第3話 団の掟

 鷹の希望団の団長はクエストから逃げ帰った冒険者だった。

 それくらい恐ろしい魔物が潜んでいたという。

 だが、そのクエストは無事に達成された。


「俺なら戻れないな。その時は許せても、次のクエストで信用できるかどうか……」


 俺の口が勝手に本心を喋ってしまった。

 ただ、それについて誰も咎めようとはしなかった。


「そう。ツッチー君の言う通り、そしてその逃げ帰った冒険者が作った団が僕たち鷹の希望団。最初は行き場を失った冒険者の集まりだったんだ。でも、僕たちは運が良い。逃げられずに死ぬ者もいる。それくらいランクBから魔物の質が変わる。」

「……ねぇ、ここ大丈夫?つまりみんな逃げて来た人ってことでしょ?」


 深緑の髪の毛の少女が隣の眼鏡の青年に小声で話しかけている。

 流石に聞かれては不味い、と思ったのだろうけれど、その声はジョージの耳まで届いてしまう。


「って、違う違う!君たちは世界の希望だよ。——っていうか、回りくどい言い方をしてゴメンね。そこの眼鏡の子、えっとロメロ君の疑問に答えなきゃ。僕が言いたかったのは、それくらい上位のパーティには欠員が付き物ってこと。だから今日は閑古鳥が鳴いてた。分かる?」

「上位のパーティだ。即戦力が欲しいってか?」

「その通りだよ、ガッチー君。聖女様も誕生するし、賢者様も、魔法剣士様も。どのパーティも欲しい。それでも最初は苦労する。だってみんなレベル1でしょ。デニーには悪いけど、神様は意地悪だよね。もっと早くに自分のジョブが分かっていたら、それなりの準備ができただろうに。」


 すると、袖から青白い顔の男が顔を出した。


「ジョージ。神ジョブスの悪口を?」

「おっと、怒られちゃった。さて、アペリナちゃん。僕たちは君たちを一流にしてあげることは出来ない。だって怖いからね。でも、Dランク、もしくはCランクの魔法少女にしてあげることはできる。」


 誰でも分かる。

 俺でも分かる。

 これは間違いなく彼らの手口だ。

 宗教の勧誘と何ら変わらない。

 ただ。


「え、私の職業をご存じなんですか?」

「それはそうだよ。君たちの情報は貼りだされているからね。で、例えばザック君。君がBランクの冒険者だったとして、新人つまりランクFの戦士ルワン君とランクCの魔法使いアベリナちゃん。どっちを仲間にしたい?」


 その言葉に濃い目の金髪の青年の肩が跳ねた。

 自分には話が振られないと思っていたのだろう。

 そしてここまで来ると分かる。

 俺たちはあまりにも無知だ。


「えと、それは戦士の彼には悪いけど、Cランクの魔法使いの子……かな?」

「そう!つまり僕たちの本当の仕事はソレなんだ。姫プ、もしくはキャリー役なんて彼らはやりたがらない。僕たちは育てた雛を彼らに売りつけることを生業としている。その時、君たちにお金を渡すことは出来ないけどね。これってロメロ君の質問の答えになっているかな?」


