第13話 逃げられた理由の一端

 白い髪の少女は項垂れていた。

 彼女は一年間キャリーしてもらっていた。

 そして、最後の日にあんなことになったと言う。


「俺も初心者用の団体に所属していたからな。んで、あの時言われてたキャリーってヤツか。」

「そうね。私たちの周りだと普通の事だから何も思わなかったけれど、その中で私は力を示さなければならなかった。」

「聖女としての力を示す……か。ランク上げが必要かもしれない。だからか。」


 ただ、それだけの問題ではなかった。

 秘密主義だからこその、いや血統主義ならではの問題が発生していた。


「父が雇った冒険者グリーグ・ゲーメイトが、このままだと偽物だと思われる。だからこの国で一番強い厄災を封じましょう、と私に話を持ち掛けたの。」

「聖女様が災厄を鎮める。だから封印されている魔物をそのまま封じれば良い……か。でも、それにしては危なすぎる……っていうか危うく死にかけたんだよな。」


 俺に分かることは何もなかった。

 だって、聖女が五人の冒険者と共に厄災を鎮めたという話しか知らなかったから。

 だが。


「今にして思えば、あの時のグリーグは何かを待っている感じだった。いくつもおかしな点はある。……でも、私には関係なかった。父のせいかもしれない。でも、あんな父でも私の父親には違いありません。それにお姉様、お母さま、ナディア。私が偽物だったとしたら、何をされるか分かりません。だから私は証明するしかなかった。」


 この言葉を聞いて、俺は何も言えなくなった。

 だって、あの赤い煙を俺は見ている。

 彼女は、自分の証明に必死で見えていなかったのだろう。


 あの赤い煙が関係していたことは事実、——だとすれば。


「例えば。聖女が一世代に何人もいるとかって——」

「伝承では一人だけ。でも、そんなことはないのかもしれない。」


 そして、少女は俺に両手を差し出した。


「——ねぇ、イヅチはどう思う?」


 俺は目を剥いて、言葉を迷ってしまった。

 彼女の救いを求める両手、そこからサラサラと何かが零れ落ちている。


「はい?……いや、違くて!そういう意味じゃなくて。手から灰?」


 すると、少女は俯いてしまった。


「そう、これが私の手から出るの。あの日、私は女王の前で自分を信じて手をかざした。その結果、謁見の間に衛兵達の笑い声が響き渡りました。押し殺していましたが、女王も笑っておられた。……そして、顔を真っ赤にした父が、私のレベルが足りていないからと言って私を無理やり冒険に出させた。これがイヅチがジョブを受けた日にあったこと。……ねぇ、私はどうしたらいいの?」


 謁見の間は知らない。

 女王オミンも知らない。

 でも、なんとなく煌びやかな場所だとは分かる。

 そして、こいつが聖女かよ!とあざ笑う人間しかいなかったことも。

 大道芸人じゃ、あるまいし。

 手から灰のような何かが出るだけなんて。


「……ねぇ、やっぱりお父様がイカサマをしただけだったの?」


 理屈では理解している。

 聖女のイメージとはかけ離れた彼女。


 ——でも、俺は。


「シオリ——」


     ◇


 アメリア・ラインヘッドは双頭の竜ゼルベダグの腹を搔っ捌いていた。

 そして、サラが自身にガード魔法を掛けながら中を覗く。


「予想通り、中は強酸ね。飲み込まれたが最後、骨も残さないって感じかしら。」

「つまりここでもデストラップ。今回も助けられなかったか。」


 アメリアは新人を助けようとはしていた。

 けれど、今回も同じ結果に終わってしまう。

 そして、これでこの国は役目を終了したことになる。


「いやいや、今回もではないですよ。聖女は偽物と分かったんですから、次に繋げられたと考えるべきです。」


 口ひげを蓄えた男が後ろから話しかけてきた。

 元はと言えば秘密主義が悪い。

 平民が行っている神託の儀のように簡素なつくりのオープンスタイルにすれば、こうはならなかっただろう。

 それは全ての爵位家系が感じていること。

 でも、平民の所有権、土地の未来永劫所持の放棄、そして領内裁判権の剥奪。

 きっと良いことだろとは思う。

 それでも、変化を嫌うお偉方には受け入れがたい事実であろう。


「聖女がどんな存在かも分からないのに、一番危険なことをさせるなんて、常軌を逸している。」

「ほう?今や人類皆平等が叫ばれているなか、C級冒険者を生贄にした貴女がそれを言いますか?C級冒険者も聖女も同じ人間……、それを否定される……と?」


 厭らしい目で、正論を唱える男に白銀のアメリアは言葉を失った。


「それに、聖女候補は彼女だけじゃない。聖女が生まれるのは彼女の代か次の代。それに……、この国に誕生するとは限らない。そもそも、彼女には特別な力がなかった。伝承によれば世界各国を回った聖女によって厄災は封じられた筈。だけど、結果は今までと同じだった。なら、私たちは正しいことをした……とはなりませんかねぇ?時代が違えば、聖女と言われていた筈の貴女なら、彼女が如何に無力か分かっても良い筈なのですが……」


