第2話 新人の為の団

 ジャックという男の後ろには俺たちを含めて二十人の新人がいた。

 後ろの彼らとチーム訳すれば良かった、とはならない。


「あんなクエスト見させられたらな。あの収入じゃあ、生きるのがやっとだ。俺なんか特に。」

「こら、ツッチー。レベルは最初は同じでしょ。多少は個人差あるかもしれないけど。」

「だぞ。俺も盾の使い方なんて学んだことがないんだ。それにいっぱい付いて来たってことは誰もが通る道っぽいぞ。ボンドが所属してたくらいだしな。」


 俺を慰めてくれる二人。

 そして、全くその通り。

 だから仕方なく、聖書の一節を心の中で唱える。

 神ジョブスは原初時代——


 そして彼らは大きな教会に俺たちを連れて行った。

 中央に立つのは司祭には見えないし、牧師にも見えない男。

 だが、眼帯と頬の傷、それに膨らんだ筋肉でツワモノと一目で分かる男。


「よく来たヒヨッコどもぉ!」


 教会の反響を利用したのか、それとも関係なく大きいのか、大男は分かり易い一言を放った。


「我らが鷹の希望団だ!じゃあ、後はてめぇら、よろしくな。俺が喋っちまうとヒヨッコがビビっちまうからよ!」


 そして早々にその男は去った。

 ジャックも袖に降り、その代わり今度こそ聖職者のような男が壇上に立つ。


「神ジョブスは原初時代の人間を憐れんだ。生きるのに必死だった世の中だ。魔物に阻まれて食べるものも食べられない。生きるのも困難になった我々人間に神は慈悲を与えた。それこそがジョブ。それにより子供が戦いに駆り出されることがなくなった。」


 俺が心の中に思い描いていた一説。

 その男は朗々と話し始めた。

 この話は誰もが知っているので、一節だけ聞くとよそ見をする者も現れた。

 そんなタイミングを見たのか、先の男ジャックが男の語りを止めた。


「デニー。それはもう聞き飽きたって。みんなが知りたいのは鷹の希望団がどんなところかだよね?」


 その言葉に歓声をあげる者もいる。

 本題に入って欲しい、誰もが思っていた。

 そして、ジャックは一枚の紙を読み上げた。


「討伐クエスト。行商人ギルドからの要請だ。東の端下に巣をつくった巨大ヴェスパローの退治、およびその巣の駆除。報酬は120万A。推奨難度はC。このクエストは君たちでは受けられない。冒険者ギルドのメンツもあるからね。」


 彼の言葉に俺も皆も声を失った。

 ヴェスパロー、巨大な毒針を持つ中型の鳥であり、その針は大人を殺すほどの毒を持っている。

 子供時代、絶対に近づいてはいけないとされていた魔物である。

 しかも、彼は巨大と言った。


「しかも巨大って……」

「良い質問だね。普通は体長50cmほど。でも、今回のは1mを越えるらしい。その分、数は少ないって話だけど。大体10匹程度かな。それと巣を壊さないとだから、小さいのは無数。流石に数えきれないだろうね。」

「ひっ!」


 マイネが声に出してしまうのも分かる。

 一対一でも絶対に敵わない。


「ま、これは一例ね。他にもこれと同等か、もしくはそれより低いランクのもある。さ、好きなの選んで?」


 俺は目を剥いた。

 周りの連中も目をひん剥いていたので同じ気持ちらしい。


「……ってのは冗談。流石に君たちじゃ死んじゃうよね。それに依頼を受けた僕たちも失敗でペナルティだよ。だーかーらー、鷹の希望団の精鋭三人、もしくはそれ以上を出す。全員Cランク以上の精鋭たちだから安心していい。」


 クエストを受けるのは最大六人。

 つまり半数はCランク以上になる。

 それにクエストランクは四人を推定しているから、四人中三人がCランクということ。

 少しだけ皆に希望の火が灯る。

 だが、俺は。

 いや、マイラも懐疑的な顔をしているが。


「うーん。こういうのって僕は苦手だね。頭の良い子供はって奴かな。要は授業料を支払ってもらうってことね。」


 その言葉で半数以上の若者の顔が顔を顰めた。


「あー、まだ帰んないで。ここからが味噌なんだから。報酬は六人なら六分の一、四人なら四分の一になるのは誰でも分かるよね。勿論、個々で割合を変えてもいいんだけど。基本はこれ。そして僕たちが貰う授業料はその半分だけ。それで君たちは戦いの基本を学ぶことが出来る。」


 つまり報酬は半分。


「高いな。俺は見送るぜ。」

「私も」


 何人かがそう言った。

 するとジョージは焦った顔で彼らを引き留めようとする。


「待って。落ち着いて聞いて。さっきのヴェスパローだと一人二十万。半分引いても十万Aだよ。もっと気楽なDランクミッションでも一人一万A受け取れる。さっきの見たでしょ?君たち新人はFランクからスタート。たった千Aで何が出来るよ。」


 その言葉で教会はざわついた。

 そして眼鏡を掛けた青年が、その眼鏡を抑えながら叫ぶ。


「確かに!僕もどうしようって思ってたんだ。これじゃ仕送りできないって。家賃を稼ぐだけで手一杯だって。」


 それは俺も同じ。


「そうだよねー。この辺は家賃高いよね。でも、実は鷹の希望団に入れば家賃の心配は要らないよ。この廃教会で好きに寝泊まりしてもらっていい。ここは僕たちの団が買い取った建物だからね。衣食は難しいけど、大部屋で寝泊まりくらいなら問題ないよ。勿論、団に入ってくれたらの話だけど。あ、ちょっと壊れかけだけど厨房は使っていいよ。狩ってきた得物を焼いてもいいし、買った食材を調理してもいい。」


