第12話 聖女の証明

 私が引くのは「課金ガチャ」と呼ばれるもの。

 一般国民はそう呼んでいるらしい。


 ただ、これは決められた定め。

 確かに血統も加味されるらしいが、それ自体が決定事項ではない。


 巨大な箱の中にテルワーと呼ばれる伝聞者が入る。

 一人だけの密室で神の声を聞き、神の意志を書きなぐる。

 話によると、その時の記憶はないらしいが。


「あー、俺達もそんなだったな。あれ、中に人が入ってたんだ。」

「そう。基本的に大聖堂で行われているものと変わらない筈。箱が豪華か質素か。そんな感じだと思う。そして神の意志を読み解くのは大変らしいから、かなり曖昧な言葉が綴られるの。」

「……確かに。俺も意味が分からなかったしな。なんだよ、小作人って。それにレベルが上がっても敵へのダメージが変わらないって……」

「貴方のはまだマシよ。さ、続き話すわよ。」

「……まだ、続くのか、これ。」



 お父様はそれはそれは丁寧に教えてくれた。

 彼は私が聖女になると信じ切っていたから。


 ——この制度は貴族主義を貫くために生まれたものらしい。


 貴族は血統に従って、高いジョブが与えられる。

 そして庶民はただ、運に左右される。

 それが正しいと思わせることが大切。

 貴族と平民とは違う存在だと思わせる為。


 特に、革命後だからこそ貴族は地位を守る為に秘密主義を貫く。

 だから私が聖女になると決まった訳ではなかった。

 あくまで、白い髪と今年17歳になったという共通項があっただけ。


 ——だから、不安でいっぱいだった。



「え。どういうこと?運なの?血統なの?」

「神様が見ているのは、その人間の器。だから運も正解だし、血統もある意味で正解。強い人からは強い子が生まれやすいかもしれないけど、そうではないこともあるでしょう?」

「あ……。そか。農夫になったからそれ、何となく分かる。それに時々、見たこともない葉っぱの形になったりする。なるほど、突然変異って言うんだっけ。それに強く出やすいものとか……」

「……ふーん。そういうのあるんだ。でも、私が教わったのもそういうのかも。私のお母さん、王の孫だからー。私のこの髪も王様譲りだと思うんだけどねー。」


 流石にこの言葉に男はのけぞった。

 そして今更ながら身を起こして背筋を伸ばした。


「え⁉王族?……お姫様ってこと⁉」

「だーかーらー、私に対して畏れ多いって言ったの!でも、その基準だと沢山お姫様がいるってことになるの。六か国のそれぞれの王様だって元は一つの王家の生まれだしね。」

「……ますます命を狙われる意味が分からない。いや、結局命を狙われているってことは」

「はぁ。それで結局——」


 大聖堂の奥の方からは大歓声が聞こえた。

 つまり、私が聖女で合っていた、ということ。

 父が見事に的中させたということ。

 その紙を持って、私は父のもとに向かった。


「しゃぁぁぁぁ!やっぱ、正解だったぁぁぁぁ!」

「えー、マジ?」

「貴方、もしや、そこまで……」


 そう、これが私にとっての災厄そのものだった。

 父はこの日の為に各地で宣伝しており、そして見事にそれを的中させた。

 

「ふははははは。オミンめ。これでワシが王じゃぞ!」

「あー、ダメだこりゃ。全然聞いてないわ。」


 秘密主義、宣伝、その上での的中は周囲の目にどう映ったか。


「ほう。お主が聖女に選ばれし女か。確かに雪のように真っ白な髪をしておる。」


 王都エクスクラのクラメーション城に私は居た。

 父に連れられて来てしまった。


「オミン王。いや、オミン。この意味が理解できたか。やはりワシこそがジョブスの直系ということ。」


 その言葉に近衛が反応した。

 不敬罪、国家反逆罪、なんでも通用しそうな言葉を父は言った。

 しかも私をネタにして。

 ただ、オミン王は尊大なお方だった。

 彼は両の手を掲げ、近衛の動きを封じさせた。


「待て。確かに今年、もしくは来年に聖女は誕生する。伝説を信ずるなら白い髪の聖女ということになっておる。——それに聖女誕生から三年後に六柱を束ねる大厄災、グヘバエルが復活することは歴史が証明しておる。シオリと言ったか。その力を見せてはくれぬか?」