 痛いところを的確に付く男。

 ワザと三つ目の祠を譲ったという噂はやはり本当なのだろう。

 この男の方が世界の守り方を知っているように思える。

 彼は最初から聖女のキャリー役に立候補していた。

 だから、アメリア隊が五つ目の祠攻略を行う流れになった。


「とにかく王に報告だ。この国のノルマは達成し、そして聖女候補は聖女に非ず再封印の儀で——」

「おい。アメリア。こっち、来てみろよ。」

「怪しいとこがあるんだよねー。」


 そこ言葉にグリーグの言葉が頭の中から全て消し飛んだ。

 そして、人外の動きで二人の所へ行く。


「ネオンはねぇ。あの時不思議に思ってたんだよねー。」

「あ、あぁ。アレだな。俺も気付いてたぜ。」

「えー、ラルフェン。絶対に嘘の奴じゃん。ラルフェン、魔物ぶっ倒すことしか考えてなかったくせにー。」

「ちげぇよ。気付いていながらも戦いに集中。この国で一番つえぇ封印なんだぞ?あいつの命を犠牲に出来ねぇだろうがよ。」


 アメリアは二人の表情に違和感を覚えていた。

 気付きがあったか、と言われたら彼女の答えはノー。

 下唇を噛み締めながら戦っていた。

 またしても救えなかったと思っていたのだから。


「痴話げんかは後にしてくれない?……その怪しいところとは一体なんだ。」

「痴話げんかじゃねぇし!」

「痴話げんかじゃないもん!っていうかね、あの巨体で地面に向かって巨大なアギトでかぶりついたわけじゃん。あたしのイメージだと、地面も抉り取られるんじゃないかって思ってたんだー。どうしても出現した厄災の方に目が行っちゃうところだけどねー。」

「そりゃそうだろ。開封の儀は初見殺し。散々俺たちにトラウマを与え続けた存在だからな。イヅチの為にも絶対に成功させるって思うのが普通だろうが。」

「御意。それ故にしっかりと敵を見定めた。」


 いつの間にかアメリア隊が五人勢ぞろいしていた。


「待て。話が見えない。それが怪しいことということか?」

「いやいや、そんなわけないでしょー。いい加減、そのすぐ落ち込む癖——」

「ネオン。アメリア様はお兄様をそれで失っているの。そんな言い方しないで。」

「ってか、単に怪しいってだけだぜ。ほら、ここだけ、おかしくねぇか?」

「おかしい?……確かにここだけ、なんというか……どこかで見たことがあるような地面になっている。」


 だからアメリアはその部分を踏んでみた。

 そしてやや柔らかい土の地面を踏んで、首を傾げた。


「確かに、ここだけ踏んだ感触が違う。だが、それが——」

「ふむ、これは畑だな。理由は分からんが、ここだけ畑になっている。……これは」

「畑だったから、竜が嫌がったのか、それは分からねぇが。これ、間違いなくイヅチだよな?」


 アメリアは目を剥いた。


「でも、どうして畑?恐怖のあまり、ここを耕した、と?」

「それが分かれば呼んでねぇよ。穴でも開いてりゃ別なんだけど、畑だ。そしてあいつのジョブは覚えてんだろ?」

「それは勿論だ。農家、いや農夫か。冒険者の中では聞いたこともない職種だが。」

「それにあのどうしようもない連中の中で、一番B級に近づいていた。それもあって、アメリアはあの子にしたんでしょう?」

「……気休めだけどな。それに——」


 そう、もう一つ。

 実は理由があった。

 ただ、それさえも藁を掴むような話。


「鷹の希望団の連中は気付いていなかったけどなぁ。アレは間違いなくタイプ一致だ。ランクが上がる速度が常人の二倍。俺達貴族でも、そうそうお目にかかれねぇ。あいつ、ムツキ漁村の生まれだけど、生まれは分からないんだろ?マジで大農場家の血が入ってたんじゃね?」


 とはいえ、何も分からない。

 現場に残された小さな畑。


「……でも、だからと言って。」

「それはそうなんだよねー。でも、アメちゃん、一杯買ってあげたんでしょ?しかもベルモンド製、たっかい奴!」

「ふむ。成程、そこさえもタイプ一致か。そも、冒険者に農家が入るという前例がない故、分からぬことだらけだな。単に現実逃避で耕したのかも知れぬ、だが。」

「——もしかしたら、ここを切り抜ける奇跡が起きた可能性……か。」

「そうそう。とりあえず、今はそう思っておきなよ。その方がアメちゃんも少しは気が紛れるでしょう?あたしたちの仕事はもう終わったんだしぃ。」


 それは本当にそうだった。

 今までいくつも命が失われた。

 だから、色々と考えて来た。

 それがもしも報われていたとしたら、多少は心が休まる。

 淡い希望でしかないのだけれど。

 だが、ここでの話はあまりにも目立ちすぎた。

 直後に言われた一言で、アメリアの胃が再び痛み始めた。


「ほう。そのようなことを考えていたと。……つまり、シオリ様は生きている可能性があると。ふははははは。これは面白い。聖女は封印に失敗したどころか、その者の力で戦いから逃げ出したかも知れないと。」

「グリーグ!貴様、何を言っている。これはあくまで可能性の話だ。」

「そう、可能性。ですが、これは報告するべきことでしょうね。申し訳ありませんが、聞いてしまった以上、その農夫のことも報告させて頂きますよ。」



 

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