第4話 友人との格差

 入団してから九ヶ月が経つ。

 俺は畑を敷地面積ギリギリまで拡張する為に石を運んだり、固まった土を耕したりしていた。

 自慢だが、かなりセンスが良いらしい。

 ガチロもマイネも話しかけてはくれる。

 ただ、大人なのだ。

 それぞれの事情は少しずつ変わっていく。


「ネイルファミリーかぁ。確かミディアム平原で活躍してんだっけ。」

「うんうん。あたし達にちょうど良いと思わない?」


 話しかけてくれると言っても、俺とは関係のない話をしている。

 でも、俺は焦らない。

 理由?

 そんなの決まっている。

 俺の目的は鷹の希望団で生きていくことだ。


「ねぇ。ツッチーはどう思う?ここから結構離れているんだけど。」

「しかもB級だってさ。俺達ギリC級だろ?」

「い、行けるんじゃないかな。ガッチーは十分に前衛を熟せるんでしょ?」

「あぁ。ロドリゲスさんのお陰でな。で、ネイルファミリーが前衛とヒーラーを探してるらしくってさ。」


 そこで俺は気がついた。

 いや、もっと前から気付いていた。

 どうせこうなるに決まってる。

 俺の職業はどう考えても、天地がひっくり返っても戦闘向きじゃない。

 だから、俺には関係━━


「ツッチー、顔引き攣ってるよ。僕の話、ちゃーんと聞いてた?僕達の仕事は全員を強豪パーティに売ること。だから」

「ジョージ、それ。私言ったんだけど?イヅチ君、焦る必要ないわよ?君のこともちゃんと考えてるから。君を必要としてくれるパーティは必ずいる。勿論、農家じゃないわよ。流石にそこに売っちゃうと、ウチも赤字出ちゃうからね。ちゃーんと一流だから、安心してね。」


 その言葉に一番喜んだのはガッチーだった。

 次に喜んだのは俺ではなくマイネ。


「やったな、ツッチー!」

「ツッチーは努力してるもん、当たり前でしょ?」


 なんて言ってくれた幼馴染。

 ただ、俺は、いや俺のことは俺が一番知っている。

 そんな仕事が務まる筈がない、けれどこの時は二人の勢いに負けて、3人で久しぶりの食事を取った。

 この後、こんな会話が繰り広げられるとも知らずに。


「よ、デニー。畑の方はどうだ?」

「うーん。なかなかこれは良いものです。彼も彼なりにプロモーションしたということでしょうね。」


 ジョージは小さな廃教会のとても狭い畑を見渡した。

 そして、彼は屈んで、耕された土を指でつまんだ。


「うーん。分からない!」

「ええ。分りません。ですが、鷹の希望団にとって有益であることに違いありません。」

「これからのことを考えれば、でしょ?確かに自給自足出来るようになったのは有難いわ。でも、デニー。この畑の修繕にいくら出したと思っているのよ。」

「それはリンダさんの方がお詳しいでしょう?」

「デニー。今のはリンダなりの嫌味だって。それにリンダもリンダ。デニーは悪くないでしょ。」


 マゼンダの髪を指でくるくると、彼女は落ち着かない様子だった。


「仕方ないでしょ。……毎年、この時が一番神経使うんだから!」

「まぁまぁ。問題ないでしょ。毎年やってることだし、先方さんも理解してくれてる。それに彼が一番の売り物なんだから大事にしないと……ね!」



 俺たちは暢気に外食を楽しんでいた。

 ただ、会話のほとんどが彼らの就職への悩み相談、いや将来の不安の吐露だったけれども。


「いやー。俺も最悪、団に残ろうかなって思ってたんだよなー。」

「まーねー。あそこで務めてたら一千万A、支払わずに済むんでしょ。手取りはあんまりって聞くけど、後世を育てるお仕事って考えたら、徳とか積めそうだもん。だから、最初から割り切ってたツッチーは偉いわよ。」


 彼らは口ではそう言っている。

 けれど、俺に気を遣っている。


「ま、お蔭で仕送りも順調。野菜も美味しいって言ってくれてる。でも、順調って言っても育ててくれた恩を返すには全然足りないんだよ。それよか、ネイル・ガランドールさんだっけ。どんな人なの?」

「あー、それな。実は結構お堅い人って話だ。」

「あと、結構倹約家なんだってー。それはケチって意味じゃん?基本的にはC級クエストしか受けないんだって。まぁ、あたし達もC級だからそれで問題はないんだけど。今の生活と変わらないんじゃないかーって。思っちゃうんだよねー。」