「おいおい。三百年前の大厄災を救ったのは聖女。そして聖女がそのまま女王となり、今がある。だったら、ワシの娘こそが女王の器。おいそれと力を見せれぬよ。」


 ここでまた近衛が動く。

 だが、王は制した。


「伯爵。十年以上になるか。当時、私が言ったのは、聖女は老婆だった可能性がある、という話。人間とは大抵、年を取れば髪が白くなる……じゃったろ?」

「それならば、伝説にはならんだろう!わざわざ白髪と伝わっている意味を考えろ、オミン!」


 王族、貴族は名前を呼ばれることを嫌う。

 だから、父の言動は看過できないもの。

 オミン・アスタリスク・エクスクラメイト。

 尊大なる女王にして、聖女の子孫と伝えられる王。

 彼女はまたしても近衛を止めた。


「じゃから、力を見せよと言ったまで。……その何かを手から出すのであろ?」

「このた——」

「分かりました!私、やってみます!」


     ◇


 ここまで話して、私は青年の顔色を窺った。


「……え?ちゃんと聖女様だったの?シオリのお父さんが余計なことをしたから、性女じゃないかもしれないってこと?イカサマしたってこと?」

「秘密主義が故に、実は私にも分からないの。」

「いや。でも、力を示せば良いんだよな。流石に俺も無知のまま農業できるようになって、びっくりした記憶あるし。」


 青年は腕を組み、首を傾げている。

 確かに、父が余計なことをしなければ、ここまで話はこじれなかったかもしれない。

 でも、それさえも関係ないのだ。

 だから、顔が斜めになっている男に私は問う。


「聖女ってどんなイメージ?」


 そこで男の呼吸が止まる。

 傾けた顔が左右反対に傾けられる。


「んー。清らかな?美しい?でも、災厄を封じるんだから手からバーッてなんか出すみたいな?ほら、清らかな何かを——」

「でしょ!そう!だから、私が受け取ったのがこれ!」


『聖女 


 貴女は手から何か出す』

 

「——はぁ⁉ナニコレ。俺のイメージのまんまじゃん!っていうか、何か出すって何を出すんだよ!」


 彼は目を剥いた。


「……はぁ。やっぱそうなるわよね。何か出すってそれは何か出すでしょうよ。」


 当時の私も目を剥いたのだから当然だろう。

 あまりにも適当過ぎるテルワーの紙をあの日私は受け取ったのだ。


「だから、私は誰にも信じられなかった。私も何を出したらいいのか分からなかったから。」

「……それで冒険者か。確かに伝説の聖女も冒険者と共に行動していたんだよな。っていうか、俺達の職所に誰もいなかったのはお前目当てだったのかよ。」

「そういうこと。実際には父が雇った精鋭たちと共に行動することになったんだけど——」


     ◇

 

 力を見せなければ聖女とは言えない。

 秘密主義が故の妙な噂。

 だから私は、A級冒険者と冒険を共にすることになった。


「聖女様。今日はこの辺にしときましょ。グルタミンの群れもこんだけ狩れば大人しくなりますよ。」


 グルタミン。

 タンパク質がドロドロに溶けた怪物。

 色んな人間のフリをして、老若男女問わず巣に誘い込む恐ろしい魔物。


「はい。今日もありがとうございます。グリーグ様」

「聖女様。私に様はつけなくて良いです。それにお父様には大変宜しくさせてもらっておりますので。」


 金で冒険者を雇う。

 いや、お貴族様とはそういうものだ。


「いえ。本当に父が無理を言いまして……」


 私の気持ちが晴れることはない。

 これも私に力が無いからだ。

 私はいわゆる姫プをさせてもらっていた。

 一年間、ずっとエリート冒険者に囲まれて生きてきた。


 ——そして、今日という日がやってきた。


「聖女様。このままでは偽物の烙印が押されちまいますよ。どうです、この辺で示してみては?」

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