさせるのです。」

「過去の王族への罪を当てはめるか。……それならば、多少は溜飲が下がるか。で、

あてはあるのか?」


 祖母であるオミンへの配慮も加味されている、用意されていただろう処罰。


「……そうですね。他国に逃げられると面倒ですし、比較的土地の安い場所が好ましいでしょう。……今なら、ムツキ地区でしょうか。そこなら私の伝手が効きます。あそこは南東の地であり、ラメーション山からも距離が離れている。海を使えば別ですが、監視には適した場所かと。なーに、ただのお引越しですよ。」


 そして、用意されていた僻地。


「姉上はお可哀そうですが、陸続きですし会いに行くことも出来ます。陛下、僕もそれに賛成です。」


 私には何も言えなかった。

 というより、ここに来るまでには決まっていたと確信できる。

 それに、まだ世界が救われた訳ではない。

 だから、私は自分の貴族である事実を胸にしまい、一人の冒険者としてこの国を去った。

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