 眼鏡少年は口を噤んだ。

 彼の様子を見て、薄茶色の髪、中肉中背の男ジョージはにっこりと笑った。


「ほら。聞いて損はなかったでしょ?後はリンダ、彼らに説明を宜しく。勿論、それを見て断ってくれても全然構わないよー。」


 そしてジョージと交代で出てきたのは美しい女性。

 隣でガッチーが喜び、彼の足を踏むマイネがいる。


「さて。今から鷹の希望団入団に関する契約書をお配りします。その中で重要な項目を今からお話ししますね。気になるところがあれば、手を挙げて。」


 そこで俺たちは鷹の希望団の加入条件を聞いた。


 まず、入会したが最後、卒業までは脱退出来ない。

 仮に脱退した場合、1000万Aという違約金を支払う必要がある。

 逃亡した場合、500万Aの懸賞金が付けられて、討伐クエスト依頼を出すという。

 次に卒業とは何を現すのか。

 それは即ち、どこかの冒険者パーティに買ってもらうこと。

 その場合、断ることは出来ない。

 それがこの団の運営資金である為だ。

 勿論、死亡でも卒業扱いになるが、お金の無駄だから絶対に死なせないように努力するらしい。

 住については先ほど聞いた通り、だが自分のお金で家を借りても良いらしい。

 炊事についても先の説明のまま、勿論自分のお金で食事に出かけても良い。

 衣服に関しては自分で用意しなければならないが、誰かから譲り受けても問題ないらしい。

 ただ、臭いらしい。

 洗濯も各自で行えとのこと、臭いと嫌われるし、卒業も遅れるとのこと。

 パーティ編成は、鷹の希望団幹部がバランスを見て決めるらしい。

 ただ、団員の希望は出来る限り尊重するとのこと。


「そして最後に卒業に関してだけど。必ずB級以上のパーティに買って貰えるようにするわ。これくらいかしら……」

「あのぉ。」


 この情けない声は俺。


「あら、質問?どんどんしちゃっていいわよ」

「えっと。買って貰えるほど価値がなかった場合は……」

「ふむ。自信が無いのかしら。例えばそうね。うちの団の雑用係って大体それかしら。でも、心配しないで。案外買い手っているものなの。勿論、奴隷や召使みたいな扱いされないところを選んでいるから、そこも安心してね。これは女の子も同じよ。私がその辺はちゃーんと見てあげるわね。他に質問は——」


 リンダは他の新人の質問にも丁寧に受け答えをした。

 そして。


「じゃあ、一日しっかり考えてね。クエストにも期限があるからね。私たちもメンバー編成を早く決めたいの。遅くなっちゃうと、入団を断る場合もあるから出来れば明日には返事が欲しいわね。それじゃ、解散!」



 俺は迷っていた。

 幼馴染の二人も迷っていた。

 理由は簡単だった。


「あまりにも良い条件過ぎる。」

「そうだよなぁ。このクエストの何倍?十倍以上とか、笑えてくるな。」

「あんた、馬鹿ぁ?キャリーしてくれるのよ、姫プオッケーなのよ。普通、それってお金持ちがお金を払ってまでやっていることでしょう?」


 確かに授業料として報酬の半分を支払わされる。

 でも、裏を返せば半分は貰える。

 そして何より。


「戦いのコツ。それに経験値も手に入れられるのよ。多分、入団した子としていない子だと数倍以上成長速度が変わってくる。あたしは早く歌い手卒業したいしなぁ。」

「俺だって、ずっと盾持ちとか嫌だかんなぁ。」

「俺はとにかくお金を稼ぎたいし……」


 ルーキーには好条件すぎる。

 デズモンドが入ったのも頷ける。


「それに聞いた?空き次第だとセットで売ってくれるって。リンダさん、凄く顔が広いんだってぇ!」

「そりゃ、あんな美人……って痛いってお前。で、どうするよ。俺は大体決めてんだけどな。」


 そう、最初に踏み出したのはガチロだった。


「あたしもー」


 そして、マイネ。

 で、俺は。


「俺も……。最悪、団員になっても給料が出るって言ってたし。」

「大丈夫だって!俺達三人セットで売って貰おうぜ!」

「そうよ。レベルが上がったら、色んなスキルを覚えるらしいわよ!」


 こんな感じに俺たちは


「じゃ、決まりだな!」


 簡単に自分の命を


「明日の朝イチに行こ!その方が一緒のパーティにしてくれるよ!」


 他人に委ねてしまったんだ。



 次の日から、さっそくクエストはスタートした。

 因みに、二十人中集まったのは十六人だった。


 その来なかった四人のせいでもある。

 俺達は毎日、毎日、クエストを熟していく。


 毎日、俺達は、俺は鍬をそれなりの魔物に打ち付ける。


 毎日、俺は鎌を魔物に打ち付ける。


「おい、ヤスノルの奴。まだ、あんなクエスト受けてるぞ。」

「こーら、ガッチー。そんな目で見ない。あたし達とは違う道を選んだんだから仕方ないでしょ。」


 鷹の希望団のやり方は、とても効率的に思えたのだ。

 いや、実際に効率的だったと思う。


「ツッチー。見てくれよ。これ!」

「お!すげぇ。盾を新調したのか!」

「あたしのも見てー。この服、可愛いでしょ。」

「うんうん。生地も厚い!高そう!」


 最初の装備品は鷹の希望団のアジトに沢山転がっていた。

 三カ月はそこから好きなものを選んで使った。

 勿論、装備が出来るモノだけれど。

 売値が安すぎるから放っているだけ、だから好きに使って、とジョージは笑いながら言った。

 けれど、リンダはそれとは違うことを言っていた。


「入団者が早く売れた方が私たちも有難いの。一年に一度、新入りが入るのよ?全員、一年での卒業を目指してるの。装備が整っている方が強い魔物と戦えるし、早く成長するでしょ?その分次の装備に使えるじゃない……だって!やっぱあたし達、ここに入って正解だよ!」