 ジャックの話に皆引き込まれていた。

 俺もその一人。

 ガチロも同じように腕組みしつつも、しっかりと頷いている。

 マイネは俺たちと一緒ならどこでも良い、という様子。


「ちょっと待ってくれ。さっき言った教育費にちゃんと家賃も含まれているんだろうな?まさか、半分にして更に半分ってことはないだろう?」


 先、帰ろうとした大柄の茶髪の青年。

 帰ったと思ったら、ちゃっかり残っている。

 その質問に薄い茶髪の男、ジャックは片目を閉じて答えた。


「今までの話は全部鷹の希望団に入ってからの話だよ。だから、当然家賃も授業料に含まれる。つまり分け前の半分。若い芽を潰すことが目的じゃないんだ。これは救済。賢い君たちなら分かっていると思うけど、君たちは特に運が悪い。」


 その言葉に俺は目を剥いた。

 だが、その意見に同意したのは幼馴染だった。


「どっかの国で聖女様が誕生したから、かしら?」

「その通り。マイネちゃん、ご名答!さっきの職所が閑散としていた理由は正にそれだよ。今年は節目の年だからね。どっかの課金ガチャで今年は聖女が出る予定なんだ。それに併せて、魔法剣士様やら賢者様やらドラゴンナイト様やらがガチャ……っていうか、手渡されるだけらしいけどね。それ以外の重要職の家柄が今年の為に子作り……って、女の子に話すネタじゃないか。」

「別にそれくらい分かるけど?だったら役所が私たちに融通利かせてもいいでしょ?」

「それは無理だよ。ここの職所のお偉いさんも聖女生誕祭に行ってるからね。」


 確かに聞いたことはある。

 三百年に一度、節目災というものが訪れる。

 神に封じられし六つの厄災とその眷属たちが活動を再開する。


 神も神だ。

 人間を憐れんでいるなら、封じるなんて横着をせずに消し去るべきだったのだ。


「それが、今年?」

「正確には今年か来年だね。三百年で僕たちの歴史も変わっちゃったし、勝手にエクスクラメイト歴とかいう、独自の年号を使い始めたでしょ。それで今年か来年か、分からなくなったんだ。でも、今年生まれる可能性が高いってことで、みんなあっち、王都エクスクラに殆どの冒険者が集まってる。だから、先輩冒険者もいなかったってことね。」


 去年の状況はデズモンドに聞いている。

 ただ、彼は鷹の希望団に入った。


「なるほど。モンドは余りものだったってことか。あいつ、それを自慢げに」


 とは、ガチロの言葉。

 俺はデズモンドとあまり仲が良くなかったが、ガッチーとマイネは小さいころから仲が良かったらしい。

 そして、自慢されたんだと。

 俺はすげぇ団に入ってんだぜ、と。

 それが初心者向けのコースだったと判明してしまった、可哀そうに。


「それは確かにそうだ。でも、やっぱりおかしい。課金ガチャの話じゃなくて、鷹の希望団って結構な大所帯でしょ?たくさんのミッションを受けられるって考えだと、四人一組でこなせば良いだけだ。確かに僕たちは有難いけど、わざわざ僕たちを鍛える意味がない。」


 先ほどの眼鏡の青年。

 栗色の髪を掻きむしるのが癖なのか、それともアレは考えるときのルーティンなのか。

 確かに彼の考えは頷けるものだ。

 それでにわかに俺たち新人たちがざわつき始める。

 そしてここで初めてジョージが大人の怖い顔を見せた。


「賢い子供は嫌いだって言ってるのにな。……仕方ない。ゴンザ団長!出番ですよー!」


 俺たちは身構えた。

 職業が決まったばかりで無手だったから、本当に身構えただけ。

 後ろを振り返ると、扉の前にも鷹の希望団と思われる人間がいる。

 よく分からないが、騙された!と、俺も含めてほとんどの新人が思っただろう。

 だが。


「おいおいおいおいぃ。もう、俺の出番かよ。ったく、賢すぎるガキは損するって知らねぇなぁ。」


 巨岩、そう表現したくなる男。

 最初の大きな挨拶もこの男だった。

 歩き方から風貌から装備品から、全てが分かる。

 この男は——


「俺はなぁ。こう見えて臆病者なんだよー。だからこの団を立ち上げた。分かるかぁ、おめぇらぁ、お、お、お、……おでばだぁ逃げだんだよぉぉぉ」


 新人二十人の目が点になった。

 いきなり壇上で大男がおいおいと泣き始めてしまったのだ。


「おばえらばー、ビーランクのまぼどをじだでぇがらそーいうべでびるんだー。おでば悪ぐない。おでは悪ぐだいぃぃぃぃ」

「——デニー。団長を引き摺って行っていいよー。」


 目の前で繰り広げられた寸劇に俺もガチロもマイネも唖然としてしまった。

 あのイカツイ大男が挨拶よりも大きな声で鳴き始めたのだ。

 そしてか細い男、先ほど聖典の一説を朗々と唱えた男に引き摺られていった。


「……そう。君たちは魔物を舐めている。っていうかスタートラインにも立っていないんだ。団長はBランク討伐の時、巨大な魔物を見て逃げてしまったんだよ。」

「そ、それで仲間が全滅してしまった……とか?」


 誰が聞いたか、分からない。

 多分、ガチロの声だった気がする。

 そしてそこからジョージは不敵に笑った。


「いーや、何も?残りの五人で討伐成功したらしいよ。……でも、そこに彼の居場所はなかった。もしくはゴンザ団長が怖気づいて戻れなかったのか。分かる?」

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