第7話 封印の解除役

 俺は山を登っていた。


 今回のクエストは六柱の一柱、ゼルベダグの祠。

 因みに俺はあの後持てるだけの武具、アイテムを狩って貰った。

 だから、俺の見た目だけ逆に浮いている。

 S級冒険者パーティに麦わら帽子を被った農家の人が混ざっている。

 ——ただ、この鍬は良いものだ。


 これで耕せば、今までよりも効率的に土を混ぜることが出来る。


 戦いとは全然関係ないのだけれど、俺は何故かご機嫌だった。

 いや、これは本当に良いものなのだ。

 家宝にしたいくらいの——


「この世界は六つの国からなっているでしょう?そして元は大きな一つの国だったの。その理由は神様が六つの柱を立てちゃったから。そこに厄災を封じたからよ」。」


 サラが丁寧に教えてくれる。

 けれどイヅチは世界地図を見たことがなかった。

 というより、彼らは全員貴族の家柄だった。

 過去のように、貴族は豪族のように領地を主張しない。

 その段階の革命は既に終わっている。


「神様は六つの国を周るので忙しいの。だから神様は少しずつ災厄を封じていったの。そして、その数が膨大だからそれぞれを封印しなおすのが大変なの。」


 ただ、貴族は権威を主張した。

 元より、彼らは大地主でもある。

 血統なんかもしっかりしている。

 だから、身分の違いは未だに残っている。

 その一つの象徴が、苗字を持つかどうか。


「その厄災が暴れまわっている。それが今の魔物たち?」

「違う違う。私たちも馬鹿じゃないのよ。順番が決まっているから先回りしてんの!」


 今度はネオン。

 子供っぽい喋り方だが、世界にはジョブス法がある。

 だからあんなふうに見えても、彼女は年上だ。


「先回り?それってどういう意味で……」

「馬鹿ねー。寝起きを襲うってことよ。」

「ツッチー。今朝のアレを覚えてねぇのか?俺たち、やろうと思えばツッチーをやれたんだぜ?」


 ラルフェンが悪い顔をする。

 あの時、殺そうと思えば殺せた。

 多分、起きていても殺される。


「ラルフェンはちょっと黙ってて。これからやることの意味を理解してもらった方が私たちも戦いやすいじゃない?……えっとね。封印が破れちゃうと周囲に魔物をばら撒いちゃうの。だから小さな集落とかあっけなく滅んでしまうの。」

「勿論、封印してても臭気が漏れ出ているから、魔物はいるんだけどねー」


 封印が破れる時、周囲に害悪が広がる。

 だからその前に叩き潰して、再び封印する。


「でもよー。あの聖女様ってやっぱ偽物だったんだろー。じゃあ、一年ズレてたってことじゃね?」

「ラルフェン。お前はやはり馬鹿だな。」

「なんだと、このケビン野郎が!」

「………」

「んだよ。久しぶりに口を開いたかと思ったら、まただんまりかよ。」


 ただ、ラルフェンの言葉に反応したのは俺だった。


「聖女様って偽物だったんですか?」

「おうよ。何の力も持たねぇガキだっつー話だよ。だーかーらー、今日のクエストは開始時間が決まってるっつーわけ。」

「ん?このクエストにも関係が——」

「ちょっと、ラルフェン。喋りすぎ—。ツッチーも困ってんじゃん。」


 いや、困ってはいないのだが。

 とにかく、聖女は偽物で?


