第8話 白髪の少女

 アメリア・ラインヘッドは眩い光の中で山のようなドラゴンを視認していた。

 そして、それは対岸にいたグリーグ・ゲーメイトも同じ。

 そのグリーグが大声を上げる。


「やはり大きいな!ラインヘッド殿、ご無事か!」

「家名で呼ぶな!それより直ぐに叩くぞ!」


 アメリア隊にはS級が与えられているが、両者の実力はほぼ同じ。

 六つの柱は一本ずつに五つの祠が付随する。

 アメリア隊が三つの祠を鎮めたから彼女にS級が与えられたという話。


「アメリア。前に出過ぎだ。それにおっさんも!……こんなのいつものことだろうがっ。」


 吐き捨てるように鈍色髪の男が言う。


「そうだよ、アメちゃん。再封印は三百年単位の大事業。資料がどこまで正しいか分からないんだよー。」


 実際、今回もそうだった。

 まばゆい光の後、ドラゴンは上から出現し、即座に下にいたであろう二人を呑み込んだ。


「ちゃんとお金も払ったんだしね。……それに、一年前もそうだったでしょ。三百年前の毒ガスなんて、どんな成分が混ざっているか分からないわ。当時の技術じゃ解析できなかったんでしょうし。」


 仲間の皆が白銀のアメリアを宥める。

 そう、彼らが警戒していたのは初見殺しトラップだ。


 過去の記録は参考にならない。

 王家の栄光の記録など、唾棄にも値する。

 どうせ、失敗した部分は消去され、成功した部分だけが誇張されている。


「分かっている。私はユリウスの死を無駄にはしない。」


 俺が封印を解いてきてやる、と言って死んでしまった彼女の兄。

 彼は自分よりも遥かに強い冒険者だった。

 それでも人は簡単に死んでしまうのだ。


「左様。あのようなことは繰り返してはならぬ。S級と言える冒険者には、一握りの人間も到達できぬ。アメリア、お主は我らの希望なのだぞ。」


 寡黙な男、ケビン・セブンハンドの弟子でもあったユリウス・ラインヘッド。

 彼が残した教訓を生かさなければならない。

 だから、アメリアは今日も一人のC級冒険者を犠牲にした。


「さぁ、行こう。彼奴を倒せば、我が国はしばらくの間、安泰だ!」




 地上ではそんな劇場が繰り広げられていた。

 だが、彼はそんなドラマに興味はない。


 だって、彼は今も懸命に地面を掘り続けているのだ。


「振り返っちゃダメだ。振り返っちゃダメだ。俺、絶対に睨まれた気がする!」


 超高性能なスコップ、超高性能なつるはし。

 そして彼が会得した農耕スキル。

 更にはお化けが怖いという臆病風。


「さっき、いたよな?間違いなくいたよな?真っ白い女。いや、なんか後ろからすごい音が聞こえるけど、まさか俺を追いかけてない?追いかけてるよね?だって、俺が封印を解いちゃったんだし!?」


 地上からの轟音の話ではない。

 彼のすぐ後ろから音が聞こえるのだ。

 あの時、彼は頭上なんて見ていない。

 だって、勾玉をセットした瞬間、目の前に恨めしい顔の女が立っていたのだ。

 地面まで届こうかという真っ白な髪の女が間違いなく睨んでいたのだ。


「これってまさか、団長が言っていたこと!?——俺、逃げちゃったってこと⁉」


 でも、彼にできることは地面を掘るくらいのもの。

 咄嗟に体が動いた。

 穴があったら隠れたかった。

 そして丁度、彼は最新鋭の農耕器具を持参していた。

 更に、出たばかりの照明付き麦わら帽。


「穴があったら隠れたいとは思ってたけど!追いかけてくるなんて聞いてない!いや、だってそうか!俺が封印を解いたから寝起きで期限が悪いんだよね‼相当にヘビーって言ってたし‼」


 既にIQがダダ下がりしていた。

 とんでもなく無酸素で掘り続けているのだ。

 ただ、そんな中でも彼の嗅覚は間違いなく感じ取っていた。


「適当に掘っちゃってるけど、大丈夫かな?なんか、こっちの方から……、——畑の土の匂いがする。」


 この近くに農園はなかった筈だ。

 それに地中からその匂いがする。

 前からも、そして後ろからも。


 だから俺は少しだけ振り返ってみようかと思った。

 遠くの方で聞こえる轟音は勿論気になるけれど、この土の匂いはとても良いもの……


 ——って、いるぅぅぅぅぅ!