「だな!」


 本当にそうだと思った。

 退団のことを考えると1000万Aの借金を背負わされているようなものだ。

 だが、卒業すれば払わなくて良い。

 だから、初期投資無しで装備品を手に入れられたようなもの。


「ねぇねぇ、ツッチーは何か買った?」


 ただ、この質問には答え辛い。

 でも幼馴染からの質問だから、正直に答える。


「半分は仕送りしてて、俺が買ったのはこれくらい。えっと頑丈な鍬」

「あ、そっか。仕送りしてるんだったわね。へー、その鍬って良いものなんだー」

「ま、盾使いの俺には分からねぇけど、流石小作人だな!」


 こんな感じで俺たちは最初の三カ月を過ごした。

 そこから俺はまた魔物を叩く。

 魔物を叩く。

 魔物を叩く。


「俺、ちょっと良い家見つけたんだよ。」

「えー、ガッチーってまだ一人暮らししてなかったのー?」

「うるせぇな。良い家見つけんのに時間かかったんだよ。」


 たった半年でこんな調子。

 ヤスノルはまだ実家からせっせと通っている。

 タカミーも道端にテントを張って頑張って生きている。

 

「ツッチーは?まだ、アジトで寝泊まり?」

「うん。お金がもったいない気がして。それより明日のクエスト——」

「あ、そっか。あのさ、俺。ちょっと別のクエストに呼ばれてて……」

「あたしもなの。えっとゴメンね。次は同じクエストにしてもらうようにするから!」


 ここら辺から、俺とガッチーとマイネのお喋りが少なくなってくる。

 でも、それは俺も分かっていたことだ。

 それでも俺は魔物を討つ。

 魔物を討つ。

 魔物を討つ。


「マイネ。あのさ……」

「うん。次、次は絶対ね!」


 更に三カ月。

 俺は敵を耕す。

 敵を耕す。

 土を耕す。


「これは見事ですね。廃教会を活用していたのですが、畑の管理が行き届いていなくて。」

「いえ。これもミッションなんですよね。」

「そうです。団員が安く、質の良い食材を授かれるのです。」


 教会の敷地に小さな畑があり、野ざらしにされていた。

 だから、俺は畑が使えるようにする、というクエストを受けた。

 しかもこれは四人ミッション。

 いつもは十二分の一しか貰えない報酬が八分の一に跳ね上がる。


「お、ツッチー頑張ってんな。」

「お野菜、期待してるよん!」

「あ、ガッチー、マイネ!」

「そういや、次のクエストだけどさぁ。ラルクをアタッカーにするってどうだろ。」

「えー、ラルクってちょっと性格に難ありじゃん?」


 いつの間にか俺と二人は別のクエストを受けるようになっていた。

 彼らの装備品を見ても分かる。

 何が八分の一だ。

 元々の報酬が安ければ、そんなものは関係ない。

 でも、お金は欲しい。

 だから、更に三カ月。

 俺は種まきして、雑草を抜いて、水をやって……


「ガッチー!」

「おう、頑張れよ!」

「マイネ!」

「楽しみにしてるね!」


 そして、偶に会話があったとすれば。


「ツッチー!見てくれ!俺、ついに盾使いから盾槍使いに昇格したんだ!」

「あたしもあたしも!歌い手から戦場の歌人になったの!これで攻撃サポートも出来るようになったのよ!ツッチーは?」

「俺は……、最初の紙に書いてあったように『農家』?になった。農場はこの狭い畑だけだけど。」

「すげぇじゃん!結構稼いでんじゃないか?」


 笑顔で頷くマイネ。

 でも、この状況を俺は知っている。

 二人の顔はあの日ヤスノルとタカミーに向けていたものと同じ。

 つまり自分たちの恵まれた環境を噛み締めている顔。


「おう。爺ちゃん、婆ちゃんにも喜ばれてるよ。こないだなんてここで採れた野菜を送ったら——」


 俺がこの自慢話を始めた時には二人は「次の作戦があるから」と居なくなっていた。



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