「まさか、流石に授業料は取られないだろう。……いや、取られるかもなぁ。」


 C級クエストの相場は100万A以上。

 俺が今やっている畑修繕クエはDランクと言われている。

 リンダさんから、そう聞かされている。

 Fランクが一千A、Eランクは一万A、そしてDランクは十万Aが相場。

 つまり俺の場合は10万A以上。

 そして俺は同じ畑で延々と三毛作だの三期作だのとほとんど同じ作業を繰り返している。

 月に二回分のクエスト扱いらしく、そしてほとんど俺がやっているということで特別扱いを受けている。

 実は俺の月の収入は10万Aもある。

 寝泊まりがタダで、農具も自分で修復できるので、今の生活には満足していた。

 彼らは週一回単位でクエストを受けているから、約20万A。


「でも、今は四人パーティだからC級クエストしか受けてないかもじゃん。B級だと1000万以上でしょ。俺には想像もできないけど。」


 俺と二人の関係は幼馴染、そして俺が二人にとっての精神安定剤。

 俺にとってのヤスノルやタカミのような存在。

 でも、俺は農業系スキルしか持っていない。

 ご丁寧に魔物と対峙するときには役に立たないと説明書にも書いてある。


「あ、そっかー。ツッチー頭いい。農家にしておくにはもったいないわね。」


 良く言う。

 でも、俺はこの安定した生活も満足だった。

 だって、偶に見かける団長、そしてジョージにデニーにリンダにロドリゲスは、逃げた冒険者。

 畑を耕している時に、戦いの怖さをデニーに教えて貰った。

 そして、逃げ出したその時の話も。


「マジ、ツッチーには感謝だぜ。俺ももっと頑張ってA級。いやS級クエストをこなせるようにならなきゃな!」


 実はA級から何度がさらに跳ね上がる。

 だから報酬は桁が違う。

 100億A《アスタリスク》。そしてS級クエストは1兆A。

 A級モンスターは一つの都市を壊滅させるほどの魔物。

 S級は国を壊滅させるほどの魔物。

 当然といえば当然かもしれないが。


「じゃ、俺たちもクエスト頑張ってくるわ。ツッチー、またな。」

「じゃねー。ツッチー。」


 関係ない。

 俺には関係ない。

 このまま一生、ここで畑を耕せばよい。

 十年くらい頑張れば、退会して農地を買うことも出来るかもしれない。

 それに彼らは安全なキャリーをしてもらっているとはいえ、魔物と戦っているのだ。


 だから俺は今日も畑仕事をする。

 偶然閃いた水田術も隅で始めてもいい。

 こんな生活を更に三か月も俺は続けてしまった。


 幼馴染とのお喋りもこの頃になると慣れていた。

 人間、諦めが肝心というやつだ。


「マジでさー、ラルクの奴がムカつくんだって。」

「分かる―。アベリナちゃん、もうちょっと言ってやればいいのに。」


 顔と名前くらいは知っている。

 でも、俺にとって二人ももはや遠い存在だ。

 デニーと話をしている時間の方が長いくらいだ。


「へぇ。じゃあ、あの眼鏡の子は?あの栗色の髪の。」

「ロメロかー。あいつはいい奴なんだけど、ちょっとなー」

「ちょっとねー」


 ——カラーンカラーン


 そんな時、廃教会の鐘が鳴った。


「え?何の音!?」

「あの鐘、鳴るのかよ!」


 ガッチーとマイネは戸惑っている様子だった。

 でも、毎日毎日、カレンダーとにらめっこしていた俺、土と作物とお日様と雲と雨と星空を眺めていた俺には分かった。


「明日が洗礼式だからじゃないかな。出発を急かす予冷だと思う。」


 その言葉に目を剥く二人。


「明日が俺たちの十八歳の誕生日。数え歳だから厳密にはその日に生まれたわけじゃないけど。俺たちがジョブを貰ってからちょうど一年だよ。」

「ええええ!もうそんなになるの!」

「マジかよ。一年なんてあっという間って思ってたけど、働いてるとこんなに時間が経つの早ぇのかよ!」


 そう、そして彼らはこう言った。

 一年で卒業させると。


「おい!お前ら、まだこんなところに!」

「あ、ロドリゲスさん!」

「おう、ガチロ。大広間に集合だ。全員で十五人だったか?頼めるか?俺は留年組を探さにゃならんからな!」

「イエッサー!」


 ガッチーがお腹の底から良い返事をした。

 そして、ロドリゲスが話した留年組とは一年前に買い手が付かなかった者たち。

 一年でC級に上がれなかった者、俺が目指す者


「ツッチーも行こ!全部で十五人だっけ?案外、この教会入り組んでるから聞こえてない連中もいるかもしれないじゃん。」


 二人は余裕の笑みで同級生を集める手伝いをした。

 なんと言っても二人は内定を貰っている。

 俺の目から見ても二人は優良株だった。

 一個上のデズモンドを軽く越える実力。


「うん。俺もがんばろ」


 違う意味で頑張る、ここに残る努力を続ける。

 あの二人とはジョブの時点で差がありすぎた。

 俺だけは来る場所を間違えてしまったのだろう。

 そういえば、デズモンドも同じようなことを愚痴っていたような。

 ジョブを貰ったのにガチロに喧嘩で負けていたような?


「格差か。あのガチャで人生が決まる。俺がちゃんとした家で育ってて、先祖代々の大農園を持っていたら、俺のだって当たりだもんな。」


 ここムツキ地区は山と海に囲まれている。

 だから、漁業で生計を立てるものが多い。

 俺の育ての祖父母も漁民、だから俺も漁師のジョブが貰えると信じていた。

 けれど、最近は祖父母が引退してしまったから、食べさせてやりたいと願ってしまった。


「人んちは人んち、うちはうち!考えるな、俺。留年を繰り返して、ここで雇ってもらうんだ!」


 






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