 白い何かが光に照らされた。

 真っ暗な中、光源はただ一つ。

 彼の心臓は人生で一番強く脈を打った。


「ごめんなさい!ごめんなさい!成仏してください!俺関係ないんです!俺が封印を解いたけど、俺じゃないんです!」


 俺は必死に謝り続けた。

 勿論、振り返りはしない。

 だって、幽霊と目が合ったら憑りつかれると、昔にマイネが言っていた。

 いや、後ろにピッタリ張り付かれている時点で憑りつかれているのかもしれないけど。


「お願いします。成仏してください!俺はまだ若いんです。憑りつくならもっと若くてピチピチで元気なガッチーにしておいてください!」


 友人をも売る最低な言動。

 でも、それも昔マイネに聞いたことがあった。

 幽霊とは誰かに擦り付けることができると。


「ガッチーならきっと良い暮らしを……、——え?」


 今も友人と呼べるかも分からない幼馴染に幽霊を擦り付けようとしてた時。


 ——ボロッ


 と、音がしてそこから光が射しこまれた。


「眩し……、ってあれ?どこかと繋がった?」


 ムツキ地区は大陸の南東にある。

 エクスクラメイト王国自体が大陸の南東にある。

 ただ、国内とは分かっていても、ここが何処か分からない。


 ペガサスが引く豪奢な馬車に乗せられて無理やり連れてこられたのだ。


「海が見え——、……わわ⁉」


 その瞬間、背中を押された。

 だから残りの岩盤ごと俺の体は海の見える空間へと投げ出された。


「あぶな……って!地面あって良かったぁ。って殆ど砂浜だけど。ここ、どこ?」


 見たこともない景色だった。

 最初から見たこともないから知らないが正しい。

 ただ、先は山の上だったから、まだどこら辺にいるのか見当がついた。


「あの時の赤い煙。……あそこが王都だとしたらムツキからずっと北だ。でも、俺。どこをどう掘ったのか、っていうかなんで掘れたのか——」


 建物に入った筈だ。

 でも、眩しい光と共にあのお化け……


「——え?お化けが倒れてる。土砂に埋もれて……、倒せた……のか?」


 土砂に埋まった真っ白な髪の何か。


「さっき、俺を押したのって、このお化け……?っていうか、アンデッド⁉」


 俺が封印を解いてしまったから、俺に憑りついてしまった。

 それが分かっていたから、あのS級冒険者とやらは俺を買ったのだ。


「ん……。でも、考え方によっては俺って逃げたってことになる?……それはそう!だって逃げたもん!あの時上から凄い音が聞こえてたじゃん!俺の行動って鷹の希望団団長、ゴンザさんと全く同じだよね⁉……しかも前金!」


 視界が暗くなるような気がした。

 実際はまだ昼過ぎで、西の海が見えるから太陽が照り付けている筈なのに。


「……いや。この幽霊と戦っていたってことにしたら?——あれ、思ったより若いんだな。いや、幽霊だから若いのか。」


 今まで全然気付かなかったが、思っていたよりもずっと若かった。

 そう、同じくらいの年齢に見える。


「と、と、とりあえず、半分埋まってるし。俺が退治したってことに……、——ひっ‼」


 退治できていなかった。

 アンデッドは俺の腕を掴み、そしてこう言った。


「いつまで一人でくっちゃべってるのよ!幼気な少女が埋まってるの!早く助けなさい!」

「知性を持っているタイプのアンデッド‼」

「違うから!なんで私が化け物設定なのよ!ちゃんと見なさいよ。この麗しくも張りのあるこの顔を!」


 へ?と思った。

 確かに生きているように見える。


「生きているタイプのアンデッドってこと⁉」

「……馬鹿なのは分かった。その矮小な脳を働かせるだけ無駄よ。つべこべ言わずに、さっさとこの土をどけて下さる?……っていうか、ずーっと高貴なる私の体に土を浴びせ続けて。貴方、どういうつもり?」


 成程、物凄く口が悪い。

 でも、確かにモノを知らないのは否定できない。

 だから俺はアンデッドか幽霊か分からない何かの上に乗った土や石を退かしていく。

 そして少女と思われる風貌の何かの手を取った。

 すると、その何かは俺の目を見ずにこう言った。


「助けられたことだけは感謝します。……では、私はこれで。」


 少女は特上っぽい服に付いた土を払いながら、海に向かって歩いていった。


「……ん、よく分からないけど。アレは人間ってこと?……だったら俺は」


 戦っていないことになってしまう。

 つまり、ジ・エンド・オブ・マイ・人生。


 やはり視界が暗くなり、膝から崩れ落ちる青年。

 そしてそのまま砂浜にへたり込み、青空を見上げながら彼は言う。


「送金してしまったんだ。俺が二十年くらい働かないと稼げない金額を。……俺、死んだってことにならない……かな。」


 彼は青い空と白い雲しか見ていないから、右手の下の地面が変わっていくことには、この時点では気付けなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る