第5話 卒業式

 俺たちは一番最初に集まった場所に立たされていた。

 留年組は二人。

 去年、何人いたのか分からないので、倍率は分からない。


「あの二人、留年生だったのか。」


 誰かがそう言った。

 たった一歳しか違わないし、俺たちの同級生15人だって全員顔見知りではない。

 だから、実は一緒に戦っていた団員が留年生だった、なんてこともあるのかもしれない。


「では、まずは団長から挨拶してもらいましょう」


 司会進行はデニー。

 今回はジョージではないらしい。

 理由は察しがつく。

 さっきからどこかからの視線を感じる。

 スカウト、もしくは冒険者パーティがどこかから見ているのかもしれない。

 ジョージのあの軽薄な喋りはまずいと思ったのか、面倒くさいと思ってデニーに押し付けたのか。


「皆の者!よくぞ一年頑張ってくれた!毎年この日が来るたびに私はあの日逃げて良かったと感じている。こうやって若人の巣立ちを見れるのだからな。」


 確かにその通り、それになんだかんだ、こいつらのやり方は理に適っている。

 地位や名誉は手に入れられないし、莫大な報酬も手には出来ない。

 16歳までは働けないと神が定めたことにより、出生率は低いものの、死亡率も同じく低い。

 ただ、子供はほぼ確実に17歳を迎えるので、一定数以上は必ず社会人になる。

 そして、彼らは安全圏でキャリーをするだけで安定収入を得ることが出来る。

 

「上を向くのをあぎだべだぼでが、……ごうやってわがぼどを……だがだぼでは……」

「リンダさん。団長、今回はここで限界です。連れて行ってください。」


 大人の女リンダがここで登場した。

 今日は露出控えめな衣装を纏っている。

 つまり彼らとしても心証を重んじているということだ。


 なるほど、ね。


 そんな感じで俺は冷静に周囲を観察できる。

 理由?そんなの決まっている。


 俺を雇おうと思う冒険者なんて、一人もいないからだ。

 自分で言って悲しくなるが、俺はC級冒険者でありながら、魔物への攻撃は事務職と変わらない。

 いや、農耕者なのだから当たり前だ。

 俺の天敵は天候であり、害虫である。

 もしも、大農業者がスカウトに来ていたら雇ってもらう自信はあるが、冒険者パーティと言われているのだから、その可能性はない。


「さて。ここからは私、リンダが続けさせて頂きます。そして卒業式に入る前に……、——残念ながら今年留年となった団員を発表します。その者たちは明らかに努力不足。名前を呼ばれたら、自室で待機するように。」


 来た。

 留年とはすなわち、買い手が見つからなかった生徒のこと。


「ツッチー。大丈夫だって。」

「そうよ。まだまだ分からないわよ。ツッチー、頑張ってたじゃん。」


 俺は別に何もしていない。

 でも、幼馴染二人も俺には買い手が付かないと思っていたらしい。

 余計なことを言うなとさえ思ってしまう。

 だが。


「ロメロ君、君はもう少し頑張る必要があったわね。即時退場して。」

「え!嘘でしょ!この僕が?」


 ——え?嘘だろ⁉


 俺も同じことを思った。

 そして、俺だけではなく、ガッチーもマイネも目を剥いていた。

 っていうか、こいつらは俺を何だと思っているのか、……って、それは俺もそう!