「つまり、結局今年も多くの冒険者パーティが王都エクスクラに集合しているということだ。全く、騒がしいことだな。」

「んだよ、ケビン!そいつには喋んのかよ!」

「ラルフェン。うるさいわね、貴方。」

「ちょー、サラちゃんまでー!」


 アメリア隊はとても良い雰囲気だった。

 流石はS級冒険者、と思ったのは確かだ。

 ただ、俺はその時も違和感を感じていたんだ。

 このラルフェンは、無理に明るく努めているように思えた。

 重苦しい空気がリーダーであるアメリアから伝わってくる。

 彼なりにその空気をどうにかしたいと考えているのだろう。


 これから重大なクエストがあるんだ。

 団長が逃げ出した以上の魔物が現れる。

 重苦しくなるのも仕方がない。


「封じられている魔物は双頭の蛇、ダブルファング。ただ、言い伝えによると蛇と言うよりはドラゴン。


 ただ、今は暇だ。


 一定の距離に近づくと祠周辺から魔物が湧き出る。

 だから、その外で一休み。


 何かの合図を待っているらしい。

 この巨大な祠の向こう側にいるとされるグリーグ・ゲーメイト隊と関係があるのだろう。

 俺はそう思いながら、巨大な施設にも見える地上の祠を観察していた。


「いや。祠でもないし、施設でもないし。……建物の中に祭壇がある?」

「見て!あれ、赤の煙だよね!」


 俺が建物の内部を視認した時、ネオンの大声が聞こえた。


「赤い煙?……あの女王様が選ばれる瞬間って奴?」


 そんな風習があると聞いたことがある。

 確か、王は歴代女性が務めているが、長女だからといって女王になるわけではない。


「確か聖女の適性が高い者が選ばれる……んだっけ。俺には関係ないか。それにまだ女王の年齢は——」

「これで決まりね。——全員、エリア内に突っ込むわよ。ツッチー君はあの祠を目指しなさい。このオーブを嵌めるところがあるから、お願いね。ランクCなら問題なく起動すると思うから。」

「え⁉俺がですか!」


 アメリアが突然、勾玉を渡してきた。

 それだけで呪術的な力があると分かる奇妙な文様。

 農夫姿の俺とはかけ離れている代物だ。


 ただ、そんな戸惑いを見せた俺に彼は言う、一歩踏み出しながら。


「甘えたこと言ってんじゃねぇ。……てめぇにコイツらの相手できんのかよ!」


 ラルフェンが大きく前に踏み出した。

 その瞬間、祠の周りに大きな魔法陣が出現した。


 ——ドゴッ


 いくつもの炸裂音、ともに現れる巨大な手や得体の知れない頭。


「ひっ……」


 つい、俺の口から声が出た。

 そして思い出す団長の言葉。

 あまりにも大きな一つ目の巨人と、どこが顔ともつかぬ異形の四足獣、ありえない大きさでも空を飛びそうな怪鳥。

 これは人間が敵う存在ではない。


「ビビってんじゃあねぇぞ!——獣脚雷撃槌‼」


 鈍色の髪が空を舞う。

 そして彼の持つスキルなのか、そこから空中前転から速度が増して視認できなかった。

 ただ、最終的な体勢から、彼が巨大な魔物の頭部に浴びせ蹴りを炸裂させていたと分かる。


「そんな急には分からないよねー。——シャンデリ・アロー!」

「だから、お姉さんたちがキャリーをしてあげる!——ホーリーショット!」


 シャンデリアを模した複数の炎が、複数の魔物に向かって飛んでいく。

 更には青白い複数の光線が別の魔物を射抜く。


「これが上級冒険者の……戦い……」

「左様。これが我らの戦い。お主も自分の役目を果たしてこい。……途中まではアメリア嬢が護衛してくれる。」


 そして背中を押された。

 気付けば俺の前には魔物の骸で出来た道が出来ていた。


「そっか。仲間が強いってこういうのを言うんだ。……これがキャリー!」


 あの団でキャリーらしいキャリーは殆どされなかった俺。

 成程、ガッチーもマイネもこんな感じだったに違いない。

 こんな気持ちの良い経験をしていたから、あんなに楽しそうだったのだ。


「分かりました!俺、やり遂げます!」


 そして俺は金貨の入った革袋のように、勾玉を大切に抱えて祠へと走り出した。


「ひっ!」

「構うな、ツッチー!道は私が必ず守る!」


 いつの間にか隣には陶器の人形を思わせる女がいた。

 右手の周囲には常に金色のギザギザ、雷を思わせる何かが纏わりついており、左手には青白く光る片手剣が握られる。

 白銀のアメリア、彼女は魔法剣士だったらしい。


「はい。俺、やり切ります!そして絶対に——」

「よし。ツッチー。私の合図であの中に飛び込め。そして即座に勾玉を祭壇に嵌めろ!……5……4……」


 カウントダウンが始まった。

 その間中も彼女から放たれた落雷が一つ目鬼を襲う。

 片手剣が凶鳥のくちばしをえぐり取る。


「……1!よし、今だ!」


 熱い展開。

 俺が憧れていた英雄の戦い方。

 それに酔いしれていた。

 だから、俺はその合図とともに駆けだして、颯爽と勾玉を嵌めた。

 祭壇には分かりやすく、同じ形の窪みが空いていた。


 ——その瞬間、辺りが真っ白になった。


 再封印されたのか、封印が解けたのか。

 実はそんなことは考えていなかった。

 あまりの眩しさに、俺はあることに気が付いてしまった。


「——!俺、騙されてた⁉」


 デズモンドがいない。

 それだけじゃない。

 彼らは一度も俺の本名を呼ばなかった。

 とりあえず、そう呼ばれていたからそう呼んでいただけ。

 いや、それどころか彼らは一度だって俺と目を合わせていない。


 ——生贄、人身御供。


 言葉が浮かんでは消える。


 そして、俺の上には双頭の竜、ゼルベダグが大きな口を開けていた。


「——お、お化け!」

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