第10話 自己紹介

 俺は流木を片っ端から集めていた。

 申し訳程度に木は生えているが、切ってしまって良いのか悩ましいところだった。

 

「なぁ。燃えるものって何か持ってない?」

「……持ってない。その服ならよく燃えそう。」

「燃やせるか!これ、高かったんだぞ!俺のお金じゃないけども!」


 少女はなぜ殺されそうになったのか、そこから先は話さなかった。

 俺も聞かなかった。

 殺されそうになっていた、その理由を聞くと巻き込まれる気がしたからだ。

 戦える職種なら良いが、俺に戦闘力はない。


「まずは生きる努力……だよな。」


 目下の問題が沢山ある。

 ここは断崖絶壁の直下の小さな砂浜。

 海の波は高いし、崖沿いを歩こうとも、岩肌がツルツル滑って歩くのが危ない。

 危険を覚悟して進んだ先も、同じような岩礁地帯かも知れない。

 こういう時は動かないに限る。


「絶対に掘る方向間違えた。俺はどうして街の方向に掘らなかったのか。狼煙でも焚いて漁民に見つけてもらうか……」

「狼煙?それは止めて。あんたも逃げたらしいじゃん。生きていると知られたら、逃亡人としてクエストの対象になってしまうわよ?」


 横顔でそう語る白い髪の女。

 意地でも顔を合わせたくない、そんな意気込みの女。


「ぐぬぬ……、そうだった。そっちの事情はさておき、俺の場合は逃亡か。俺の職業が漁師、もしくは船乗りであれば海に出て逃亡ができるのに。……あれ。そういえば、お前のジョブって何なんだ?それによってはどうにでもなるんじゃないか?」