 男三人は俯きながら退場した。

 そんな彼らに同情の視線が送られる。

 俺は……、——なんでこいつが残っているんだという非難の目を避けるために俯いていた。


「では、改めて。皆の者、卒業おめでとう!」


 リンダが拍手をした、デニーも拍手をした、後ろの方から聞こえてくる大きな拍手は団長かロドリゲスのものだろう。

 遠くから聞こえる適当そうな拍手はジョージのもの。

 そして、俺が目指すべき団員から盛大な拍手が浴びせられた。


 いや、ちょっと待て、と。


「それでは君たちの旅の道を発表しよう。」


 内心、冷や汗だらだらの俺。


「やったな。物好き……じゃなくて、変わった冒険者もいるってことだ。」

「ちょっと、ガッチー。それ、全然褒めてなくない?大農場を持ってる冒険者様がいたってことでしょ?」


 ガッチーはさておき、マイネの言っていることは正しいのかもしれない。

 卒業、一千万払わなくてよい、これは嬉しい出来事の筈なのだ。


「——ガチロ君、マイネ君はネイル・ガランドール様がお買い上げだね。私の働きかけがうまく行って良かったよ。」

「ありがとうございます!リンダ先生!」

「あざーす。リンダ姐!」


 そして生徒の就職先が発表される。

 ガチロとマイネのようにセットで売られる同級生は他にはおらず、それぞれ単体で売られていく。

 これが人売り、どこかの国で行われているという子供の人身売買。

 それと同じようなことが行われているのに、皆はとても嬉しそうにしている。

 就職先なのだから、厳密には違うのかもしれないが。


「あとはツッチーね。誰が買ってくれるのかしら。」

「やっぱ大農場のオーナーだろ。」

「それ、あたしが言ったやつ!」

「そこ、うるさいわよ。卒業が決まったとはいえ、お客様がいることを忘れないように。」


 やっと俺が思っていたことをリンダが言ってくれた。

 この二人、いつからこんなに仲が良くなったのか。

 運命共同体、というやつかそれともお年頃というやつなのか。


「次、留年生の二人ね。ロベール君、グエン君。おめでとう。君たちも無事に買い手が見つかったわ。」


 ただ、ここでおかしな現象が起きた。

 俺の名前を呼ばずに、先に留年生の就職先が決まってしまう。

 その状況に俺の肩が跳ね上がる。


「これって、どういうことだ?」

「知らないわよ。……もしかして、クビ……とか?」

「それなら退学金が発生するってこと?」


 どうやら俺の気持ちの代弁者がここには何人もいるらしい。

 しかも全員が他人事。

 その当事者の気持ちになって——


 だが、ここで更なるミラクルが起きる。


「そして、おめでとうツッチー君。君の頑張りが評価されたのだ。君の就職先は……、——S級冒険者であらせられるアメリア・ラインヘッド様のパーティだ!」


 俺が目を剥く前に、今日一番の大きな拍手が周囲から舞い上がった。

 そして遅れて俺が声を出す。


「へ?」


 と、気の抜けた一音だけ。

 団員が正装していた理由はなんとA級冒険者からS級冒険者へと格上げされたアメリア隊が来ていたからだった。

 なんて、この時の俺には分からなかったのだけれども。


「あ?どういうことだよ。」


 そして俺の代わりに何故かガッチーが声を上げた。

 いや、それは同級生の皆も同じ。

 拍手をしているのはあくまで部外者。

 同級生、そして留年生も懐疑的な目を俺に向けている。


「ツッチーって全然戦えないじゃん。なんで、あのアメリア隊に?」


 おい、マイネ。

 やっぱりそう思っていたのか、なんて思う余裕さえ俺にはなかった。


 だって、あの屈強そうな団長がBランクモンスターで逃げ出したのだ。

 その二段階上のクエストをこなす冒険者ってことだ。


「卒業生諸君、黙りなさい。毎日毎日彼は私たちの為に畑を耕していた。そしてそのスキルを日々研鑽していたのよ。……って、そんなことより。アメリア様がいらっしゃっているの。今後の為にも私語は慎むように!」


 そしてリンダで静かになったからか、あの男の声が聞こえる。


「さーて、終わりましたよ、アメリア様。我が鷹の希望団に一言頂けませんか?」


 複雑な造りをしていた教会だ、この辺りを見渡せる部屋が存在していたのだろう。

 幹部以外立ち入り禁止区域とはそういう場所なのだろう。

 

「いや。彼を引き取るだけで良い。商談は成立した筈だ。」


 冷たい女性の声。

 そういえば、声を聞いたことはなかった。

 それくらいの有名人である。

 六つの厄災が封じられた祠の周囲には更に小さな祠がいくつかある。

 その厄災を約一年前に再封印したことで、S級に昇格した冒険者パーティ。


「ふーん。ツッチー、良かったわね。」

「チッ。マジで良かったじゃねぇか。モンドによろしくな。」


 祝福しながらも舌打ちが聞こえたが?

 でも、そうか、モンドがいるんだ。

 モンドという名前を聞いて、俺は幾分か正気を取り戻していた。

 彼はこの団で成長した、もしくは彼でも務まる仕事があるのか。

 

 ——ただ、俺はここで思考を止めた。


 目で立ち止まった銀髪の女性があまりにも人形のように美しくて、考えることを放棄してしまったのだ。


「君がツッチーか。クエストは既に受注してある。今すぐ荷物の整理をしてくれ。」

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