第14話 神、鬼、人、



      *


 ステアリングを握りながら、リンドウは溜息をいた。

 西にし大路おおじ通りを愛車で南下する。道の込み具合は常と大差ない。

 天気は――まあ、少々曇っているか。


 リンドウは本来、洛中らくちゅうに入る事を好まない。マダラの身の上に生まれ落ちたからである。

 絶対に入ってはならない禁忌、というわけではない。現にたもつのカフェーはむらさき船岡ふなおか近くだ。十分に洛中内である。リンドウの店への出入りは割と頻繁だ。

 では、何故気持ちの上で避けるのか。

 踏み入れば察知されてしまうからだ。

 主にげん様に。

 それがいやで避けている。

 後々が面倒なのだ。


 そもそも、神と言うのは執念深いものだ。玄武様がリンドウを捨て置いてくれないのは、先代マダラである母が、選択対象であった朱雀すざく様を選ばなかったからである。


 神を選ばなかったマダラは――歴代で母が二人目だと言う。


 神同士の連携は強く深い。その存在の連帯は、ほぼ同一と見て構わないだろう。四神は特にその傾向が強い。要は、朱雀様を選ばなかった母の選択に対する意趣返し――までは行かずとも、報復――でもなくとも、まあ、今度こそは、という事だ。

 我知らず、リンドウの眉間に皺が寄る。

 全く、面倒な血に生まれついたものだと思う。

 

 マダラは、額の赤光しゃっこうたませし、自由自在に肉から抜いては別の肉へと運び入れる。そういう事ができる存在だ。そして、マダラが産むモノは、神か鬼かの脅威となるのだ。――それも、



 選ぶ男で全てが決まる。そう言われてきた。



 マダラが選ぶのは三種。

 神か、鬼か、人か。このいずれかである。

 このいずれを選ぶかで、次代のマダラの性質は決まる。

 母の代では選択までに大層時間が掛かったそうだ。対象となる人と鬼がなかなか出揃でそろわなかったせいである。

 神、鬼、人、それがひとつずつ名乗りを上げ、マダラが選ぶ。出揃わなければ、競いようもない。選択には五百年かかった。


 ――いいか。お前の選択次第でこの国が揺らぐ事になる。だから、努努ゆめゆめ軽率な選び方はするな。


 父からそう言われて、リンドウは育った。


 神を産ませたくば人を当てる。

 鬼を産ませたくば神を当てる。

 人を産ませたくば――鬼を当てる。


 理屈は知れぬが、およそそういう風になってきた、らしい。

 まあ、いずれであれ、その枕にマダラが付く事は変わらない。マダラの神、マダラの鬼、マダラの人――である。まあ、リンドウには違いがよくは分かっていない。

 わかっておかねばならぬのだろうが――嫌気はさしている。

 出来る限り、そ知らぬふりをして関わり合いにならぬようにしておきたかった。そうして今に至っている。逃げきれぬ事は承知しているが、せめてもの反抗だった。


 選ぶ男次第で産む者が変わるから、当然利権がからむ。リンドウの意思が最優先とは言え、三者の背後に支援者は着くものだ。

 例えば、国の中枢に関わる、とある団体もその内の一つである。彼等は国体護持のための神柱を産む事をリンドウに期待している。神を産ませたくば人を当てる。故に、人に援助を行っている。

 その事実は、リンドウを失笑させる。


 努努ゆめゆめ軽率な選び方はするな。

 何度も聞かされた言葉に、実はあまり熱はこもらない。


 先代時は、その悲願が果たせなかった、という事だ。

 母は――人を選んだというのに。

 凡そ、というのは、そういう事である。

 法則が揺らいだ結果生まれたのがリンドウだった。

 リンドウは、マダラの人として生まれた。

 マダラの鬼である母と、人の父との間の子である。

 落胆は――計り知れなかったそうだ。



 無言のまま、リンドウは、ちらと視線を助手席に向ける。

 隣に座すのは藤堂とうどうだ。

 再び人のかたちに姿をとった藤堂は、頬杖を突きながら窓の外をながめている。リンドウの軽では、190近い男の身体には窮屈きゅうくつなのだろう。長い手脚を無理矢理に折りたたんでいるのが、まあ愛嬌と言えば愛嬌か。

 白磁のような肌は、今日も腹立たしい程になめらかだ。あごからくび筋にかけての線に――思わず指を伸ばして触れたくなる。

 ち、と微かに舌を鳴らした。

 そう思う己の浅ましさに――まああきれるのはいつもの事だ。


 己を誤魔化しても仕方がない。

 この男に対する恋着は、もう泥のように胸の底にへばりついているのだから。


(――そんなに見詰められては、どうしようもないぞ、マダラの。そんなに儂に喰らわれたいか?)


 ぼそりとつぶやく低い男の声に、リンドウは素知らぬ顔で視線を前へ向けた。

「唇に梅のかすがついてるわよ」

(それは早ぅ言わんか)

 眉間に皺を寄せて唇を手の甲で拭う仕草にリンドウは「ふふ」と笑った。そんなもの、最初からついてなどいないのに。

(とれたか)

「運転中。信号で停まるまで待って」

 むぅ、と藤堂は、その短く刈り上げた黒髪に手をやった。鋭いまなこの瞳の奥には、変わらず炎の揺らぎがたたえられている。リンドウは再び「ふふ」と笑った。本当に、自分達は二年も離れていたのだろうか。そんな事ができたのか。

 こんなつまらない戯言のやり取りでも心が浮付うわついてしまう。そんな己が、本心が、リンドウにはおかしかった。


 己の心次第と言うならば、身も心も、この鬼で既に決まっている。

 しかし選ぶ事はない。

 決して、ないのだ。


 リンドウは、その唇を、きゅ、と引き結んだ。



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