「教えない。それよりお前は止めて。シオリ……、——シオリ様って呼んで。」


 流石に顔が引き攣った。

 だが、無駄なカロリーを使ってはならない。


「教えないって……。行き場がないんだぞ。絶体絶命のピ——」

「燃えるモノ、だったかしら。ちょっとその鎌を貸してくれない?」

「ほう、なかなか良い目をしている。これは良い鎌だ。……って!それは燃やしちゃダメだからね!」

「分かっているわ。私は無人島に一つ持っていくなら道具を選択する派」


 俺は特に何も考えず、ベルモンド製の最新式の鎌を渡した。

 アメリアが買ってくれたもの。

 あの時、彼女はどういう気持ちで俺に道具や武器を買ってくれたのだろうか。

 そういえば、あの日もそうだった。

 デズモンドにも何かを買ってあげるという流れだった。

 殺す為ならそんな買い物は無意味だ。

 勿論、デズモンドは盾使いだったから、回収すれば済むのかもしれない。

 でも、俺の場合は農具一式。

 流石にこれを回収する理由は見当たらない。


 ——アメリアさんに思うところがあったのか?もしかして……


 ただ、そんな俺の考察は目の前の少女の行動で全て打ち消された。

 少女が自分の長い髪を持ち、鎌をそこに当てたのだ。


「ちょ、おま……じゃなく、シオリお嬢様⁉」

「……もう要らないから。それに髪って燃えやすいから?」


 そして彼女は足元まで伸びた美しい髪を、ざっくりと切ってしまった。

 流石ベルモンド製、なんという切れ味!なんて思う暇がないほど呆気なく。


「すっきりした。これだけ長いと別の使い方も出来そう。痛んでいない自信はあるの。さっきの土かけは予想外だったけど。」


 男の俺でも流石に勿体ないと思ってしまう。

 その長く美しい白い糸の束が俺に手渡された。


「ベルモンド製のDIYセット一式、それ。着火機能が付いてる。水はどうにかしたいから、これを使って火を起こして。」

「おま、……シオリ様、よく知ってるな。」


 缶詰も開けられる。

 それに確かにこれだけ長いと髪と言ってもかなりの量になる。

 一本一本結び付けたらロープ代わりに使えるかもしれない。

 俺が土やら小石やらをぶつけなかったらの話だが。


「良し。これで海水から水を作れるか。それにしてもマジで便利だな。この……」

「ベルモンド伯はかなり変わり者だもの。これってそういう……」


 気になることを言うお嬢様だが、今は何も考えない。

 それにこの子は多分、無理をしている。

 偉そうな喋り方をしている時と、子供っぽい時。

 それに独り言は散々言うくせに、俺からの質問には頑なに答えない。


「お腹すいたー」

「いや、そこはまだ大丈夫だろ!人間、数日食べなくても大丈夫なの!問題は——」

「おなかすいたー」


 あれだけ動き回っていたら確かに空腹になるだろう。

 俺だって腹は減っている。

 でも、一番大切なのは水の確保、そして夜の心配。

 男女二人という変な意味ではなく、魔物が出るかもしれないのだ。


「おなかすいたー」

「分かったから!……俺が持っているのって携行食糧くらいだぞ。」

「不味い……。でも、仕方ない。庶民の食事は不味いと聞いたことがある。」


 少しだけ顔を見せてくれるようになった気がする。

 いや、火に当たりながら食べているからかもしれない。


「喉乾いたー」


 それは、そう。

 日持ちするように極力水分を抜いてあるパサパサ触感の携行食。


「一度沸騰させて、その蒸気を集める。……だから結構時間かかるんだって。」

「喉、乾いた。」


 少女の赤い瞳が一点を見つめている。

 俺の腰の右下くらいを見つめている。

 そして、そこで俺は気付かされた。

 本来なら、水が出来るまで待てと言うべきだったけれど、流石にその言葉は出なかった。


「ほら。俺は口付けてないから、安心して飲めよ。」


 シオリの着ている服は上等な代物だろう。

 俺の収入では買うことが出来ない。

 いや、そもそもそんなところにお金を使おうと思わないかもしれない。

 でも、問題はそこじゃない。


 ——彼女は服以外、何も装備していなかった。


「……本当に口付けてない?ん-、味がしない……」


 きっとジュースか何かを想像していたのか、不満げに水筒の蓋に注いだ水を飲んでいる。

 嫌そうに飲んでいるが、彼女を責める気にはなれなかった。

 俺と彼女は明らかに違う。

 ……結果はどうあれ、アメリアは俺にも生きるチャンスを与えていたということ。


 だから、踏み込むべきなのだ。


「あのさ。どうしてお前は殺されそうになったんだ?」


 その言葉の少女の肩が震えた。


「……殺されそうになったのは、お互い……さま」

「やっぱ、そうなのか。俺も殺されそうになっていたのか?」


 すると、少女は目を剥いた。

 宝玉のような赤い瞳を。


「上から巨大な竜が落ちてきたの……。気付かなかった……の?」


 そう、俺は気付いていない。


「……へ?何、それ。俺はお前、……じゃなくてシオリ様が凄い形相で睨んでたから、それを封印されしお化けと勘違いして……」

「睨んでない!……あれは騙されたって思ったから。それに……」


 一瞬だけ怒って、すぐに切なそうな顔。

 根本的に精神年齢が幼いのだろう。


「それに?」

「ううん。それは言いたくない。それより、何も聞かされていないの?六柱の話も?」

「あれだよな。世界中に六つの厄災が封印されていて、一つの国に一つあるんだっけ?」

「……そう。ついでに言うとその周りにも小さな封印が五つある。それは去年までに再封印されていて。」

「え……、そうなの?……っていうかよく知っているな。……去年までにそこまで。へぇ……」


 去年、という言葉に少しだけ引っ掛かった。

 デズモンドとすれ違ったのが去年の今日。


「爵位持ちの家系だと常識。……でも、庶民には教えていない。そして封印を解く時、必ず何かが起きる。そんな危険な仕事、誰もやりたくない。でも、誰かがその役をやらないといけない。」


 この言葉で、デズモンドがどうしていなかったのか理解した。


「そして今回は六柱の一つだったから二人必要だった。

「……待てよ。どうして全員でやらないんだ。アメリアさん達はめちゃくちゃ強かったぞ⁉」

「強くっても不死身じゃない。それにA級冒険者になれる者は限られている。それにレベルもCまではすぐにいけるけど、Bから先はなかなか上がらない。A級になるのに平均10年。量産できるC級とは価値が全然違う。」


 それは分かる。

 強くても人間、人外の動きが出来ても人間は弱い。

 だからこそ、神ジョブスは人々に職業を与えた。


「でも!なんとかなるだろ!今回だって全員で十二人いたってことだろ?俺は戦力外かもしれないけどさ!」

「……私だってなんで助かったのか分からない。巨大な蛇の頭が、口が迫ってた。あっという間に飲み込まれて、ゼルベダグの胃の中にいたかもしれない。でも、何故か逃げることが出来たの!」


 そのゼルベダグとの戦いが上から聞こえていた轟音の正体。

 そして、一つだけ安心材料があったとすれば、間違いなく死んだと思われていること。

 選ばれし英雄が戦っていたのだから、返り討ちにあったとは思わない。

 返り討ちにあわないように、彼らは遠くで様子を見ていたのだから。

 ただ、そうなると。


「百歩譲って、俺の命が使い捨てられたとしよう。……アメリアさんは違うと信じたいけど。それでもシオリは俺みたいな馬の骨じゃないんだろ?」

「……よくそんな割り切れるわね。さっきも言ったけど、私は騙されたの。私がやれば、そのまま封印できるって言われてた。私だってそう思ってたの!」

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